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間取り

 おれは、ドンドンと、大きな足音を立てながら、店の階段を上がっていた。

「シグマめ…荒らすだけ荒らして、そそくさと帰って行きやがって。今度会ったらタダじゃおかないからな。」

 シグマを懲らしめる算段を考えつつ、荒ぶった心を落ち着ける。

 おれにコガネを押し付けるにしても、もう少し面倒を見て行けばいいものを。シグマは、あの後すぐに、袋を担いで帰って行った。

 仕方がないと言えば、仕方がない。

 ファーストの冒険者は、何かと忙しいからだ。シグマにも、予定があるのだろう。

 それに、しっかり店番の手配をして貰わないと困る。とは言え、手配するのはシグマではなく、妻のメキトウだろう。

 彼女は、商家の家の出で、複数の店舗を運営する経営者だ。この道具屋を始める時も、彼女に色々と相談に乗って貰った。

 なので、おれもシグマも、彼女にだけは頭が上がらない。才色兼備とは、彼女のために生まれてきた言葉だろう。


「コウさん、本当にいいのですか?」

 振り返ると、コガネが階段の下で、申し訳なさそうにしていた。

 在庫の商品の山の間で、床に視線を落としている。

 店に訪ねて来た時の彼女なら、喜んで階段を駆け上がりそうなものだが、今はそうではなかった。

 知らない場所で、知らない男と暮らす事になったのだ。そりゃ、躊躇もすることだろう。

()()は、付けなくていいって言ったろ?それに堅苦しい喋り方も、しなくていいぞ。その方が楽なら、別にいいけど。これから一緒に暮らすんだ。気楽に行こう、気楽に。」

「う、うん…。」

 返事をするコガネの表情は、まだ暗く元気がなかった。

「なんだよ?シグマにコテンパンにされて、凹んでるのか?」

「そ、そりゃね。」

「そんなの、寝ればすぐに忘れるさ。ほら、早く上がって来いって。寝床を決めないと。冒険者になるんだろ?」

 おれは、彼女を励ますように言った。

 コガネは、冒険者というキーワードに感化されたのか、顔を上げて階段を上がり始めた。階段を一段上がる度に、「冒険者、冒険者。」と、力強く口ずさむ。

 彼女にとってこの短い階段が、冒険者への第一歩となった。


 我が家には、階段が二つある。

 一つは、今コガネが上がっている内階段。一階の店舗と二階の住居を繋いでいる。

 もう一つは、店の側面の路地にある外階段だ。地上から二階の玄関へ直接繋いである。だが、この玄関を訪ねて来る人は、ほぼいない。

 一日の大半を店で過ごしているため、当たり前の事ではあった。


 内階段を上がった場所の短い通路には、寝室の扉が見える。階段の柵に手をかけながら通路を進み、自分の部屋の扉の前を無言で通り過ぎる。

 通路の先には居間がある。四人掛けの四角い木のテーブルを横切りながら、おれは指を差した。

「ここが居間で、あっちが洗面所と風呂。トイレは、その隣。ある物は、遠慮せずに適当に使っていいから。」

 後を追うように居間に立ち入ったコガネは、生活感のある質素な部屋の中を、じっくり見渡している。

 洗面所では、洗濯籠と折り畳まれたタオルの山が、顔を覗かせていた。

「へー。意外と綺麗。もっと散らかってると思ってた。」

 コガネは、感心していた。

 テーブルの上には、調味料の入った瓶が、隅にぽつんと置かれている。テーブルに備え付けられてある、小洒落た背もたれの四つの椅子は、昔の仲間のカンタンが作ってくれた物だ。

