19、資料⑥
「あの~ご先祖様」
思いがけなく、後ろに兎がいた。
「お昼です」
「いや、もう、こんな時間に……」
ご先祖様は、後ろ髪を引かれる思いで図書室を後にした。
ご先祖様は、気もそぞろらしい。ご飯つぶをボロボロこぼし、お茶をグッと飲んでは「あっちっち!」とこぼしてしまう。
兎を呆れさせた。
ご先祖様が、そそくさと昼食を終わして図書室に戻ると、いつの間にか木師がいてお茶を飲んでいた。
「ふむ、ご先祖様も飲むかね」
「いや、はい、いただきます」
「お~い、ご先祖様にもお茶~」
「は~い」
おくの方で、微かな応答があった。
やがて、おくの方からスルスルと盆を手にした女の人があらわれた。
挙措動作がなめらかで、一分のムダもない。まるで『能』か『狂言』を観ているような……。
そして、その肌の色が異様に白かった。
「どうぞ」
「あっ、はい」
ご先祖様は、妙にドギマギしてしまった。
よく見ると、少女らしい。しかし、ここの新人たちの見かけと実年齢は、紛らわしくてよく分からない。
少女は、穏やかに微笑んでしずしずと去って行ってしまった。
「あの人は」
「あっ、あの子は、ここの係りの者でオコジョというんだ。ふむ」
「はあ、オコジョね」
「ふむ、ところで映像資料は見たかんね。ん」
「はい、ヒトラーのところまで」
「ふむ、……で、感想は」
「いや、それが、あの~正直いって、俺にはヒトラーがとても魅力的に見える。
強く魅かれるのを、感じた。ヒトラーとは、後世いわれるような極悪人だったのだろうか」
ご先祖様はヒトラーを英雄視することへの、ある種の後ろめたさがあるようだった。
「ふむ、ご先祖様は天の邪鬼なのさ。ヒトラーは、悪の権化ともいうべき人物なんだ。全人類の、憎しみの対象なんだよ。それに憧れるとは、やっぱりご先祖様はヘソ曲がりなんだろう。
ふむ、ご先祖さまはそんな人だからこそ、二十世紀からワープしてここの時代に蘇生したのかもしれないな。
ふむ、ヒトラーが悪人か善人かは、ヒトラーに勝った者が決めることなんだ。それは『勝者の正義』といわれるもので、歴史の論理はだいたいそういうもので出来ている。ふむ、例えばヒトラーの悪人である根拠は、何だろうか?」
「それは、何といってもホロコーストだろう。アウシュビッツ……ユダヤ人絶滅計画を実行したこと。そして計画どうりなら。スラブ民族もこの世から根絶しようとしていたこと。
これは、誰が考えるまでもなく悪事だろう」
言うまでもない、とご先祖様は考えた。




