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第8話 魂のセリフ読み

 ミャルの声帯、もといボイスルームに入った俺。

 声優の収録部屋さながらのこの場所が、声勇者の仕事場だ。


 正面のモニターの映像がゆさゆさと揺れる。ヘッドフォンから鎧の接合部がぶつかり合う音がする。ミャルが大きな歩幅で歩きだしたんだ。

 舞台の照明の下に入る。広間からうめき声のような歓声が上がる。空気の揺れすらも感じてしまうほどのリアルな感覚に心臓が高鳴る。

 落ち着け俺。ちょっと形態は違うけど、ここは諦めたはずの声優(ゆめ)のステージ。この日のためにトレーニングを積んできたんだ。

 ミャルが舞台の真ん中で止まり、広間と向かい合う。

 静まりかえる魔物たち。異形の怪物の視線を一身に浴びる。


 うわぁ。こえー。


 しかしビビっている場合ではない。もう本番は始まっている。すぐに台本が書かれるはずだ。集中しろ肥丸英雄!

 声優学校時代のアフレコトレーニングと同じ姿勢。右手に持った台本を少し高く上げて、モニターと台本の両方が視界に入るようにしてから、ミャルのセリフを待つ。

 まずは名乗るところからだよな。さあミャル。どうする?

 すぐに文字が浮かび上がってきた。


『あわわわわ! やっぱり緊張するー!』


 みゃるーーーーーーーー!


『そそそそうだ! 自己紹介! 私はミャル・ベルフェーレン! パパの娘! 好きな食べ物はクラーケンの煮物! おやすみなさい!』


 ダメだ! 完全にパニックに陥っている。支離滅裂。

 くそ! こうなったらアドリブでなんとかするしかない!

 俺は静かに息を吸って、魔王らしく落ち着いた声を出す。


「我が名はミャル・ベルフェーレン。先代魔王の子である。みなとは初対面だが、これからよろしく頼む」


 はぁはぁ……これでどうだ? モニターに映る魔物たちの表情を伺う。


「鎧の魔物でゲスか。強そうでゲス……」「厳格なオーラの持ち主だ」「外見も声も、まさに魔王って感じがするわね」「タノモシイゾ」


 よかった。反応は良好だ。


『ごめんごめん! 緊張して頭こんがらがってた』

「しっかりしてくれ! 何度もフォローできるわけじゃないから!」


 マイクから口を話して小声で伝える。

 気を取り直して台本に文字。


『まず魔王に就任することを表明するね。えーっと、なんて言おうかな。よし。「今日から私が魔王になっちゃうよ!」これでどう?』


 ……うーん。

 どうしても台本というよりも思考の垂れ流しになってしまうな。語調もロリっぽいし、魔王のイメージとは程遠いセリフだ。

 でもしょうがないのかな。ミャルはとっさにセリフを考えている。魔王らしいセリフに変換する方が難しい。

 つまりセリフの魔王化も俺の仕事ってわけだ。しかも魔王らしい演技を加えて。

 難しい仕事。

 だからこそやりがいがあるというもの。

 いいぜ。やってやるよ。

 一発目がうまくいったことで吹っ切れた気がした。あるいは親父から受け継いだ声優の血が、ここにきて騒いでいるのかもしれない。

 にやりと笑って、マイクに向かって大仰な声を出す。


「さっそくだが宣言しよう! 我、ミャル・ベルフェーレンは魔王に就任する!」


 途中で勇猛な声色に気づいたミャルが両手を広げ、胸を張る仕草。

 いいぞ。イメージ通りだ。魔王にふさわしいカリスマ性をアピールできた。これが共同でキャラクターを生み出すということか。

 広間から「おお」と感嘆の声が上がる。


「いきなりか!」「まじか。覚悟決まってるな」「頼もしいぜ! 新魔王様!」


 ミャルも流れに乗る。台本が軽快になる。


『パパが頑張って目指した平和な魔界づくり。人間さんとの和平交渉。戦争がない大陸。私もそれを継続したいんだよね』

「父、先代魔王が目指した平穏な魔界。人間との共存。大陸の平和的統一。高尚な理想を、我も受け継ごうと考えている」


『パパのやり方に不満を持つ人たちがいるのも知ってる。でもね。やっぱり弱肉強食の世界はおかしいよ。パパが魔王になるまでは争いが絶えない世界だったって聞いた。パパのおかげで幸せに暮らす魔物たちが増えているって聞いた。だからこの方針は絶対に曲げたくない』

「父の政策に異を唱える者もいよう。だが、武力こそ正義の世界に未来はない。思い出すのだ。二代前までの魔界は荒れ果てていた。またあの時代に逆戻りしたいのか? 否。秩序こそが平穏だ。幸福だ。だから我は父の信念を継承する」


『魔王軍は人間さんと戦争をしない。今は過去の戦争のせいでお互いに憎しみ合っているけど、それも終わらせたい。いつかお互いに交流できるようにしたい。そんな世界を目指して頑張ります』

「我が軍は人間と争わない。過去の遺恨にいつまでも囚われていては前に進めない。憎しみの怨嗟に終止符を打ち、そして人魔共生を目指すのだ! お前たち! どうか我の背中についてきてほしい!」


 序盤は静かな口調で、終盤になるにつれて語気を強め、そして最後のメッセージにピークを持っていく。

 声優を志したときからずっと練習してきた、キャラクターを憑依させる技術。それがいま、遺憾なく発揮された。


 無心でやり切った魔王の演技。

 結果は、



『うおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!』



 耳をつんざくほどの歓声。無数の信頼の眼差し。その場になくても熱気が伝わる。

 リーダーとして、魔王として認められた。

 やった……完璧な演技だ……。


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