掃除
おれは、店の奥の部屋(在庫を置くための倉庫になっている。)から、階段の上に向かって呼びかける。
「コガネ〜?コガネさ〜ん?」
すると、少し間を置いてから、騒がしい足音と共に返事が聞こえてきた。
「はいはいはいはい!」
――ドタバタ、ドタバタ。
コガネがやっと現れたと思えば、階段の上で転がっていた。服に腕を通す途中で、スカートのファスナーも開いたままだ。
おれは、そんなコガネに真顔で言う。
「なにやってんだよ。」
「いえ、ぢょっど…。」
コガネは、横向きに倒れながら、苦しそうにしていた。
着替えもせずに、本当にのんびりしていたのだろう。慌てて服を着ようとしていたようだ。
「予定変更だぞ。」
「へ?」
惚けた顔で返事をするコガネは、おれの横の人影を見て慌てて体勢を整え始めた。
おれは、階段の上のコガネが見えるようにマールを招き入れ、お互いを紹介する。
「こちら、今日からうちで働いてくれるマールさん。マールさん、彼女が今日から冒険者になろうとしているコガネです。」
「よろしくお願いします。コガネさん。なんか、初々しくていいですね。昔を思い出します。」
そう微笑むマールに、コガネは、照れ臭そうに頬を赤らめる。
「あはは…。」
「住み込みで働いて貰う事になったから、客間を片付けるのを手伝って欲しいんだ。」
「げっ!あれを片付けるの!?昨日から掃除ばかりしてない?」
コガネは、客間の惨状を想像して、凄く嫌そうな顔をした。
おれも嫌だから、あのまま放置してしまっていた訳だ。コガネの気持ちは、十分に理解できる。
「男の一人暮らしだったんだ。まだマシな方じゃないか?」
おれは、苦し紛れにそう言った。
それから、三人で客間の大掃除を始めた。
こういった作業を一緒にする事で、自然と仲が深まるものだ。
マリアやカンタンが飲み干したであろう酒瓶を片付け、ハーウェイのよく分からない玩具も処分する。
トランプの束は、抜けているカードがあるのが分かるくらい薄かった。
何が必要な物で、どれがゴミなのか。分別が難しいが、ルークの湯呑みの様な花瓶だけは、窓際に置いて置くことにした。
「マールの天賦は、何なんだ?」
おれは、窓枠を雑巾で拭きながら、床を磨いているマールに聞いた。
「私は、武闘家です。片足を失って引退はしましたが、まだそれなりに動けますよ。足以外は、ピンピンしていますから。だからこそ、引退は、辛い決断でした…。」
マールが、汚れた水の入ったバケツに目を向ける。
その悲しみの表情を見て、おれは不甲斐なく慌てた。
「ああ!ごめん!ノンデリだった!」
「いえ、もう笑っていられるようになったので、大丈夫です。次の目標もありますから。」
マールは、笑顔をこちらに向けた。
水を変えるか悩んでいたのか、悲しんでいたのか、おれには分からなかった。
「次の目標?」
ベッドのシーツを洗面所に運んでいたコガネが、足を止めて聞いた。
「私もコウさんのお店みたいに、冒険者のみんなや街の人達が幸せになれるようなお店が出来たらいいな。と、思っていたんです。そんな時に、メキトウ様からお話を頂きまして。」
「へー。丁度いいタイミングだったってことか。」
「ええ。戦闘職の私では頼りないかもしれませんが、この機会に、沢山学ばせて頂こうと思います。」
マールは、床にブラシを立てて、拳をギュッと握り込むポーズを取った。
そんなマールに感化されたコガネの笑顔が溢れる。
「私もお手伝いするよ!気軽に声かけて!」
「うちの店は暇だからなぁ。別に学ぶようなこと無さそうだけど。」
「いえ、私のお給金分は、利益を上げないとですから。頑張りますよ。コウさんとコガネさんは、お店の事は気にせずに、冒険者のお仕事に専念してくださいね。」
そう言ってマールは、再び床を磨き始めた。
「なんか、コウより頼もしくない?」
「おれもそう思う。」
おれは、コガネと顔を見合わせて笑った。
ある程度綺麗になった所で、二人には、買い物とマールの家に必要な物を、取りに向かわせることにした。
買い物は、主にコガネの服や生活必需品だ。
