プロローグ
後日。
大魔王ミャルは最強の勇者リックとともに人間界の王のもとを訪れていた。
城門前で兵士たちに取り囲まれたが「下がれ。大丈夫だ。魔王は僕たちを喰ってかかろうとはしない」リックの言葉で引き下がった。リックは国王並みの発言力を持っているらしい。ずかずかと王室に入る。
「なぜ魔王がここに……」
立派な白ひげを蓄えた王は鎧の魔物の姿を見て驚いていた。そりゃあ魔界殲滅を命じて送り出した勇者が魔王を引き連れて帰還したんだから無理もない。
『王様さん。安心して。お話をしに来ただけなの』
「王よ、安心してほしい。我は交渉を持ち掛けたいだけ」
「交渉じゃと?」
「恒久的な和平に向けた条約の締結だ」
「魔王が和平? どういうことじゃ?」
王は疑う目つきでこちらを睨みつけたあと、隣の青年に目を向ける。
「勇者リックはどう思う?」
「僕は賛成です。剣を交えて理解しました。鎧の魔王はこれまでの魔王とは違う。話し合う余地がある」
「むむう……勇者がそう言うなら……」
どの道リックなしでは魔王に勝てないわけで。彼の進言に従うしかないのだ。
「わかった。受け入れよう」
こうして魔物と人間の長きにわたる戦争に終止符が打たれた。
ちなみにリックの言葉はすべて親父の意思なんだけど、それは内緒の話。
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人間界と和解しただけでは終わらない。
むしろここからが始まりなんだ。
「デストルケンがいなくなっても武闘派が消えたわけじゃないから。魔界の治安を守っていかないとね」
次を見据えるミャルの顔つきは魔王の風格を漂わせていた……いやごめん、ぜんぜん無いわ。ラブコメの癒し担当が最適のゆるふわオーラしかない。
俺たちはこれから部下たちに人間との戦争が終結したことを報告する。今はリザさんが慌ただしく動き回って、兵士たちを一階のホールに集めてくれているところ。
リザさんの報告が来るまでの隙間時間。
暇を持て余したミャルが「そうだ! いいところに連れて行ってあげる」と手を引いて案内した先が、魔王城の屋上。
中央に尖塔が貫く正方形の形をした小さな展望デッキは魔界随一の絶景スポットだとミャルは力説した。
俺は腰ほどしかない柵に手を乗せ(魔界の安全基準はガバガバ)三百六十度見渡す。
稲光が走る黒い雲、淀んだ空気、どこまでも続く荒れ地。
うーん。ポストアポカリプスというか暗黒郷というか。
中二病患者なら大絶賛の禍々しいパノラマだけど、俺はそこまで感動しない。
後ろ手を組んだミャルが隣に立って俺の顔を見る。背丈の関係上、ミャルは必ず覗き込むように顎を上げなければならない。
「いい景色でしょ?」
「……他人の故郷を悪く言うのは気が引けるけど、ちょっと暗いというかネガティブな感情にさせられる」
「えー!」
両手をピーンと下に伸ばして驚くミャル。可愛いかよ。
「じゃあじゃあ! ヒデオ君はどんな景色が好きなのさ」
「自然よりも人工的な灯りが好きだな。ビルの屋上から見下ろす都会の夜景とか。俺の地元って都会だから」
荒れ地に目を向けながら東京の夜景を懐かしんでいると、
「むむむ……」
なぜかムッと頬を膨らませるミャル。
そして顔を外に向けながら柵沿いを走りはじめて、
「あった! 見て!」
遠くを指さす。
動物園ではしゃぐ子供に振り回される親の気分でミャルの傍に行き、遠方に目を向ける。
「街の灯り!」
「え? どこ?」
「あそこ!」
ミャルが必死で指さす方向に目を凝らすと、茶色い地平線にポツリと灯りが見えた。
「あー、たしかに」
「覚えてる? 私たちが最初に巡回業務に出た町だよ。キレイだねえ」
きれいか? 人口二桁の村の夜景レベルなんだけど。空を見上げた方が明るいやつ。
