30、ふるさと②
ご先祖様はうつむき、顔をクシャクシャにして涙をポタポタと落としていた。
ご先祖様は耐えに耐えていたが、とうとう堪えきれずに呻き声が漏れ出ていた。
やがて、ご先祖様の胸いっぱいに充満し、溢れに溢れかえった悲しみとも痛みともつかぬものが、ついに決壊した。
「うわああー!」
ご先祖様は、ゲンコツで激しく机を叩いた。机は、まるでゴメンナサイとでもするかのように、両脚をそのままに真ん中からくの字に折れ曲がった。
「おあー!」
ご先祖様は奇声を発し、折れ曲がった机を蹴散らし、ドアを蹴破ってダダダッと走り去った。
三人はアッケにとられながら、呆然と見送った。
直後、木師は何を思ったか、ご先祖様の反対の方角に走り出した。残された兎と山羊先生は、顔を見合わせた。
そして、あらかじめ申し合わせたかのように、山羊先生は木師の後を、兎はご先祖の後を追った。
木師が走り込んだのは、地下室だった。山羊先生が追い付いてみると、「くっくっくっ」と胸を押さえて苦しそうだ。
「おお、どうしたのですか……」
「く、く、苦しい。ひ、ひ、ひ」
「どこか、具合が悪くなったのですか」
山羊先生は切迫して、重ねて問い質した。
「くっくっくっ……」
木師は、身体を大きくくの字に折り曲げながらも、顔だけ上げて『違う』と横に振った。
「なっ……」
山羊先生は瞬時に氷解した。木師は笑っていたのだ。
「おお、何というひどい人だ。ご先祖様が、あんなに悲しんでいるのに!」
「そういう山羊先生だって、笑っているじゃないか。ふ、ふ、ふ」
山羊先生は、返す言葉がなかった。その通りなのだ。
「どうも、薬が効きすぎたようだ」
「そのようですね」
二人は顔を見合わせて、激しく吹き出した。
ご先祖様は、泣きながら走った。激しく嗚咽しながら夢中で走った。
外は、いつの間にか雨となっていた。降りしきる雨の中を、ご先祖様は泣きじゃくりながら走った。
ようやく、庭のケヤキの大木にぶつかって止まった。
「わあー!」
ご先祖様は、ようやく安定した形が定まり、思いっきり泣きだした。
ご先祖様は、泣きながら思いもよらぬ発見をした。泣くことが心地良い。快感なのだ。ミョウな解放感があった。山のてっぺんに登って、大声で叫んでいるような、一種爽快な気分があった。
悲しいことはもの凄く悲しいのだが、それとは別のところで自分が泣いている自分を見ている。カタルシスに酔っている自分を見ている。流した涙の分だけ、少しずづ魂が洗われ浄化されるような気がした。
今は幼かった子供の頃に帰って、思いっきり泣けることが嬉しい。後から後から溢れ出る涙が、今までの晦渋を洗い流して行く。今は、降りしきる雨さえもありがたかった。
ご先祖様は、子供のように一心に泣いていた。
すぐ後ろまで来ていた兎は、ご先祖様の靴を持ったまま佇んでいた。
やがて何事か察したのか、それともただ単に呆れたのか、兎はきびすを返して立ち去った。




