第6話 魔王就任演説。どうやって声を当てる?
羽をはやした悪魔、半液状のスライム、体長十メートルはありそうなドラゴン、一つ目のもじゃもじゃした球体エトセトラ。
大型アリーナのような広い空間に、異形の魔物がところせましとうごめいていた。ローグライクゲームでいうところのモンスターハウス状態だ。
ミャルやリザさんといった人型の魔物としか出会っていなかったから、異世界に来た実感をイマイチ持てていなかったけど、この景色を見れば、「ああ、これは魔界だわ」現実を認識できた。俺が部屋の中心に飛び込んだら、十秒で骨も残らないほど貪り尽されるだろう。
「急な召集に応えて頂き感謝します」
そんなおぞましい空間で、モンスターたちの視線の先、一段高い壇上で、リザさんが眉一つ動かすことなく頭を下げている。彼女も魔物なのだからビビらないのは当然なのだけど、つい感心してしまった。
リザさんは落ち着いた声で説明を始める。
「数日前、先代魔王が逝去されました。それに伴い魔王の座は現在空席となっています。ご存じでしょうが、王位継承権はまず魔王様の子供にあります。継承するか放棄するか。その意思表明をしたいとミャル様からご要望を賜りましたので、こうして集まって頂きました」
ざわめきが起こる。
「ついにミャル様が我々の前に姿を現すでゲスか」
「どんなお方なのだろうか?」
「魔王ノ座ヲ継グ?」
「無理じゃろう。以前から四天王最強のデストルケンが魔王になると喧伝しておった。ミャル様がここで魔王を継げば奴の目の敵にされてしまう」
「そうね。いくら魔王様の子供でもデストルケンには勝てないわ」
「しかも先代魔王の穏健政治に不満を抱いた武闘派を取り込んでいるしな。クーデター必至だぜ」
「つーかよ! 今まで雲隠れしていた魔王の子供と、魔界に貢献し続けたデストルケン様。どちらが魔王に相応しいかは一目瞭然だろうが!」
穏健派と武闘派。どうやら魔王軍も一枚岩ではないらしい。
でも、今の俺はそんなことに気を取られている場合じゃない。
舞台袖からこっそり顔を出して広間の様子をうかがっていた俺は、同じく舞台袖に控える漆黒の鎧に必死の形相で訴える。
「なあ。帰ろうぜ。やっぱり無理だって」
ミャルはこれから魔王就任の意思を表明し、そのまま就任演説に移行する。所信表明、軍の方針、魔界運営の方針。高尚な演説で部下の信頼を掴むんだ。もちろんゆるふわボイスはNGだから、喋るのは俺の仕事になる。
「魔王軍のみんなとは初対面だからね。最初の印象が肝心だよ。ばっちりキメちゃおう」
最上階にある魔王の間から階段を使って一階の広間に向かう途中でそう息巻いていたから、てっきり台本でも渡されるのかと思った。
しかし直前になって「なあ台本は?」と尋ねると「ないよ」と返され唖然とした。
マジでどうするんだよ……ノープラン甚だしいぜ。
声勇者の俺は彼女の代わりに演説をしなければならない。それなのに台本がないと言うではないか。アドリブで何とかしろってことか? 魔界の常識すら知らない俺にそんなことできるわけない。
もっと言うと、声勇者の存在を悟られたらダメだと言っていたけど、それってつまり俺は聴衆から見えない場所から声を出さないといけないんだよな。ミャルだけステージに立って、俺は舞台袖から声を出す? いや、音の発生源が違い過ぎて第一声でバレるだろう。じゃあ大きな鎧の真後ろに隠れるように立つか? バレたら殺されるかもしれないんだぞ? さすがにリスキー。
問題が山積みだ……。
はぁ……ミャルはいいよな。腕組みをして突っ立っているだけでいいんだから。
泥を飲んだような顔色でため息をつく俺を見て、ミャルがあっけらかんとした声で言う。
「そんなに緊張しなくても大丈夫。みんなの前に立つのは私。ヒデオ君は私が喋りたいことを代わりに喋るだけだから」
「だからそれが無理なんだって!」
緊張が苛立ちとなって現れる。
「台本は? マイクは? なにもないじゃないか! そもそも声優はリアルタイムで声を当てることなんてしない。アフレコっつてな、収録部屋でアニメーションを流しながら録音するんだよ。しかもリハーサルやら撮り直しやら、入念な作業があって成り立つんだ。一発本番のアドリブでどうにかなるもんじゃないんだよ」
不満をぶちまける。
こんなこと言っても意味ないのにな。魔界の住人に声優の仕事なんてわかるわけない。
「部屋ならあるよ」
「え?」
「転送秘術展開。ボイスルーム!」
ミャルが虚空に掌をかざすと、空間が楕円形にグニャングニャンと歪み、油面のような虹色をしたワープゲートが出現した。いかにも異空間への入り口って感じがする。
「さあ入って」
「ちょっ!」
ドンと強い力で背中を押され、俺はなすすべなく異空間へと吸い込まれた。




