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第7話 ボイスルーム

 喧騒がぱたりと消えたことが別の空間に移転したことを直感させた。

 薄暗い舞台袖が一転、白色光が飛び込んできて目を細める。数秒かけて明順応させると、異空間の正体が見えてきた。

 そこは俺がよく知る場所だった。


「……これって」


 四方を白い壁で囲われた五畳ほどの狭い部屋。異世界とは思えない現代チックな内装。壁際に椅子が一つあり、反対側の壁には一面のモニター。そして部屋の中心にポップガード付きのマイクがポツンと立っている。

 声優学校にもあったし、何度も入ったことがあるからわかる。


「アフレコスタジオ……だよな」


 アニメや映画の声をあてる声優のホームグラウンド。

 ただし俺の記憶よりもちょっと狭い。アフレコってふつう数人が集まって録音することを想定しているから、部屋も広いし壁際に並ぶ椅子も横長だし、マイクも三本くらいあるんだけどな。ここは一人用って感じがする。

 異世界に来たはずなのに急に現実に引き戻された気分。これは夢だろうか? 半ば放心状態で部屋を見渡していると、パイプ椅子の上にノートが置かれていることに気づいた。表紙には『台本』と書かれている。


「台本あったのか」


 しかし手に取って開いてみると中身は白紙。


「なんだよ。何も書いてないじゃないか」

『これから書かれるよ』

「うわ!」


 白紙にいきなり丸みを帯びたフォントの文字が書き出された。

 ノートはさらに独りでに文字を紡ぎだす。


『あはは。驚いた? その台本は私の思考や喋りたいことを全部書き出すんだよ』

「まさかお前、ミャルか?」

『当ったりー(笑)』


 ご丁寧に感情まで表現してくれる。


「ここはどこなんだ?」

『ボイスルーム。私の声帯に作り出した空間だよ』

「声帯……?」

『時間もないから早足で説明するね。モニターを見て』


 言われた通り顔を上げると、マイクの正面の壁に設置された大型モニターに、つい先ほどまで俺がいた薄暗い舞台袖の映像が映っていた。舞台に立ち、広間の兵士に向かって説明を続けているリザさんの姿を横からとらえている。


『モニターには私の視点が流れるの』


 どうりで視線が高いわけだ。これが身長二メートルの景色。


『次。マイクの足元にヘッドホンがあるでしょ? 着けてみて』


 指示通り装着。

 するとリザさんの演説する声や広間の魔物たちのざわめきが聞こえてきた。


『どう? 聞こえる?』

「ああ。まるでその場にいるみたいにはっきり聞こえる」


 どんな高性能ヘッドホンよりも臨場感がある。方向もばっちり分かるし、小さな音も拾い上げる。


『ふっふっふ。これでヒデオ君はもう私と一心同体だね』


 たしかに。今の俺はミャルの目と耳を共有している。会話だってできる。これほど一心同体という言葉が当てはまる環境はない。


『最後にマイク。ヒデオ君が声を出すと、その音がそのまま私の口から出ていくの。まさに私の声帯代わりってこと』


 なるほどな。だいたい理解した。


「台本に書かれるミャルの思考を読み上げろと言うわけか」

『そういうこと!』


 大きな文字が肯定を表す。

 モニターやヘッドホンが場面(シーン)を伝え、思考が台本(セリフ)を紡ぎ出す。

 これはアフターレコーディングならぬナウレコーティング。略してナウレコ。

 簡単に説明すると、ミャルの喋りたい内容が台本に書かれるから、俺はモニターやヘッドホンで周囲の状況をチェックしながら、さもミャル本人が声を出しているかのように自然なタイミングで台本を読み上げるんだ。

 何度も撮り直せるアフレコと違って一発勝負というのが難しいけど、これなら誰にも気づかれることなくミャルの声優、いや声勇ができる。


『どう? 面白いでしょ? 私は魔王っぽくふるまって、ヒデオ君は魔王っぽい声を出す。二人で一人の魔王を作り上げる。共同作業だよ』

「ミャル様。登壇してください」


 冷たい声が両耳に入ってきた。顔を上げると、いつの間にかこちらを見上げるリザさんの顔がモニターにあった。前説を終え、舞台袖まで戻ってきたらしい。台本に夢中になって気づかなかった。


『ちょうどいいや。リザ相手に練習しよう。これから私が喋ろうとする内容を書くから、代わりに声を出してね』


 続けて、


『うん。りょーかい。ありがとね』


 リザさんへの返事が書かれる。もちろんヘッドホンからふにゃふにゃボイスは聞こえない。ミャルの声帯は俺に委ねられている。この魔法を使っている間、彼女は声を出せないんだ。


(だから俺が声をあてる。厳つい鎧の魔王にふさわしい声を)


 短い文章にもう一度目を通す。


『うん。りょーかい。ありがとう』か。この文章をそのまま読み上げたらだめだな。ミャルの軽いセリフはロリ声だから許される。魔王ボイスで『りょーかい』は違う。

 だから俺はマイクに口を近づけて、低い声を意識して喉を開く。


「承知した。ご苦労、リザ」

「え?」


 いつものふにゃふにゃボイスじゃないことに目を見開くリザさん。


「その声……もう英雄様を取り込まれたのですか?」


 モニターが縦に揺れる。ミャルが頷いたんだ。

 リザさんがジト目を向ける。ミャルではなく、モニター越しにいる俺に向けられた視線。


「いいですか? 失敗したら二度と息を吸えないように喉に穴をあけて差し上げます。必ずミャル様に中の人がいることを悟られないように」


「しょしょしょ承知した」


 命を懸けた声優業。プレッシャーだなあ。冷や汗を流しながら文字で埋め尽くされたページをめくる。


『それじゃあ行こう。私も出来る限り改変しなくていいようなセリフを考えるよう頑張るから。一緒に「大魔王ミャル」を作り出そうね』

「ああ」


 いよいよ本番だ。


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