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マール

 ピヨピヨと、普段見かけない渡り鳥が、屋根の上で囀る。

 シュガードの倉庫街では、大きな木や花が少ない代わりに、鳥たちが春の訪れを知らせてくれる。


 そんな窓際のキッチンで、甘い香りを顔に受けながら朝食の支度を進めていると、天井から足音が聞こえてきた。

 囀っていた鳥が、飛び去る羽音がする。

 そして、降ろしっ放しの傾斜の高い階段の上から、コガネが姿を見せた。

 おれは、ほぼ肌着同然のコガネを見て驚いた。おれのTシャツを一枚羽織っているだけだ。しかも、薄い。

 彼女は、恥ずかしくないのだろうか。

「おはよう…ございます。」

 コガネは、眠そうな目を擦りながら、居間へやって来た。

「ああ、おはよう。」

 朝の挨拶ひとつで、一日の気分は変わってくるものだ。

 おれは、テーブルの上のサラダの載った二枚の皿に、フライパンのベーコンエッグを盛り付ける。

 そのままフライパンを洗い、オーブンから丸いパンを取り出す。

「いい香りね。」

 そう言うコガネは、洗面所で顔を洗っているようだ。

 水の弾ける音を立てながら、想像を膨らませる声がする。

「コーヒーでいいか?」

 おれは、席に着いてコップにコーヒーを注ぐ。

 渋味のある香りが漂う。

「んー。うん。」

 洗面所から、歯切れが悪い返事が返ってきた。

「先に食べてるぞ?苦手だったら、ミルクもあるから。」

「はーい。」

 コガネは、長い返事をしてから、テケテケと走って席に着いた。

 テーブルの上の朝食を見て、洗った顔の水が弾ける。

「わあ。美味しそう。」

 目が覚めたような笑みをしたコガネに、おれは今日の予定を伝える。

「食べたら、店の開店準備をして、それから出かけるか。」

 その言葉に、コガネが即座に反応した。

「ダンジョン!?」

「んな訳ないだろ。まずは、買い物だよ。買い物。」

 おれは、驚いて喉を詰まらせているコガネのために、コップにミルクを注ぐ。

「ほら、朝から忙しないやつだな。」

 コガネは、急いでコップを受け取り飲み干した。

「はー。ダンジョンの(にえ)になるところだった…。」

 安堵しながら、コップをテーブルに戻す。

 朝から表情がコロコロ変わるコガネを横目に、おれは、食べ終わった食器を片付ける。

「おれは、下に居るから。ゆっくりしてていいぞ。シグマが手配してくれた人が、いつ来るかも分からないからな。間違えても、その格好のまま降りて来るなよ?一応、下は、店だからな。」

