5,ここ②
ややしばらくして、木師と山羊先生がドヤドヤと入って来た。
「ふむ、屁が出たんだって、それで、どうだ、糞とか小便とか出たか。ん」
木師は、朝っぱらから下品なことを聞いてきた。
「オナラが出たのは、良い兆候です。どうです、食欲はありますか」
「いや、それがね……、嫌な音がしたのは確かだが、それがオナラだったかどうか自分でも良く分からないんだ。でも、食欲はあるよ。何か食いたい」
「おお、それじゃすぐ用意しましょう」
山羊先生は、慌ただしく出ていってしまった。セッカチな人らしい。
木師は、破けた服をてにしていた。
「ふむ、どうかね。良かったら食事の後で、ここの説明をしようか」
「それは、ぜひ、お願いします」
「ふむ」
木師が出て行くのと入れ替わりに、兎が食事の入った台車を押して来た。
パタン、パタンと上蓋を裏返して寄せると、小さなテーブルとなった。そのテーブルの上に、食事が出された。大振りの茶碗には、白がゆが入っている。側の小皿に梅干しと塩が、それにキューリ、白菜、大根の浅漬けが盛ってあった。
「山羊先生と相談して用意しました。よろしかったら、召し上がってください」
それらは皆、ご先祖さまがかつて馴染みのものばかりだ。兎や山羊先生の心づくしが、ご先祖さまの胸を熱くした。ご先祖さまは、思わず知らず合掌していた。
「いただきます」
「どうぞ」
白がゆの上に、塩を少々かけて食った。
『うまい……』梅干しがすっぱい。浅漬けは香ばしく、歯ごたえがある。
ご先祖さまは食べた。二口、三口と食べているうちに、ご先祖さまは不思議な飢餓を感じた。始めは噛みしめるようなゆっくりとした食事が、次第に早くなり、終いにはかゆをザクザク、浅漬けをバリバリと音を立てて食った。ハッと気づくと、アッという間に食事は終わっていた。
兎が驚いたように見ている。
「おっかしいなー。何で焦ってしまったんだろ。慌てること、無かったのに……。おかしい?」
兎は呆れた。ご先祖さまは、ガツガツとアッという間に食事をたいらげた挙句、俺は何でこんなにガツガツしてるのかと訝っている。自分はもっと上品なはずだ、とでも言いたいのだろうか。
「あの~、おかわり、持ってきましょうか」
「あっ、いや、いいよ」
ご先祖さまは、兎の煎れてくれた熱い緑茶を手にこたえた。
そうこうするうち、木師が長い板状の物をガラガラひっぱりながらやって来た。
「あっ、いいな~。ワシもお茶が飲みたいな~」
「あっ、はい。いま、用意します」兎は機敏に出て行った。
「木師、それは何です」
「あっは、これは黒板じゃよ。ふむ、さて、これから、ちょっと準備するものがある。手伝ってくれ」
「はい」ご先祖さまに否はない。
準備といっても極く簡単なもので、カーテンを開け、ベットのふとんをたたんで部屋のスミに押しやり、代わりに収納庫から机やらイスやらを引っ張りだして、並べるだけだった。
かくて、準備が整った。
黒板の前には机が置かれ、そこで、木師は立ったままでお茶を飲んでいる。その前には小さな机が二つ。ご先祖さまと兎が、座ってお茶を飲んでいた。
『それにしても、このかわいらしい机は何ということだ。これじゃまるで、小学一年生の教室じゃないか……』
ご先祖さまは、子供のオママゴトにムリヤリ付きあわされているかのような錯覚を覚えた。
『それにしても、木師はここの長者というか、指導的な立場の人、代表者なのだろう。だけど、風貌がちとラフ過ぎないか、その身なりとかが……。
頭頂部が透けて見えるのは仕方ないとしても、側頭部の白黒まだらの髪が不揃いで、くせ毛か寝ぐせか知らないが、むさ苦しく左右非対称だ。そして、顎のうすら髭がゴマ塩で、まさか、わざと伸ばしているんじゃあるまいと思うが……。
しかし、不精髭にしてはやや長い。いったい、ぜんたい、ここの床屋はおそろしく下手なんだろうか。
着ている服にしてもジャージ風の物。元の色は緑色だったような気のする、擦り切れそうにほつれた白っちゃけた物だ。ズボンも同じ色あいのゆったりとした、それでいて足元の部分がビシッと締まったスエットパンツ風の物だ。
質素だ。倹約家なのかもしれない。いや、ただ単にぐうたらだけなのかもしれない。
それにしても、楽隠居のじい様じゃあるまいし、いやしくもここの代表者なら、スーツにネクタイとまでは行かなくても、もっとシャンとした身なりをしても良さそうに思うのだが……』
兎も、同じような服装をしていた。
こちらは、ご先祖さまと机を並べて神妙だ。自分でいれた茶を飲んでいる。
ご先祖さまは、チラリと兎を盗み見た。兎も木師と同じような服を着ているが、印象がまったく違う。若さのせいなのだろうか、動きが俊敏で溌剌とした感じだ。
ボロ服が気高い精神を際立たせているようで、一種の爽快感がある。




