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8、寿命②


しかし、考えてみるがいい。衣食住、総ての元は植物だ。そもそも、地上に動物が暮らせるのもオゾン層が有ったればこそだ。オゾン層とは植物が作った酸素が、上空でイオンに変わった物なのだ。地球の激烈な気象を緩和してくれているのも、植物のなせる業だ。生命に欠かすことの出来ない水に、大きく関与しているのも植物だ。水を司っているといっていい。

ふむ、……」


ご先祖さまは、窓の外の造物主を見た。ツツジが丸く刈りこまれてあり、その下に鮮やかな黄色い福寿草が群れ咲いている。所々にオモトが植えてあり、リュウノヒゲの一群も見えた。

むろん、ご先祖さまはそれらの植物群に悪意を持とうはずはないが、かといってことさらありがたがる気持ちもわいてこない。


「いや、植物が神といわれても……どうもピンとこないな。かといって、俺は人間に似た神の存在を信じていたわけじゃない。俺には、もともと信仰心など無かった。神も仏も、信じることが出来なかった。信仰心を持つ人を、羨ましく思っていたこともあった。出来れば懐疑心など持たずに、神の教えに従って素直に生きて行けたら気楽だろうな~と思っていた。

ただ、俺は、神とか仏とかそんなあやふやなものでなく、宇宙には永遠の真理、(ことわり)かな……そんなものがあると思う。そういうものこそ、俺は神と呼びたい」


「ふむ、ご先祖さまはスピノザと同じことを言っている。スピノザとは、ユダヤ人のくせにユダヤの神に疑いを持ち、『自然こそ神だ』と言った人物だ。当然、スピノザはユダヤ社会から迫害され、追放されたことはいうまでもない。

ふむ、信仰心は、恐ろしく人を偏狭にさせる。西洋、キリスト教の歴史を見るがいい。異端審問、十字軍侵略戦争、魔女狩り、布教に名を借りた侵略、免罪符の乱発など、二度の世界大戦はいうに及ばない。一神教の宗教は、他に対し実に酷烈だ。

二十世紀後期のボスニア戦争においても、宗教は公然と一方に加担していた。もし、カトリックとかイスラム、プロテスタント、とかオーソドックスとかが無かったら、ボスニア戦争はあんなに複雑にはならなかった。いや、そもそも、戦争など起こらなかった。ふむ、宗教の掲げる神こそ、人類に最も有害なものだったのだ。ふむ」


木師は宗教が嫌いらしい。

ご先祖さまは、重苦しい気分だった。人を救うはずの神や宗教がなぜ争い事に加担したり、争い事のタネになるのか。木師の口ぶりでは、神、宗教の桎梏(しっこく)から脱し得なかった旧人類は、救いようのない種族といえるらしい。人類絶滅の一因が、宗教にあるようないい方だ。自分は、その片割れだ。

ご先祖さまは、ふと兎を見た。兎は、アッケラカンとして頬杖を付いていた。

『この子は、まあ、何とノーテンキな顔をしてるんだろう』とご先祖さまは呆れた。気配で振り向いた兎が、ニコッと微笑んだ。ご先祖さまも、つられてフッと笑ってしまった。

ご先祖さまは、気分が洗われる思いがした。たぶん、兎にとって旧世界は異次元の世界なのだ。悪意、妬み、怨恨、欺瞞、偏見などというものは、無縁なのではないだろうか。ご先祖さまは、兎が無垢の精神を持った天使のように思えた。

ここは天使の住むユートピア、いや、ユートピアとまで行かなくとも、それに準ずる所と思えた。

もっとも、怪しげな老人とか、胡散臭い人物もいるような気もするが。

「ふむ」怪しげな老人が、ため息のような口癖を吐き出した。


「休憩にしよう。兎よ、午後から山羊先生の診察があるんだろ。来てもらうか、それともこちらから出向くか?」


兎はご先祖さまを見た。


「いや、こちらから出向きます」


「ふむ、それがいい。じゃ」


「どうも」


木師が部屋を出ると、兎が大きく伸びをした。



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