第9話 『声勇者』は人類の希望
「すごいよヒデオ君!」
部屋に戻ったところでボイスルームが解除され、元の世界に戻ってきた俺を、労いの抱擁が出迎えた。
「ちょっ……! 当たってるから!」
ミャルはすでに鎧を脱ぎ捨てているので、たわわな胸が白いワンピースの薄地を挟んで押し当てられる。とんでもない自己主張だ。これのマシュマロのような柔らかい感触が今回のギャラですか? ぜひ次もやらせてください!
「なんだか本当に魔王になっちゃった気分だね。いや、魔王なんだけどさ」
眼下で輝く屈託のない笑顔。同時につぶれたお胸も目に入る。純粋と不純の清濁両存。悪くない。
腹部に伝わる感触をもっと楽しもうと思ったけど、ミャルの表情の変化がそれを許さなかった。
「……実はね、本当は怖かったんだ」
表情に影が差す。能天気な少女の本音が零れ落ちた。
「私なんかじゃあパパの代わりは務まらないと思ってた。経験もないし勇気もないし、なによりこんな見た目にこんな声だから」
「ミャル……」
「でもヒデオ君の声が勇気をくれた」
再び咲いた笑顔。
「俺の声が?」
「うん」
「魔王みたいなこの声が? 敵役しか相応しくないこの声が?」
「そりゃあ魔王なんだから魔王っぽい声の方が嬉しいよ。踏み出せなかった背中を押してくれた。本当にありがとうね」
「そう……か」
まさかそんなことを言われる日が来るとは夢にも思わなかった。
俺の声は嫌われる敵役の声。そう思っていた。だから声優の道を自ら閉ざしたんだ。
でも、こんな声でも輝ける場所があるのなら、もう一度頑張ってみようかな。
止まっていた夢への旅路が再び動き出した気がした。
「……いつまで密着しているのです?」
「ひぃ!」
耳元で氷冷な声で囁かれて、体の芯から震えあがる。
「まさか下等生物風情が純潔なるミャル様に下心を抱いているわけではありませんよね?」
「めめめ滅相もございません!」
「ならよろしい。お飲み物をお持ちしましたよ。さっさと席についてはいかがです?」
「はい!」
大慌てでテーブルにつく。
対面に座った不機嫌メイドは、なおも俺を睨みつけている。このままでは不敬罪で処刑されてしまいそうなので、さっさと話題を変えよう。
「それにしてもボイスルーム? ってやつ、ピンポイントな魔法だよな」
ボイスルーム。声帯に空間を作り出し、閉じ込めた人間に声を出してもらう魔法。
「まるで魔王の声を欲しがっていたミャルの為の魔法じゃないか。もしかしてお前が開発なのか?」
「いや。これは人間界の魔法だよ。リザが人間界に潜入したときに見つけたんだ」
「人間が? なんで人間に声あて魔法が必要なんだよ」
「コネクト値を高めるためだよ」
「コネクト値?」
「知らないの?」
「彼の世界では存在しない概念です」
面倒臭い、という顔で説明を始めるリザさん。
「コネクト値とは、簡単に言ってしまえば肉体と精神における理想と現実の乖離です」
「なるほどわからん」
「どんなに優れた身体能力を持っていても、メンタルがどん底だったら百パーセントのパフォーマンスを出すことができないことくらい、その小さな脳みそでも理解できますか?」
「それはわかる」
気持ちが落ち込むと体が重くなるし、逆に気分がいいと動きが軽快になる。スポーツ選手だってメンタルで成績がブレるって言うしな。
「そして人間は常に理想の自分を思い描くものです。かっこいい自分、可愛い自分、屈強な自分。理想の自分になり切れているときほどメンタルは向上し、よりよいパフォーマンスを出せるのです。逆に言うと、理想とは程遠い自分だと、持っている能力をフルに発揮することが困難になってしまいます。あなただって顔の造形が良ければ毎日をもっと頑張れると思いませんか?」
「それはどういう意味かな?」