おれが見たところで、分からない上にデリカシーに欠ける。女性同士の方が、何かと都合が良かった。
おれは、金の入った袋を用意してマールに手渡す。
「これ、500ゴールドくらいはあると思う。マールに任せていいか?」
「そんな大金で何を!?」
マールは、受け取った袋を、驚きの表情で掲げた。
おれは、コガネに指差して残念そうに言う。
「こいつ、下着すら持って来てないんだ…。色々と見繕ってあげて欲しい。おれには、分からないからさ。」
「は、はい…。分かりました。」
マールは、了承して金の入った袋を大事そうに抱えた。
「あと、コガネには、これを渡しておくよ。」
おれは、ポケットから金属の細い鎖を取り出した。
今朝、掃除していた時に、店から拝借して来た物だ。
「ネックレス!?私に?いいの!?ありがとう!」
コガネは、大はしゃぎしてネックレスを受け取った。
細い鎖の先には、小さな三日月型の黒い宝石が付いている。
コガネは、ネックレスを首に掛け、胸の前に掲げて眺め始めた。ニコニコと笑顔が止まらない。
「それを肌身離さず付けておくこと。」
おれがそう言うと、コガネは、おれの方を向いて首を傾げた。
「え?言われなくても外さないけど。何で?お守りみたいな物?」
コガネが掲げる黒い宝石に、マールが顔を近づける。
「認識阻害のネックレスみたいですね。」
よく観察しながら、マールが静かに言った。
「なーに?それ?」
マールは、宝石から目を離して、丁寧にコガネに教える。
「情報収集系のスキルから守るアイテムですよ。鑑定とか、解析とか。」
解析は、昨日コガネに使った。
その時に余計な情報を与えたためか、勘違いをし始める。
「ふーん。コウは、私の身体が見られるのを心配してくれたってこと?」
何故か意味深に、体をクネクネとさせてコガネが言った。
「まあ、そういう事にしといていいけど。理由は、今度ゆっくり話すよ。」
勇者だということを隠す為なのだが、コガネが嬉しそうなので一旦そのままにしておくことにした。
今から説明するとなると、長くなりそうだ。
「最近は、割りと着けている人が多いんですよ。デザインも、ファッションアイテムとして悪くない見た目の物が多いんです。」
マールの言う通り、最近は、多くの人が認識阻害の装飾品を着けるようになった。
これは、世の中に天賦に抗う者が増えたためだ。
一昔前には、着ける人なんていなかったが、今は天賦に関係のない職業に就く人が増えた。
世の中には、そういった人に、どうしても偏見を持つ者がいる。そのために、段々と隠すのが当たり前になってきたのだ。
今では、天賦の職の人でも着けているために、認識阻害を着けているからといって、抗う者という訳ではない。
差別を無くすために、ここまで世の中に浸透させた商人は、本当に凄い。だが、それを悪用する者もいるために、一概に良いとはいい難い所はあった。
「確かに、可愛いけど。これに、そんな力があるの?」
こんな小さな宝石に?っと、でも言いたいのか、信じられないような表情で、宝石を眺めている。
「絶対外すなよ?」
おれは、そんなコガネに釘を刺した。
「うん。」
マールは、返事をするコガネを微笑ましく眺めてから言う。
「それでは、行ってきますね。」
「暗くなる前に帰って来れればいいから。楽しんで来るといい。」
「はーい。」
おれは、玄関から楽しそうに出て行く彼女たちを見送った。
シグマの手紙の通り、マールには本当に助かった。
美人でしっかりしていて、気が利く。
もしかすると、マール目当てで道具屋が繁盛するかもしれない。おれは、そんな邪なことまで考えた。
それに、コガネの事もよく面倒を見てくれそうだ。
昔の仲間のマリアは、ダンジョンに居ても爪の手入れを欠かさなかったし、男達にバレないように、影で何かコソコソやっていた。
マリアに、その事をつつくと、よく怒られたものだ。
まさにパンドラの箱。
男が気軽に触れていい領域ではない。
そういった事も、マールは、コガネに教えてくれるだろうか?無理なら、マリアが来た時にでもご教授願おう。
おれは、そう固く心に決めた。




