ベガとアルタイル
彼女といっしょに、星を見た。とっても、綺麗で潔い夜だった。後悔なんかなかった。彼女と共に居るだけで、幸せだったの。星は力強く輝きを失わず、光り続けている。空に散らばる光は、導くでも、慰めるでもなく、それでも確かに消えずに在り続けていた。私はその事実だけを、そっと胸にしまった。まるで、今すぐ傍にいる彼女のように。
―Episode2 .『ベガとアルタイル』
同じ空を、別の時間の自分も見ているのだろうか。いつまでこの時間は続いてくれるだろうか。星は近づくほど遠く、触れようとするほど、手の中から零れ落ちていく。それでも空を見上げる癖だけは、消えなかった。でも、なんだか心がざわついている。視線が左右に揺れてしまう。
「なぁにそんな顔しているの。」
どうしたのよ、と顔を覗き込んで、柔らかい表情をしている彼女。どこか落ち着きのない私を見て、気を紛らわすよう微笑んで彼女は言った。
「ほら、下向かないで空を見てご覧なさい、綺麗だわ。」
「...うん」
私は再び顔を上げ、満点の輝いた空を見上げた。直接的じゃないけれど、その一言は私には充分だった。
「星って、儚いものなのよ。」
何処までも続く紺色のパレットが、二人を包みこんでいた。
「めいいっぱい光って輝いて、やがて静かに息を引き取る。そしてまた小さな塵たちが、一生懸命に煌めき始めてね。そうやって繰り返し繰り返し消えては光り、消えては光り、前に進んでいく。...星々って、人生に似ていると思いませんか?」
「...うん」
言葉がうまく出てこない。言いたいことはあるのに、言葉が喉に詰まって出てきてくれない。どうしても、伝えたいのに。鉛のように重たくて、開けそうにないのはどうして。
「だから、そんなに焦らないでいいのよ。貴方がしたいことを貴方のペースでね。」
ゆったりとした口調で、そして穏やかな声色で空に放った彼女の言葉は、本当にやさしいものだった。
ずっと暗闇に籠もっていた私を覗きにきてくれた。手を差し伸べてくれた。どんなに深い闇に居たって、彼女はきっと私の傍に来てくれるし、きっと会える。まだまだ未熟だし、独りが、あるいは社会が怖くなることもありえないほどあると思う。でも彼女と共に歩いていけたら、少なくとも私は救われる。私の存在を確信して、手を握ってくれるのは貴方しか居なかったのね。...私のささやかな思いが、星たちに伝わったみたい。そして、彼女も。
きらきらの飴みたいな夜空に、ぽつんとやわらかい声が放たれた。
「名前で読んでちょうだいよ。そうねぇ、何が良いかしら。エトワールだと紛らわしいと思うし。」
此方を見て私に問いかける。
「うーん...エト?」
何が良いかと、彼女はあれこれ空に声を響かせた。
「.......ェㇳ」
私が口を開いてくれたことに、彼女はふわっと優しく微笑んで私の顔を見た。
「なあに?はっきり言って御覧なさいな。」
「....ミエト、」
「未来のエトワール、だから...ミエト」
満点の星空に、私の声のトーンだけがしんと染みた。私がそう言った瞬間、彼女はきらっとその吸い込まれそうな瞳を輝かせて、私の手を握った。とても、あたたかい手だった。私の全てを受け止めてくれるような、そんな手。
「良いネーミングセンスね。じゃあ今日から私、ミエトになるわ。」
彼女、いやミエトは笑った。そんなに私から名前をつけて貰ったことが嬉しかったのか、ミエトは時々「ふふっ」と声を零している。私とミエトは、沢山の星屑が散りばめられた万華鏡のような星空に、身を寄せた。本当に、本当に幸せだった。星を見ているときだけ、今までの苦痛と悲しみをすっと忘れられる、そんな気がしたの。もちろん、最初は驚いた。だって、朝目が覚めたら目の前に自分が居るなんて、そう聞いたこともない話でしょう?でも、そうあの時のようにすんなりと信じられたのはなぜかしら。
「あっ!流れ星だわ。」
ミエトが慌てふためいて、両手を胸の前に合わせる。そして、私もやらねばと泡を食って手を合わせた。
二人だけで、この永遠と続いている夜空を見上げながら、お願い事を空の彼方へと飛ばした。
「何をお願いしたんですか?」
ミエトがにんまりと問いかけてくる。
「....この先、ミエトと仲良くなれますように、って。」
いざ聞かれてしまうと、頭の中をさらけ出したみたいで恥ずかしい。
「あら良いじゃないの、素敵だと思うわ。」
ミエトが発した答えに、少し安堵する。まぁ、結局は私そのものなんだから、ね。でも、私が将来こんな人間になるんだ、と考えたらちょっぴりありえないかもしれない。私が少し曇らせた表情をしていると、ミエトは私の方に踏み寄った。隣にいるミエトが、此方を見て優しく微笑むものだから、今はやめておこう、と思えた。その時まで、これは頭の隅っこに置いておこうか。また、考えられるようになるその日まで。
二人の小さな影が、星空を浮かべる窓辺から映っていた。