「そのままの意味です」
嫌だよぉ。このメイド、言葉のナイフでズサズサ刺してくるよぉ。
でも言わんとすることは理解できる。ぽっちゃり体型よりも筋肉質な体型の方が自信が涌くように、理想はメンタルと直結している。
「理想の自分といっても様々な方向性を含んでいます。容姿、性格、立場、戦闘能力。そういった要素の中で、特に肝心なのが声です」
「声?」
「声は重要です。容姿は鏡を見ないと確認できませんが、声は自分で発しながら自分の耳で聞くことが出来ます。常にリアルタイムで自己評価ができてしまうのです。その声が理想と程遠いものだったら気落ちすると思いませんか?」
「すごくわかる!」
額をテーブルに打ち付ける勢いで首を縦に振る。
自分の声が魔王じゃなかったら。
少年アニメの主人公のようなカッコいい声だったら。
決して訪れることのない世界線を妄想しては、自分の口から発せられる残酷な現実が強制的に鼓膜を震わせ、メンタルブレイクしてくるのだ。
自分の声が嫌いな人ならリザさんの言っていることが理解できるはず。
「声のギャップに苦しむとコネクト値が大きく下がります。本来持っているはずの戦闘能力を出し切れなくなる。人間界は戦闘能力がピークを迎える思春期の人間を勇者として育成しているのですが、彼らにとって声は特に大きな課題だったのでしょう」
たしかに思春期って声変りの時期だから、自分の声が気になる年頃だよな。思春期特有の悩みが勇者のステータスにデバフをかけるのなら、どんな手を使ってでも解除したくなるのもうなずける。
「そこで人間は声を変えることにしました。それがボイスルームというわけです」
少年少女に理想の声を与えてあげる。これだけ聞くと微笑ましい。
「しかしまだ問題は解決しません。別人になり切ってスムーズに声をあてるという行為が極めて難しい」
そりゃあそうだ。日本だって歴史が積み重なって今の声優業界がある。一朝一夕で演技できるほど簡単じゃない。
「そこで人間は召還魔法に頼りました。同じ言語を使う類似世界を見つけ、さらに『声優』と呼ばれる人間を連れてくることにしたのです」
「俺を連れて来たみたいにか」
「その声優を勇者のパートナーとして組ませ、声をあてさせた。こうしてコネクト値を高めた勇者は本来の実力を発揮するに至ったというわけです」
「勇者を支える声優さん。『声勇者』。略して『声勇』って呼ぶんだ」
声勇者。
まさか声優が勇者になる世界があるとは。異世界は広い。
「その話をリザから聞いたとき、ピンときたの! これは使えるって!」
「ミャル様はお父様譲りの戦闘力があります。ですが、クールな魔王をイメージするミャル様にとって、ご自身の外見や声ではコネクト値が低くなってしまう。本来の力の半分も出すことができませんでした」
「でももう大丈夫だね。ヒデオ君がいい声でいい演技をしてくれるから、私は理想の魔王になれる。百パーセントの力を出せる」
なるほどな。これですべて合点がいった。ミャルが魔王の声を所望したのも、派手なデザインの鎧を用意したのも、すべては理想の魔王になってコネクト値を高めるため。
この世界はメンタルが重要。理想の自分に近づくことが強くなる秘訣なんだ。
そして声優はその道具の一つってわけ。俺がこの世界に呼ばれたのもそれが理由。
だいたい理解した。
ただし一点、気になったところがある。
なんで俺なんだ? 俺、声優じゃないんだけど。
魔王の声を持っているのは俺だけじゃない。プロの声優にも魔王の声を出せる人はいる。たしかに俺の方がナチュラルな声を出せるかもしれないけど、演技力を加味すれば、専門学校中退の俺よりもプロに頼んだ方がよかったんじゃないのか?
まあ結果として上手くいってるみたいだし、気にしなくていいか。




