力の彗星
周りに迷惑かけるのが怖くて始めた一人暮らし。将来自信を持って親孝行ができるように、と自分が以前好きだった趣味の時間を潰して入れた事務作業のバイト。毎日毎日、機械的なことを繰り返して行う日々が、その事の重大さを語っていた。自分らしさってなんだろう。高校に入ってからすぐ、私の人生というページには薄っすらとした霧がかかり始めていた。私、役に立っているかな。皆のために、貢献できているかな。周りの評価ばかり気にして、頭の中ではいつでも思考という永遠たるプログラムが巡り巡っている。
脳内は既に侵食され、終わることのない負の連鎖が痛々しく鳴り止まない。元々自分の意見をはっきりと言うタイプではなかったし、先生からも「周囲をよく見ていて気の利く子ですね、」と言われてきた。それも昔から皆に合わせなさいと教育されてきたものだ。決して自分の意見を持っていない訳じゃない。
ちゃんと私自身の気持ちは存在しているし、むしろ意見を持っていない人の考えていることが分からないくらいの意見は持っている。でも、それを表に出せるか出せないかはまた別の問題じゃないの。内向的で常に周りの顔色を伺って過ごしている私は、本当の自分を見失いかけていた。
自分の気持ちを、心の奥底のおっきなクローゼットに押し込んで、出てこないようにする。悲しいのかしくしくと音を立てて震えるものもいれば、ゆらゆらと揺れて今にでも消えてしまいそうなものまでもいる。心の奥底に何年も引っ込めていたせいで、もうクローゼットに何が入っているかは分からない。私の『感情』はもう見えない。
でも、こんなにも私が変われたのは貴方のお陰だったのね。
―Episode 1. 『力の彗星』
いつもの朝方目を覚ますと、ある違和感を目の当たりにした。
「....?」
「ぇ.....私、一体どうしちゃったの... ?」
この目の前の光景、違和感でしかない。ただ寝起きだからなのか、それともまだ私は夢の中に居るのかな。
衝撃的すぎる現状に私は目をしぱしぱする。でもね、何度瞬きして見返しても、其処に居るのは私じゃないの。あまりにも信じがたく、遂に幻覚を見始めたのかと自分を疑う。あてもなく壁の向こうを見て、私の脳内の思考がフリーズしている中、目の前の『私』はやっとでもかと言うように口を開いた。
「あら、寝ぼけているの?...改めまして、こんにちは。」
「.......こんにちは?」
朝から刺激が強すぎて滑らかに挨拶を返してしまった。自我を取り戻すように、瞼をゆっくりと閉じて深く深呼吸をする。なんで、なんでそもそも私が二人居るんだ。やっぱり精神的に参ってしまったんじゃないのか。思考回路が全く噛み合わない。もし来るんだったら朝に来ないでほしい。
「あのう..」
「ちょっと一旦寝て良いですか」
「えっ」
頭冷やそう。こんな如何にもタイムトラベル的なこと現実な訳がない。気持ち切り替えよう。そのくらいはかろうじて考えることができる脳みそをフル回転させ、私は布団を深く掛け直す。
「あっいやちょっと」
では、と焦りを抑えながらも夢の中へおやすみ。さっきの夢は相当な演技だったなぁ。私は、段々と意識を飛ばしていった...「ッて寝ないで下さい!」..なんだよ、随分とリアルだな。そうして私はむにゃむにゃと再び夢の中へとは、 入れなかった。
「何寝ようとしているんですか!」
急な大声に私は背筋がびくっと伸びる。どうやらこれは夢ではないらしい。そして視線をゆっくりと上げると、其処には私そっくりな人間が居た。いや、そっくりというか全くの同一人物といった所か。視界の中に飛び込んでくる情報量が多すぎて、数秒間の沈黙が湧く。
「本当に私なの..?」
脳内に浮かぶ言葉を、なんとか絞りきって私は声に出した。思ってた程の語彙力は無かった。彼女は、待ちくたびれたとでも言うように口を開けた。
「..やっと分かりましたか、さぁ早く起きて下さい。」
ようやく今起きた出来事を理解した。肉眼で見たのだから、信憑性もくそもない。今まで必ずしも良かったと思えるような体験はしてこなかったが、こんなにも現実を疑うようなことは生まれて初めてだ。
「もう分かると思いますが私エトワール・セレストは後世、いわば未来から来ました。貴方が清く正しく人生の第一歩を踏み出せるよう、簡単に言うとお手伝いに来たんです。」
「此処に来るまで過去のページを遡ってもらったんですが、ほんと昔の私ってば苦労してますね。笑」
一気に未来だとか何だとかと現実ではありえないフレーズが飛び交い、又もや停止しそうになる。というか、苦労してますねって若干煽ってないか。確かに彼女が言う通り、私は苦労してきた...というか現在進行形で苦労しているのは本当に事実だ。自分の感情は押し殺して周りばっか気遣うスタイルを続けて来たせいで、もう本当の感情も気持ちも分からなくなってしまった。
コミュ力お化けで勉強ができて性格も優しくてクラスの中心に居るような人生勝ち組陽キャとは程遠い。そんな奴らと比べたら私は周りに合わせて思い通りに動いてくれるただの操り人形だ。意思なんかない。
「..まぁ、貴方の考えていることはよく分かりますから安心して下さい。とりあえず状況は分かったでしょう?これから、どうぞよろしくお願いしますね。」
まったく、こんな頭のおかしい世の中にももっと頭のおかしい事が起こるもんだ。私はもう諦めモードに入る。本当に、人間はくだらない。結局は社会という集団行動や協調性が重視される檻の中で生きなければならないんだよ。そうやって薄々と死んだ魚の眼をし、思考の沼に入っている私に、彼女は「さあさあ、身支度しなさいな。」と微笑んで促した。そそくさとベットから出され、まだ六時なのに支度をさせられるこの始末。「私の家政婦じゃないんだから...」と呆れながら、いつもよりも大幅に早い朝ごはんを口にする。この日は今でも忘れることはない。現在2049年の9月12日、私は未来からの時間遡行者と共に2050年9月12日までの一年間、かけがえのない人生を歩んでいくことになる。