「どうどう? 魔界も英雄君の地元に負けないくらい夜景のキレイな場所でしょ?」
「アハハ。面白い冗談だな」
小馬鹿にされたミャルはこれでもかと頬を膨らませる。
「じゃあじゃあ! この荒れ地を一面綺麗な街にする!」
「何をそんなに張り合ってるんだよ」
「だからそれまで私に協力して! 魔界に残って!」
「え? なんで俺が元の世界に帰るみたいな感じなの?」
するとミャルは泣きそうな声で、
「……だってさっきのヒデオ君。故郷が恋しそうな顔をしてたから、元の世界に戻りたいのかなって思って」
あー。そんな風に捉えられたのか。
だから魔界に引き留めようと必死に魔界をアピールしていたんだな。
ピュアな魔王様らしい勘違い。
俺がそんなことするわけないのに。
「バカなこと言ってんじゃねえよ」
それを言葉にする。
「俺はミャルに勇気をもらったんだ。この声に自信を持てるようになったんだ。少なくとも恩返しするまではここに残るつもりだよ」
ミャルの理想、平和な世界が実現するまで。たとえ何年かかろうと、大魔王ミャルの役を降りるつもりはない。
相棒の決意を聞いたミャルは満開の笑顔を咲かせて、
「ヒデオ君! 大好き!」
「ちょっと! 抱き着くなよ!」
相変わらずスキンシップが激しいやつだ。
ま、悪い気はしないけどね。主にお腹に当たる膨らみがね。ふへへ。
「ド変態顔でパノラマを汚す汚物の名を伺ってもよろしいでしょうか?」
うなじに何か尖ったものが当てられた。
ガタガタと震えながら振り返る。
「あは、あはは。リザさん。これは違うんですよ。誤解です。ミャルの方が抱き着いてきたわけで」
「先に抱き着いてきたからミャル様のたわわなお胸の感触を味わっても許されると?」
「そんなことしてない! してないから!」
「したかどうかは関係ありません。私ですら触れたことのない聖域を押し付けてもらえるなんてうらやま……不敬です!」
「ただの私怨じゃねえか!」
「わー! ふたりとも喧嘩はやめて!」
ああ。青色の天使が仲裁に入るために密着を解除してしまった。
腹黒エルフめ。俺からミャルを引き剥がすためにわざと喧嘩を吹っかけてきやがったな。ほら。こっちを見てほくそ笑んでやがる。
「おっと。こんなことをしている場合ではありませんでした」
急に冷静な声を出すなよ。
「演説の準備が出来ました。お着替えが終わりましたら一階のホールへお越しください。私は先に待っていますので」
一礼してから屋上をあとにするリザさんを見送ってから、
「私たちも行こっか」
「おう」
部屋に戻り、ミャルが鎧を装着する。
「それじゃあ出すよ。ボイスルーム!」
厳つい鎧に似合わない声ランキング一位の萌え声で展開されたボイスルームに入る。
モニター、マイク、台本。見慣れた簡素なスタジオだ。
ここが俺の仕事場。
台本を片手にマイクの前に立ち、喉の調子を整えながらモニターを眺める。
隠す部屋を出て、魔王の間を通り抜け、階段を下り、大ホールの舞台袖までやってきた。ステージの向こうは相変わらずのモンスターハウス状態。
思えば初仕事も似た状況だったな。
あのときは勝手がわからなくて死ぬほど焦っていたけど、今はもう問題ない。
『ヒデオ君。行ける?』
「いつでも来い」
俺の言葉を合図にステージに上がる。
湧き上がる歓声。
演説台の前に立ち、部下たちと向き合う。
最初の一言。
『もう人間さんとは争わなくてよくなったよー!』
ミャルの理想。その第一歩をみんなに報告するんだ。
セリフを見返し、大魔王ミャルに最適なセリフに変換し、そしていつも通りの魔王の声を出す。
「魔物と人間の争いは終結した。もう争う必要はない」
俺は大魔王の声勇。
平和な世界が実現するその日まで。
ここまで読んでいただきありがとうございました!




