26、資料⑪
もし、ヒトラーが戦争突入前に死んでいたら、ヒトラーは世界史に名を轟かす大政治家に間違いなくなっていた。ルーズベルトもチャーチルもスターリンもそれ以前のもそれ以後の政治家も、いくら望んでも出来なかった未曽有の経済政策の成功をヒトラーは成し遂げた。大恐慌のどん底から、すばやくドイツ経済を大々的に立ち直おされた。これ程の経済的、社会的成功をおさめた政治家は絶無といっていい。
アウトバーン、フォルクスワーゲンは、後々まで残ったヒトラーの遺産なんだ」
「いや、ヒトラーはすごい業績があったんだ」
ご先祖様は、ヒトラーを再認識した。
「ふむ、ヒトラーはその後蛇蝎のごとく嫌われ、悪魔の権化と酷評され、戦争の張本人とみなされた。が、それ以前のドイツの経済復興は、誰もマネの出来ない素晴らしいものだったんだ。
同じ頃のアメリカのルーズベルトのニューデール政策など、足下にも及ばぬものだった。
現にアメリカは、なかなか不況から抜け出せずにいた。
ヒトラーのその後の経過は、知っての通りだ。
ふむ、ヒトラーは悪魔といわれたが、言い得てミョウだ。悪魔とは、人智を超える能力を発揮し、人智を超えた残虐をなし得る。
ふむ、ドイツは悪魔のような狂気の天才を戴いて、壮大な狂気と冷徹な理性で以てヨーロッパを席巻したといえる」
「日本は?」
「日本、日本は話にならん。傑出した人物など誰一人として無く、救いがたい愚物に導かれた戦争だ」
木師は、珍しく嫌悪を覗かせた。
「そんな、何もそこまで言わなくとも……。例えば、山本五十六とか山下奉文とか、東条英機とか誰か居たんじゃないの」
「ふん、そんなもの問題にならん。要は内閣の指導力不足だったんだ。確固たる信念も無く、ただズルズルと陸軍の暴走に引きずられて、果ては彼らの走狗になって戦争に加担したのがその当時の内閣だ。
ふむ、どうしてそうなってしまったのか。ふむ、それはおそらく日本が日露戦争に勝ったと錯覚した時から始まったらしい。それから、日本はオカシくなった」
「いや、日露戦争は……じっさい勝ったんだろう」
ご先祖様は、歴史でそう教わって来た。何の疑念も持たず、そう思っていた。
「いや、違うな。あの戦争は、日本の『優位な条件での痛み分け』といったところだ。
なるほど、ロシアのバルチック艦隊を撃滅させた。しかし、どうなんだ。地球を半周して、ヘトヘトの士気が地に落ちた艦隊を一突きしただけじゃないか。
陸軍にしても、旅順こそ落としたものの、ロシア軍に勝ったといえるかな。
日露双方とも、広大な中国大陸で鬼ごっこをしていたんだ。ロシア軍との本格的な会戦は無く、散発的戦闘の後ロシア軍は奥へ奥へと移動していった。日本軍は、中国大陸で迷子になりかけていたんだ。補給路も伸びきっており、ニッチもサッチも行かない状態だった。
いったい、ロシアとは……ナポレオンの時もモスクワを焼き払って、奥へ奥へと引っ込んでしまった奴らだ。途轍もないことをする奴らなんだ。日本人の感覚の埒外なのだ。日本人が日本人を見捨て、首都を見捨て、東京を焼き払って北海道で軍隊を再編成するという芸当が出来るだろうか。
第二次世界大戦では、ヒトラーもナポレオンと同じ轍を踏んだ。
ふむ、ただ日本に幸いしたのは、ロシア皇帝ニコライが皇太子アレクセイのことで頭がいっぱいになっていて、政治にまったく無関心で、且つまったく顧みなかったことだ。怪僧ラスプーチンが跳梁跋扈していた時代で、ロシアの国そのものが機能不全の状態だった。
それに、アメリカが仲介の労を取ってくれたことで、日本に有利な条件でポーツマス条約講和が成った。
もし、ロシアがもっと強硬で講和を拒否したら、もしニコライに有能な側近が働ける場があったなら、日本はたちまちどうにもならない状態に陥っただろう。
日本は、消耗戦に耐えうる体力は無かった。日本は、稀有な僥倖を拾ったのだ。
しかし、それからが問題だった。
日本は舞い上がった。思いあがった。理性を失った。日本軍は、その後おそろしく偏狭な国粋思想を捏ね上げて行くんだ。それから先は、知っての通りだ。知りたければ、自分で調べてくれ。
ワシには、この先のことは平静には語れん」
参考文献
『失敗の本質』大東亜戦争時の作戦を識者が検証した書。
ノモンハン事件、ミッドウェー作戦、ガダルカナル作戦、インパール作戦、レイテ海戦、沖縄戦。
良書だと思います。お勧めです。
(思うに、8月15日、終戦記念日、前後に流れる特集。悲惨な戦争、戦争反対、原爆など。しかし、戦争反対と言えば平和になるのか?。否と思う。それより、なぜ、原因は、どうしてなどの検証をすべきと思うのだが。情を伝えるだけじゃなく、理を掘り下げるべきかと。)
参考映像
『日本の一番長い日』




