序章
『探索!』
おれは、左手の指先に力を込めた。――嫌な予感がする。早くこの先を調べなくては。
真紅のジャケットの長い裾をなびかせて、前へと進み出る。焦りが先行し、額から流れ落ちる汗を、気にする余裕もない。
そして、左手から放った見えざる力へと、意識を集中する。冷んやりとした空気の中、天井から落ちる水滴の音と、その力が反響した。
波打つ力は、トンネル状の剥き出しの土壁に浸透しながら、道の先の暗がりへと進んで行く。
目を瞑るとマジックスキル・探索によって、暗闇の先の風景が光の線となり、頭の中で描写される。特に目を瞑る必要はないが、その方が視界に邪魔されず、より鮮明となる。
脳裏に浮かび上がる光の線が、見えない地面と壁の形成を始めた。自身の周辺と同じ様な土壁が、真っ直ぐに続いているのが分かる。
残念ながら、全ての風景がはっきりと視得る訳ではない。大まかな地形や生き物の存在を、感じ取れるスキルだ。
おれは、そのまま精神を研ぎ澄まし探索を唱え続ける。――暗がりの先へ、先へ。ゆっくりと進めていく。
――すると、精神が何かに衝突した。地獄に住まう悪魔の様なビジョンが脳裏に焼きつく。
少し触れただけで、それが強大で禍々しい力だと、はっきりと分かった。
なんて邪悪な気配だ。おれは、ゾッとする悪寒に襲われた。
すぐさま、仲間へと伝えなければならない。
おれは、口を大きく開きながら振り返った。
「この先にヤバいのが居る!すぐに撤退しよう!」
焦り眼で振り向いた先に居るのは、度重なる連戦によってボロボロとなった仲間たちだった。
『 名前:ルーク 天賦:剣士 』
金髪の優しそうな顔をしたルークが、負傷した女性の看病をしていた。色違いのお揃いのジャケットは、ビリビリに破けて見る影もない。
『 名前:マリア 天賦:神官 』
ルークの膝の上に頭を乗せるマリアは、気を失っているようだ。真っ白な神聖な服は、所々が破けて汚れていた。腕には力がなく、転がった杖と共に地面に伏している。
「さすがに、この状況で移動は大変だな…。みんな、動けそうか?」
ルークは、女性の頭を抱きかかえ、上体を起こしながら、他の二人へ確認する。
『 名前:カンタン 天賦:大工 』
「今日は、ダンジョンの様子がおかしい。嫌でも戻るしかないだろう。」
大男のカンタンは、負傷した太い腕に包帯を巻きながら答えた。空いた片腕で、しっかりと包帯の締め付けを確認する。
『 名前:ハーウェイ 天賦:狩人 』
「戻るったって、クソッ。弓が使い物にならなくなっちまった。」
ハーウェイは、悪態を吐きながら折れた弓を悔しそうに眺める。額から流れる血が、死闘の末の結末だったことを物語る。
狩人にとって弓は、命を守る大切な武器だ。その弓を地面に放り投げ、彼は起き上がった。
フードの付いたローブをはためかせて、腰のナイフの握りを確認する。
疲労困憊。全滅寸前の状況のはずの彼らの目は、まだ諦めてはいなかった。
ルークは、マリアの腕を自身の肩へ回して、彼女を起き上がらせる。意識の無い彼女の体は、とても重く言う事を上手く聞いてくれない。
ハーウェイがルークの反対側へと回り、彼女を一緒に支えた。そして、強面の大男カンタンが、二人へ大きな背中を差し出した。
――そんな悠長にしている暇は、ないってのに。
おれは、彼らの背中を守るように、暗闇の方へ身構えた。もう、ヤツがいつ来たっておかしくない。
破けて汚れてしまった真っ赤なジャケット。おれは、その背中をピンと張って構える。両手のグローブを擦り鳴らして、拳を強く握り込む。
おぞましい気配が近づいて来るのを感じる。
自分の力では、到底太刀打ち出来そうにない相手だが、少しでも時間が稼げればいい。
ドスン、ドスン…。
闇の中から、大きな足音とその振動が伝わってくる。死が近づいてくる度に、振動が段々と大きくなる。
「みんな!急いで行ってくれ!足止めしたら、すぐに追いかける。」
おれは、恐怖を心の内に押し込めて、精一杯格好をつけたつもりだ。最後くらいは、格好良いところを見せつけておかないと、後で笑われてしまうからだ。
彼らとは、長年の仲。
素直に、おれの覚悟を汲み取ってくれたようだ。
彼らは、労いの言葉と共に先へ向かう。足音が離れて行くのを、背中越しに感じた。少しばかり心細いが、仕方がない。誰かがやらなければならない役目だった。
大きく深呼吸をして、平静を保つ。
しかし、鳴り響く振動がそれを許さなかった。
ドスン、ドスン…。
暗闇の中、鋭い眼光が上下に揺れるように見え隠れする。悪魔がその姿を現すのも、もう時間の問題だった。
パンッ!
乾いた音が、ダンジョンに木霊する。
突如、左肩を掴まれた感触がした。
おれは、何かの間違いかと思い横に目をやると、そこには、涼しい笑顔をしたルークの横顔があった。
彼の勇敢で優しい瞳は、暗闇の先を見据えていた。
「殿はオレに任せて、サポートを頼むぜ。」
彼は、そう告げると、勢い良くおれの体を後方へと引っ張って投げ飛ばした。
体が土の上を滑り転がる。痛さよりも、投げ飛ばされたという精神的ショックの方が大きかった。
唐突で頭が回らない。
――なぜ、先へ行った彼がここに居る?おれは、咄嗟に体を起こして、剣を構える彼の背中へ叫んだ。
「ルーク!なにしてんだよ!」
しかし、ルークは、何も答えなかった。
精一杯伸ばしたおれの手は、届くはずもなく――。
暗がりから化け物が姿を現す。
強大な敵に立ち向かう彼の背中が、おれに向かって何かを語っていた。
『 名前:ルーク 天賦:△○□―― 』
大切な何かを――。
【存在してはいけない勇者を見つけたおれは。】
〜ジョブに囚われた者たち〜 start.




