4、ここ①
出窓の棚に、黒っぽい鉢があった。点々と褐色の迷彩がある緑の二枚葉から、花茎がヒョロリと伸びて上で反転、花弁をめいっぱい反り返して下向きに花をつけている。
一つ、二つ、三つ……意外と多い。
花は鮮やかな紅紫色。六花弁のユリに似た、小さな花だ。
「ああ……何と、美しい……」
ご先祖さまは感動した。薄いカーテン越しの窓から、爽やかな朝の陽の光が差し込んでいる。粛とした冷気も感じられた。最初に目にしたのは、みずみずしく美しい可憐な花だ。申し分のない目覚め方だ。
昨日とはエライ違いだ。
『そういえば……』ご先祖さまは、昨日の悪夢を思い出した。
コンコンと軽いノックの後に、昨日の少女が入ってきた。悪夢はやはり現実だった。
「おはようございます。お目覚めですか。気分はどうですか」
大人びた口をきく子だ。やや長め髪を、無造作に後ろに束ねている。
胸に、四角に畳んだ衣類を抱えていた。少女は、抱えた衣類と同じような質素な服を着ていた。素材はおそらく木綿なのだろう。
「おはよう」
ご先祖さまは、ゆっくりとした動作で起き上がり、ベットに腰かけて「むむむむ……」と大きく伸びをした。
「私、兎といいます。ウサギの兎です」
「兎か、ヘンな名だ」
「ご先祖さまほど、でも、ないでしょう」
言われてしまった。コマッシャクレタ子だ。それにしても、ご先祖さまとは……。
「ところで、あの花は何という花だったろう」
「あっ、あの花はカタクリよ。キレイでしょう。今年は、うまいぐあいに咲いてくれたわ。後で、カタクリの球根でクズ湯を作ってあげますね。そう、それとカタクリの葉っぱのおひたしも、けっこういけるのよ。これも、後で作ってあげますわ」
ご先祖さまは、口をアングリと開けて聞いていた。よくしゃべる子らしい。
「これ、ご先祖さまに誂えて作ってきたんですが」
兎は、胸に持った衣類を「はい」と差し出した。
木綿で出来ているらしい白っぽい服だが、純白ではなくクリーム色に近い白だった。
何となく柔道着を思わせる。
ご先祖さまは受け取ったが、ちょっと困った。兎が、ジッと見ている。
「ちょっと、後ろを向いてくれないか」
「何で?」
「着替えるんだ。見られてると恥ずかしい」
「キャッ!」
兎は、ヘンな声を出して後ろを向いた。
ご先祖さまは、着替えを始めた。しかし、いま着ているパジャマ様のものを脱ごうとしても、身体が思うように動かない。『こんなはずはない』と思いながらも、いまいましい程、心と身体は一致しなかった。
「うんしょ、うんしょ」と、ご先祖さまは悪戦苦闘していた。
兎は、少し可笑しくはあったが、素直に後ろを向いていた。ご先祖さまは、着替えを見られるのが恥ずかしいらしい。『恥ずかしいって、ガラかしら』と思うが……。
それに、まだ寝ぼけてる感じだし、おそろしく不器用そうだから手伝ってあげようと考えていたのに……『しょうがない人だ』と兎は思った。しばらく待つうち、ビッ!とヘンな音がした。
兎が振り向くと、ご先祖さまがはにかむようにテレ笑いをしている。
「破けてしまった」
「あら、まあ、直しますから脱いで」
ご先祖さまは、せっかく苦労して着た服を脱いだ。脱いだと思ったら、またビッ!と音がした。
「あら~」
「いや、これはオナラだ」
「キャハッ!」
兎は奇声を発して、服をご先祖さまに投げつけ出ていってしまった。