 家にあるほとんどの木製の家具が、カンタンの手作りだったりする。天賦が大工なだけあって、良い仕事をしてくれる。

 そのテーブルの奥には、使い込まれたキッチンが壁沿いに設置されている。小さな窓が二つあり、路地から射し込む陽の光が、乾いた食器を明るく照らしていた。


 おれは、居間の先にある大きな引き戸に手を掛けた。本来なら、ここがリビング的な間取りの部屋なのだが、来客用の寝室に作り替えてある。

 指に力を入れずとも、扉が滑るように開く。

「ここが、客間なんだけど。…散らかってるな。」

 おれは、中の様子を見て幻滅した。

 カーテンが閉められた薄暗い部屋の四隅に、ベッドが四つ離れて置かれていて、それぞれの枕元には、可愛らしい小棚が備え付けてある。

 そのベッドのシーツは、全部ぐちゃぐちゃになり、沢山の酒瓶やトランプが散乱している。

 窓枠には、埃が積もり、長い間窓を開けた形跡がない。

 床には、何でこんな場所に落ちているのか、よく分からない物までが無造作に転がっていた。

「そ、そうみたいね…。ここだけ別世界みたい。」

 コガネは、唖然とした表情で中の惨状を見渡していた。

 これを、今から片付けるとなると、日が暮れても終わりそうになかった。

「昔の仲間たちが来た時に、たまに泊まって行くんだ。掃除するの忘れてたな…。あー、そうなると。か…。」

 おれは、潰れた盗賊団のアジトの様な客間に背を向けた。

 居間に戻って、立て掛けてあるフックの付いた木の棒を手に取る。

 そして、それを、階段から居間へと続く柵の上の天井に引っ掛ける。天井を開いて、階段を引き降ろす。

「屋根裏なんてどうだ?一度も使ったことが無いから、住み心地は保証出来ないけど。掃除は、何回かしてるから、少し拭き掃除でもすれば、住めると思うぞ。」

 降ろした梯子の様な階段を登る。

 床に手を突くと、積もった埃がべっとりと指の腹に付いた。おれは、立ち上がり、息を吹きかけ埃を掃い飛ばす。

「少しじゃ駄目そうだ。」

 真っ直ぐに立ち上がるのは、天井が低く難しそうだが、それなりに広い。

 一番奥の壁には、丸い小窓が付いていて、そこから光が射し込んでいる。

「わー。隠れ家みたいで素敵!ここにっ痛っ!!」

 コガネは、興奮して飛び上がり、天井に思いっきり頭をぶつけていた。

「ここにしてもいい…ですか?…イタタ。」

 天井を警戒しながら、手でコブが出来ていないか確認する。

「じゃあ、早速掃除して、ベッドとか運ぶか。二人でやれば、すぐに終わるだろ。」

 おれは、振り返って登ってきた階段の方へ体を向けた。

 屋根裏の低いライトが、コガネの金髪を明るく照らし付けている。

「そう言えば、家を出て来たって言ってたけど、家族が心配してるんじゃないか?」

 その質問に、コガネは、素っ気なく答える。

「家族は、私に対して無関心なので問題ないです。高等部の卒業を条件に、後は好きに生きていいと、許可も貰ったので。」

「卒業を条件に?何か変わってるな。捜索願いだとか、指名手配だとか、勘弁してくれよ?」

 家族が心配をしない上に、卒業を条件?

 上空都市の人間の考えが、ますます分からなくなった。

「ん?待てよ…。こういう時に捕まるのって、おれの方なんじゃないか?これは、マズいぞ。」

 おれが頭を抱えていると、コガネが笑い出した。

「あはは。コウが、想像通りの面白い人で良かった。」

 人の気も知らずに、呑気に笑顔を向けてくる。

「そうか?こっちは、真剣に悩んでいるんだけど。」

 おれは、階段を降りて掃除道具を取りに向かう。

 シグマが振り回したデッキブラシに、バケツ。あとは、雑巾を数枚。これだけあれば、一先ず良いだろう。

 掃除のあとは、ベッドを一台バラして運び込むだけだ。

 おれは、効率の良い段取りを頭に思い描き、その通りに動き始めた。

 こうして、コガネの緊張も解けつつ、二人は掃除を始めたのだった。

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