27、資料⑫
「いや」
ご先祖様は、木師の心意が分かる気がした。ご先祖様自身も、日露戦争以後の歴史は同じ血の流れる日本人という意識もあって、ヨーロッパやドイツの歴史を見るのとは微妙なニュアンスの違いがある。どうしても、嫌悪と憤りを抜きにして見ることが出来ない。ムリして見続けるのは、精神衛生上非常に良くない気がする。
「ふむ、日本は敗戦後の処理も踏み誤った。東京裁判も、曖昧さを残した不徹底なものだった。何よりも、天皇の戦争責任が曖昧だった。何千万という人間が、天皇の名のもとに殺され、死んでいったのだ。天皇は死ぬべきだった」
「……」
ご先祖様は慄然とした。何となくハバカリ、暗黙のうちにそっと片隅にしまい置かれた思想を、木師はイキナリ目の前にさらけ出したのだ。
「それもせず、譲位さえせず、責任の所在が曖昧のまま戦後の復興をスタートしたことが、後の見苦しい政治家、官僚、経営者をつくったのだ。
奴らは、どんな不祥事、汚職、失政、背任、致命的ミスがあろうと責任を取らない。
秘書のせいにする。あらかじめ責任を曖昧にしておく。不可抗力と言い張る。あからさまな事実であっても、シラを切り通す。起訴すると脅す。裁判では、わざと審議を遅らせる。
この恥知らずな連中を蔓延らせたのは、ひとえに天皇がケジメをつけなかったからだ。もし天皇が自死していたら、そんな無責任は通用しない。周りが許さない。世間が許さない。世論が許さないだろう。
ヘツライ侍従が何を言おうと、マッカーサーの思惑がどうであろうと、天皇はあの時自死すべきだった。そして、皇室なんぞ無くすべきだった。そうすれば、よりましな民主主義になったかもしれん」
「そんな!、それは酷い。あんまりだ。木師はまるっきり無関係だから、そんな無神経なことが言えるんだ。人は悪い部分があっても、その部分だけ切って捨てることなんか出来ない。キリスト教徒に、キリスト教はいろんな悪さをしてるから『そんな宗教は捨てなさい』と言っても『はい、そうですね』と捨てるだろうか。
いや、捨てはしない。それは、長い時間をかけてつくられた人間の精神上の支えであるからだ。それを失くすことは、生きるヨスガを失くすことだ。人間には、大切にしている精神的な領域があるんだ。それを、いちがいに悪ときめ付け、踏みにじることは、人間の尊厳を踏みにじることだ。
どんなバカバカしい思想でも、それを聖域とするなら、むやみやたらと踏み込むべきじゃない。人間は、利害得失のみで動いているわけじゃない。獣ではないんだ。
どんなに貧しくツライ生活であっても、最後まで持ち続ける大切な思いがある。
家族を思い。先祖を敬い。故郷を大切に思う。その寄り集まったものの象徴が皇室なんだ。
軍閥の旗頭に利用されたからといって、根こそぎ排除しようというのは、あまりに乱暴な意見だ。そんなことをしたら、日本人はアイデンティティーさえ見失ってしまう。人間は、善も悪も入り混じっている生き物だ。木師のように、短絡的に割り切ることなど出来はしない」
ご先祖様は、意外な強い口調で反駁した。
「ふむ、ワシも少し言い過ぎたようだな。すまない」
あっけない程、簡単に木師は謝罪した。
「しかし、日本の戦後のケジメの付け方が拙かったとの思いは変わらんよ。ワシは天皇は自死すべきだったと思う。百歩ゆずっても、退位はすべきだったと思う。
皇室を残すか廃するかは、それとは別の問題とすべきだ」
「いや……」
ご先祖様は、ムズカシイ顔をしていた。
「木師の言うことは、正論なんだろう。しかし、それは一つの選択肢だ。必ずしも正解は、それだけだと限らないじゃないか」
「ふむ、あの状況で選択肢がいっぱいあったとは、とても思えんがな。ふむ、もう今日は休憩にしよう。ご先祖様も、あまりコンをつめて考えない方がいいな」
そう言って、木師は立ち上がった。
陛下「日本国、国民のためなら私はどうなっても良い」
マッカーサー「……」
マッカーサーは、戦後の不穏、抵抗を未然に防ぐために、陛下の気高い精神を利用したらしいのだ。
だけど、私は、政治家などの不祥事の度に、せめて陛下には退位くらいはして欲しかったと思うのだ。
昔だったら、切腹ものの見苦しい不心得者が多く目につく。




