22、オコジョ②
カップの中の薄いレンガ色をいた液体からは、何とも形容しがたい良い香りがしている。
ご先祖様は、それを口に含んだ。
「……」
「どう」
オコジョが尋ねた。ご先祖様は、怪訝な顔をした。
「いや、何というか……。どうも、このお茶は不思議な味がする。この、何とも、上品な香りがいい。……いや、この味はどう表現したらいいか。良く分からない」
「はぁ」
「いや、でも春の庭を眺めながら、こういう芳しいお茶を飲むなんて……何て風流なんだろう。こういうシチュエーションなんて、願ってもそうそう叶うもんじゃない。
ねえ、そうは思わないかい」
ご先祖様は、オコジョをまじまじと見た。
「さあ、私には風流がどんなものかよく分からない」
オコジョはご先祖様に見つめられて、少し恥じらいながら答えた。
「ところで、オコジョは病気中なのかい?」
「病気中……⁉」
「いや、これは……ヘンな聞き方をしてしまった。どこか、具合の悪いところがあるのかい。いや、違う。いや、いや、……身体のお加減は。いや、身体の調子はいかがですか」
「おほほほ……」
オコジョが、とうとう笑いだした。ご先祖様はなぜか焦ってしまって狼狽し、しどろももどろになってしまった。
「いかにも、私は病気中です。でもね、人は誰でも一つや二つ持病を持っているでしょう。人は誰でも、多少の不具合を持っているんじゃない。私も、その一つを持っているだけよ」
「いや、いや……」
「そう気になさることないわ」
ご先祖さまは、オコジョに慰められて、嬉しいやら恥ずかしいやら情けないやらで気持ちの置き所に困った。
「それにしても、オコジョはキレイだね」
ご先祖様は、いままでの自分だったら絶対言えそうもない、歯の浮くようなセリフを、いとも簡単にポロっと口にして、自分でもハッとしてしまった。
「キレイって?」
意外にも、オコジョは嬉しがるでも恥ずかしがるでもなく、怪訝そうだ。
「キレイって、言われたこと無いのか?」
「さあ、無いようだけど」
「ここの奴らは~、何て不粋な奴らなんだ。美意識というものが、欠落してるんじゃないのか」
ご先祖さまは、美意識を解さない新人たちに義憤さえおぼえた。
「あの~キレイだと、何かいいことあるのかしら?」
オコジョは、じつに素朴な質問をした。
「……いや、それはいっぱいある。例えば、同じ手料理を作ってもブサイクな女の人より、美しい女の人が作った料理の方が旨いし。例えば、傷なんか負って手当してもらう時も、ブスより美人の方が嬉しい。例えば、学校で何か無くなった。その場にブスと美人だけが居たとする。まず、疑われるのはブスの方だろう。
何かを訴えるにしても、ブスだと反感を買うおそれもあるが、可愛らしい人が言うと素直に共感されそうだ」
「それって、理不尽じゃない」
オコジョは、旧人の理に合わぬ考え方が変だと思ったらしい。
「いや、それは理屈じゃないんだ。かならずしも、理不尽とはいえない。人はなぜ美人を愛するのかというと、そうだな~、それは遺伝子の企み、自然の摂理といえるかな……」
「……」
オコジョは、鳶色の瞳でご先祖様を見上げた。
「それはそれとして、私、以前に変だな~と思っていたことがあるのだけど」
「何だい」
「前に映像で見たんだけれど、旧人の女の人がよくミニスカートを穿くでしょう。あれって、何なの。あまりジロジロ見てはイケナイらしいけど、ミニスカートって足を見せるために穿くんじゃないの。それを見てはイケナイというのは、おかしいわ。
それなら、始めから穿かなきゃいいのに。ご先祖様、これってどうなっているの?」
「う~ん、オコジョは、また、難しい質問をする。だけどね、もしミニスカートを見る人がハンサムないい男だったら、熱い視線を注ぐになる。だけど、これがチビで、デブで、ハゲで、ギトギトと脂ぎったおっさんなら、イヤらしい視線になってしまうんだ
熱い視線かイヤらしい視線かの基準は、ミニスカートを穿く女が決める。女性は自分の基準を不明確にしておいた方が、魅力的に見えるらしい。男というのは、女のそのミステリアスな部分に魅かれてしまうんだ。これが全部アケスケに見えたら、魅力は半減する」
ご先祖様は、オコジョを見た。この小さな少女は、まさにミステリアスそのものだ。
「じつは俺も、女の人はよく分からないんだ。同じ二十世紀人でも、女性の心理はミステリアスそのものだ。大部分の男は、そうだと思う。男というのは、その女の未知の部分に惹かれる。だから、女はそういうアイマイなものを着るんだろう。
ミニスカートとか、胸の大きくエグれたドレスとか、背中の大きく割れたドレスとか、スリットの入ったスカートとか……まったく罪つくりな話しだ」
ご先祖様はオコジョを見た。オコジョは、そんなオカシナ服は着ていない。
皆と同じような上着と、同じようなスエットパンツを穿いている。そして、装飾品の類を何一つ身に付けていない。指輪とかネックレス、イアリングとかのチャラチャラ、キラキラした物が何も無い。
しかし、オコジョにはそんな物が無くとも、何か不思議な妖しげなミステリアスな雰囲気が漂っていた。まず、顔色が尋常じゃない。青白く、透き通るようで血管が透けて見えるようだ。
ご先祖様が思わず『病気中か』と聞いてしまったのも、ムリないことだった。
青白く、ややおデコが目立つ丸顔に、上品な目、鼻、口があった。赤みがかったやや長めの黒髪を、無造作に後ろに束ねている。頭蓋の形が素晴らしく良い。
まるで、芸術品を見るようだ。そんな中で、紅い唇だけが積極的に女性らしさを表しているようだ。
それと、ながいまつ毛の切れ長の目、鳶色の瞳がじつに妖しい。
全体として風にたゆたうような、あやうげな印象がある。こんな人が、漆黒の闇の中からポッと浮かび出たら、コワいだろうな……とご先祖様は思った。
ご先祖様は、カップの中身を飲み干した。
「いかがでした」
「うん、美味しかった。ごちそうさま」
「よろしかったら、またお持ちしますが」
「うん、ぜひ」
オコジョは、優雅にカップを片付け立ち去った。挙措にソツのない、完成度の高い舞踊を観た感じがした。
ご先祖様は、後ろ髪を引かれる思いでオコジョを見送っていた。




