29、ふるさと①
ご先祖さまは悲しかった。旧人の愚劣さが、無性に悲しかった。
人は、善良な魂を持っていたはずだ。どこで、どう間違ったのか、なぜ歯止めがかからないのか。
ご先祖様は、どうしようもなく、為すすべもなくこの映像を観ていた。観ているのが辛かった。
堪らなく厭わしく、堪らなく疎ましく耐え難いものがあった。しかし、目を逸らすことは、人類の生き残りとして無責任のような気がする。辛くとも直視すべきだと、最後まで見定めるべきだと思った。それは、傍目で見ても辛そうだった。
そのご先祖様の様子を、木師がそ~と窺っていた。今日は木師だけでなく、兎と山羊先生もいっしょだった。
「ふむ、ご先祖様は嘆いておられる。いまさら、ご先祖様が嘆いたところでどうなるものでもあるまいが……。死んだ子の歳を数えるようなもんだ」
木師はご先祖様に聞こえぬように、兎と山羊先生に囁いた。
「そんな~、人が悲しんでいるのに、そんな言い方はかわいそうじゃない。もう少し同情してやれないの」
「ふむ、ワシは、ご先祖様のためを思って言っているんだよ。役の無い慨嘆など意味がない。感傷に浸りたいなら、中途半端じゃなく徹底的に、どっぷりと感傷に浸りきった方がむしろ良いんだ。そうだ!。兎よ、雅楽の中の篳篥を使ったふるさとという曲がある」
「ガガク、ヒチリキ?」
「そうだ、日本の古典音楽の雅楽だ。奈良時代に中国から伝わった、宮中の音楽だ。儀式の時に良く演奏された、あれだ。笙とか横笛、鉦それにいま言った篳篥などで演奏される。笙が天の声で、篳篥が地の声といわれている。兎は観たことがあるか」
「そういえば、観たことがあるような気がするわ」
「ふむ、それだ。それを持って来てくれ」
「はい」
しばし待つうち、兎が意外に早く探し出して来た。そして、間髪いれずセットした。
ご先祖様の観ていた画面が、いつの間にか変わっていた。
草深い田園に、茅葺屋根の農家が見える。
「ぶお~ぉ~」と、少し間の抜けた草笛に似た音がして来た。
ミョウに郷愁をそそられる、哀調を帯びた調べだ。
うさぎ追いし かの山~
小ぶな釣りし かの川~
画面下に歌詞が出ていた。
聞こえて来た篳篥の音色は素朴そのもので、もの悲しく響き、まさしく笙が天の声なら、篳篥は草場の陰から湧き出てきた地の声そのものようだ。
篳篥は十八センチ足らずの竹管を樺の皮で巻いた縦笛で、前面に七つ裏面に二つの指孔がある。音量は驚くほど豊かだが、早くは吹けない。
篳篥はたどたどしく危うげながらも、しっかりと曲を奏でていた。
夢はいまも めぐりて~
忘れがたき ふるさと~
ご先祖様には憶えがある。里山の風景だ。春の田んぼ。小川のせせらぎ。雑木林。メダカ、ドジョウ、小ブナ、カメ、カエル、チョウチョ、トンボ。夢中になって探したカブトムシ。クワガタ。タンポポが咲いて、レンゲが咲いて、夏には見上げるほと大きなヒマワリが咲いた。夕暮れにはカナカナゼミが鳴いていた。
秋には、稲刈り後のワラボッチで戯れあった。土手には、真っ赤なヒガンバナが咲いていた。
いかにいます 父母~
つつがなきや 友がき~
雨に風に つけても~
思いいずる ふるさと~
こころざしを 果たして~
いつの日にか 帰らん~
山は青き ふるさと~
水は清き ふるさと~
ご先祖様の胸に、熱いものがこみ上げてきた。ご先祖様には憶えがある。この歌は、ご先祖様の原風景そのものだ。ご先祖様は耐えていた。
先ほどまでは旧人への嫌悪、どうしようもない疎ましさに耐えていたのだが、今は違う。溢れるばかりに胸に広がる郷愁に耐えていた。それは、猛烈に胸をかきむしり、かき焦がしている。それは、痛みそのものだ。
「ふむ、もう一押しか。兎よ、『仰げば尊し』を持ってきてくれ。どこかの女学校の卒業式のがいいな」
「はい」
兎は、これも手早く用意した。
あおげば とうとし~
わが師の おん~
清楚でやわらかな合唱が、サクラの花吹雪とともに流れてきた。
別るる~
「うぅ~~~」
「あれ、卒業式にはサイレンを鳴らすのか?」
「さあ~、でも変なサイレンね」
「うん、ほんと何か調子っぱずれですね」
「くっくっくっくっ……」
「……故障かな?」
「ややっ!」
三人は気づいた。おかしなサイレンの主は、ご先祖様だった。




