10、木師の棚場①
ここに目覚めて三日後の朝食後、ご先祖さまはいつにない便意を覚えた。
ここの部屋のスミにあるトイレは、新人用のらしく狭苦しく便器も小さかった。
ともかく出た。気持ちよく出た。快便だった。しかし、水で流そうとした時、予期せぬ事か起こってしまった。
「流れない!」詰まってしまったらしい。
「あわっ!」と、ご先祖さまは焦った。
その間にも、水はどんどん溜まる。とうとう、溢れだした。
ご先祖さまは慌てた。
ちょうど、そこに兎がやって来た。『やれ、良かった』『いや、まずい』ご先祖さまは、どう取り繕うか迷った。そのご先祖さまの不審な挙動を、兎は見逃さなかった。
「どうしたの?」
「いや、何でもない」
「ややっ、あら、まあ」
見つかった。マズイ。
案の定、兎は「キャ~」とか叫んで何処かへ行ってしまった。
『今のうちだ』棒かなんかでクソを突つけば何とかなる。ご先祖さまは、ウロウロと棒状の物はないかと探した。
「そうだ、収納庫だ」ご先祖さまは、収納庫を開け放った。
「掃除機……じゃない。チリトリ、違う。タオル、洗剤、懐中電灯、えーい、何だって」
ご先祖さまの探し物が見つからないうちに、部屋には入れ替わり立ち代わり新人たちが見に来て、大変な騒ぎになっている。手遅れだった。
ご先祖さまは、諦めそっぽを向いた。出来れば、クソなど話題にして欲しくない。
しかし、新人たちは「すごい」「太い」「大きい」などと、ワイワイといつまでも騒ぎたてている。
長い時間では無かったかもしれないが、ご先祖さまにはヤケに長く感じられた。
そのうち、しきりに「カワウソ」という言葉が出てきた。『カワウソ』とは何だろう。
しかし、いずれにしても何かウサン臭い感じがする。
いつの間にか、そのカワウソがご先祖さまの目の前にいた。
「カワウソです」
カワウソは、上目づかいにご先祖さまを見た。何か軽薄そうで、おチョウシ者らしく思われる。妙に馴れ馴れしい。上下水道の担当者らしい。
大丈夫だろうか。まさか、『ご先祖さまは、大グソたれ』なんて言わないだろうな……。カワウソを見てると、ご先祖さまはそんなことまで心配になった。
ともかく、騒ぎは収まった。カワウソは、近々便器を大きくすると言って帰った。
しばらくして、やけにガラッパチなオッサンがやって来た。
「やあ、ワテ、マーいいますぅ」
「魔、間、それとも麻?」
「ちゃいますねん、マやなくてマーですねん。漢字の馬の字を当て、馬といいますねん」
「はあ、馬さんね」
「ご先祖さまは、大グソたれだそうですな」
「ば、ばはぁっ!だっ、誰がそんなことを!」
ご先祖さまはアワをくった。さっきの今じゃないか。もう、そんな事を。それをこのオッサンは、当人に面と向かってシャーシャーと。
「そないなこと、たいした評判でっせ。ミゴトな大グソがトグロを巻いておったと」
「もーいい。それより馬さんは、何しに来たんだ」
「そ~、それでっしゃがな。ワテ、大工ですねん」
馬さんは、腰の脇にぶら下げていたズタ袋状の物を、前にずらして開けてみせてくれた。
中には、カナヅチ、カッター、巻き尺、鉛筆、ペンチなど、ゴタゴタといっぱい入っていた。なりほど、大工らしい。
「木師のさしがねですねん。ここは全部新人サイズに出来ているから、ご先祖さまは何かと不便なこともあるだろうと。と、いうことで、『ご先祖さまの希望どうりに、してやってくれないか』と言われたんや」
「いや、それはそれは、ありがたいこって……」
ご先祖さまは、馬さんと話しをしてると、自分の日本語がいいかげんなものになりそうな気がしてきた。馬さんは、何か怪しげな関西弁風な話し方をする。
「取りあえず、トイレが窮屈なんで、もう少し大きくして欲しい。それと、テーブルとイスをもうちょっと大きく、ガッシリとしてくれるとありがたいんだが」
「へい、分かりやした」
馬さんは、トイレを、テーブルを、イスを、そしてご先祖さま自身を計測し、帰った。