 おれが念を押すと、コガネは、はっと我に返ったように、恥ずかしそうにした。だが、一瞬で諦めてコーヒーをすすりだした。

 昨日の今日で、大分打ち解けてくれたのは嬉しいが、アレでいいのだろうか?最近は、ずっと落ち着いた生活をしていた影響か、何処か調子が狂う。


 ◆◆◆◆


 それから、一階の道具屋の店内で掃除を始めた。

 パタパタと(はた)き棒で商品に積もる埃を落としながら、思いに耽る。

 様々な効力を持つ、煌びやかな装飾品に溜まった埃が、窓から差し込む朝の光に照らされて、空中を舞う。

 今日も静かで平穏な一日が、待っているはずだった。

 おれは、眼鏡の位置を調節しながら、昨日の件を思い返す。

 この眼鏡を手に入れるまでは、順調だったはずだ。

 どこで選択を間違えたのか、おれの平穏は、一日で崩れ去ってしまった。退屈を拒否した代償は、余りにも大きい。

 ――まさか、また冒険者をやる()()になるなんて。

「はぁ。もうやらないと、決めた筈なんだけどな。」

 そりゃ、ため息も出る。

 人は、過ちを繰り返すもの。そう書かれた本が、この辺りにあったはずだ。――気を引き締めよう。

 冒険者を夢見て突如やって来たコガネの目には、きっと、この地上の世界が、輝いて見えていることだろう。

 昔は、おれだって、なんだって出来ると思っていた。

 ルークと一緒に村を出た、あの頃が懐かしい。二人で無邪気に笑い合ったものだ。

 しかし、いつしかおれたちの――いや、おれの世界は、色褪せてしまっていた。

 おれは、コガネに自分と同じ鉄を、踏ませたくない。そのためには、何か良い方法を考えなければならない。

 そう言えば、ルークの目は、いつも何処か先を見ているようだった。

「冒険者のいろはか…。ルークなら上手く教えそうなんだが、明るいことばかりじゃないんだよな。」

 どうしたものかと悩む間もなく、店の扉が開かれた。


 カランコロン。と、鈴の音が鳴ると、朝の挨拶をする可憐な声が耳に入ってきた。

「おはようございます。」

 おれは、店の入り口へと顔を向ける。

 そこには、大きな四角い鞄を片手に持ちながら、扉を引いている女性の姿があった。薄い桃色の真っ直ぐな髪が、逆光の中で際立つ。

 彼女は、肩の上で整った髪を揺らしながら、ゆっくりと店内へ足を進める。

 コツ、トン。コツ、トン。

 変わった足音を奏でる彼女は、ぶかぶかなオーバーオールを身に纏う。そのだぼっとした、自分の足を倍以上に見せる生地の下に、左右で違う足先を覗かせる。

 彼女の左足の膝下は、棒状の義足だった。

 それでも彼女は、左右のバランスを崩さないよう、常人の様に綺麗に歩く。

 彼女は、棚を(はた)いているおれの目の前に着くと、淑やかに自己紹介始めた。

「メキトウ様から派遣されてきました。マールです。よろしくお願いします。」

 お辞儀をするマールは、コガネより少し背が低い。

 男性が来ると思い込んでいたおれは、少し意表を突かれた。

「ど、どうも、コウです。こちらこそ、よろしくお願いします。」

「こちら、メキトウ様からお預かりした封書です。」

「あ、はい。ご丁寧に、ありがとうございます。読んでも?」

「はい。ご事情は、お伺いしております。その間に、店内を拝見してもよろしいですか?」

「ええ。どうぞ。」

 返事をすると、彼女はうろうろしながら、店内を見廻り始めた。

 おれは、早速手紙の封を切る。

 渡された封筒には、『 先生へ 』と、大きく書かれてあった。手紙は、メキトウからではなく、シグマからの様だ。


----


 先生へ。


 あれからコガネの様子は、どうだ?仲良くやっていけそうか?

 地上の暮らしが初めてのコガネの世話は、思ったより大変だと思う。オレたち男には、分からないことも多いことだろう。

 そんな先生の為に、メキからマールを紹介して貰った。

 マールは、元冒険者だ。半年ほど前に片足を失い、冒険者を引退したらしい。

 リハビリ後、塞ぎ込んでいたところを、メキが引き取って面倒を見るようになったそうだ。

 メキは、そんな彼女に、道具屋で店の経営を学ばせたいらしい。行く行くは、彼女に店を持たせたいと言ってはいたが、オレにメキの真意は分からん。

 先生には、冒険者を続けてもらい、道具屋を乗っ取る算段かもしれん。オレは、別にそれでもいいけどな。

 何はともあれ、メキの所で働いていたマールは、道具屋としても、冒険者としても、先生の手助けになるはずだ。コガネの事で困ったら、マールに頼るといい。上手く助けてくれるだろう。

 オレも助けになってやりたい所だが、ギルドからの依頼で、今日からソースタウンに出向することになった。すまないが、しばらく戻れそうにない。

 先生は、オレをファーストにした男だ。オレの助けなんて要らないだろ?

 それから、最後に、メキからの伝言を、ここに記しておく。

 ・彼女に、無茶なことをさせないこと。

 ・彼女を、ちゃんと女性として扱うこと。

 ・強がるところがあって心配だわ。

 ・義足の為、住み込みが好ましいこと。

 ・彼女に、料理をさせないこと。死人が出るわ。

 ・彼女に、何かあったら、すぐに私に連絡すること。

 とりあえず、こんなところだそうだ。

 遅くなったが、復帰おめでとう。

 先生の今後の活躍を、楽しみにしている。


 ――シグマより。


----


 半年前に引退か…。

 辛かっただろうな。魔物にでもやられたのだろうか。

 少し考えただけでも、身の毛がよだつ。

 早速コガネの扱いに困っていた所で、女性というのがかなり有り難かった。

 そして、おれは、気になる一文を読み上げる。

「――義足の為、住み込みが好ましい!?」

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