第31話 勝因は信頼
「へぇ。魔王の椅子ってフカフカなんだな。アニメだと堅そうなのに」
「ぴょんぴょん跳ねるな! 子供じゃあるまいし」
尻ジャンプをして前開きのカジュアルなジャケットをはためかせる親父を窘める。こんなところを誰かに見られたら別人装いたくなるよ、まったく。
ま、幸いなことに魔王の間には他に誰もいないんですけどね。
あのあと、戻ってきたリザさんが気絶したリックを束縛して、一時的に地下の独房へと連れて行った。
リックが気絶したことでボイスルームから強制退出させられた親父の扱いに困ったが、
『とりあえずヒデオ君が監視してて』
(ミャルは?)
『汗かいちゃったしシャワー浴びてくる』
呑気な魔王様が俺を退出させると、鎧をガシャガシャと鳴らしながら隠し扉へと消えていった。
結果、まさかまさかの魔王の間で親子水入らずという状況なのだ。
つい先日実家で会ったばかりなのに、こんな場所で再会するなんて。しかも勇者サイドと魔王サイド。気まずいって。
「英雄も魔王様に誘われたのか?」王様のように腰掛ける親父がニタニタした顔で隣に立つ俺を見上げる。
「ん? ああ。親父も?」
「王様直々に勧誘されたよ。『最強の勇者を完成させるにはあなたの力が必要です!』ってな」
「なんで受けたんだよ。危ないのに」
「創作の世界は救い飽きたからな。そろそろ本物の世界を救いたくて」
「その声で言われるとマジで主人公みたいだな」
「だが勝ったのは英雄だ。お前がこの物語の主人公ってわけだな」
「主人公ねえ」
「不満か?」
「いや、そうじゃないんだけど」
唇を尖らせて後頭部を掻く。
「どうだった? 俺の声」
本気の演技を親父に聞かれるのはこれが初めてのこと。
俺の演技が伝説の声優にどう評価されるのか。聞きたかった。
親父の表情が少し引き締まる。
「よかったぜ。本物の魔王の声だった」
「それは地声が魔王ってだけで」「違うな」
クールな声で否定する。
「地声とは自分の声。それだけじゃあ演技にはならない。キャラクターの声に昇華させるには技術と魂がいる。技術に関しては満点とはいかないが、魂はこもっていた。十分魔王だったよ」
「そう……か」
憧れの声優に認められたことが嬉しくて照れくさくてそっぽを向いた。
一度は諦めた声優の夢が声勇として叶った。可憐な魔王に勇気を与える声勇として。
「ところで一ついいか?」
親父が話を切り替えるように声のトーンを上げて、首をひねりながら尋ねた。
「どうして魔王の大剣が瞬間移動したんだ?」
勇者と魔王の最後の攻防。
二十メートル以上離れた場所に落ちていた大剣が、一瞬のうちにミャルの手元に戻っていた。
リックだけじゃなくて親父も見えていなかったらしい。
「まさか時間停止能力?」
「そんなのがあったらとっくに使ってた」
「じゃあなんで?」
「それは魔王様の真の姿を見れば分かるよ」
「真の姿? 鎧が本体じゃなかったのか」
「中にいる魔王様を見て腰抜かすなよ」
ちょうどそのとき隠し扉が開いて、脳がとろける甘々ボイスがこだました。
「ヒデオくーん。戻ってきたよー」
サイドに結ったフワフワの髪を揺らしながら、ついでにワンピースの胸元も揺らしながら、小柄な少女が駆け寄ってきた。
それを見て金魚みたいに口をパクパクさせる親父。
「が、が、が……」
「が?」
「ガキじゃねえか!」
嗚呼、親は子に似ると言いますが、魔王様への無礼すらも同じなのですね。
「こ、これは失敬。驚きのあまりつい失言を」
我に返った親父がペコペコと頭を下げる。もっとも、ミャルが醸し出す可愛いオーラにあてられてニタニタが止まらないのだが。気持ちは分かるぜ親父。
「いやはや、お嬢ちゃんが魔王様だったとは。恐れ入りました」
「ふふふ。もっと恐れてくれていいよ」
「しかしすごいな。あんなデカくてごつい鎧をこんな小さい女の子が動かしていたなんて。よほど力持ちなんだな」
そう言って「ん?」と首をひねる。
「待てよ? どうやってあの鎧を着たんだ? 百五十ない少女が二メートル越えの鎧を着るなんて不可能だ」
それこそが大剣瞬間移動マジックの原理。
ミャル。見せてやれ。
そうアイコンタクトを送ると、うん、とミャルは自信気に頷いて、
ぎゅいん。
と四肢を伸ばした。
変わらぬ可愛い顔立ち、スタイルの良い胴体、ゴムのように伸びた四肢。
それを見て、親父が一言。
「……麦わらのル○ィ?」
言っちゃった。俺はちゃんと誤魔化したのに。
「私は四肢伸び魔人族なんだ。こうやって手足を伸ばすことで鎧を着たんだよ」
「この特性を応用すれば疑問は解決するはずだ」
あのとき、左手を絨毯の中に入れたミャルは、手首より先だけを伸ばして大剣を手に取った。すぐに絨毯の下を這うように縮ませ、手元まで手繰り寄せたというわけ。
「鎧の関節は魔力で接合しているから、着脱はいつでも可能なの」
「へえ。まったく気づかなかったなぁ」
親父は感心して喉を鳴らす。
「さすがだ。戦闘中にあえてその特性を見せないことで、ここぞというときに悟られないようにした、と」
「それはさすがに深読みしすぎ。単純に忘れてただけだよ」
「ね。まさか私もこの特性がバトルに生きるなんて思いもしなかった。ヒデオ君が気づいてくれて助かったよ」
「たまたまだよ。それよりも思考時間を稼いでくれたミャルに感謝だ。声勇の差で不利だったのに、ずっと互角の戦いを続けてくれた」
「当然。だってヒデオ君がいいアイデアを出してくれるって信じてたから。普段から拙い台本をちゃんとしたセリフに変えてくれるし、私が書ききれなかったこともアドリブで喋ってくれるし。本当に頼りになる相棒だよ! ありがとう」
「照れるなあ……」
「どちらかが欠けても勝てなかった。二人の勝利ってことだね」
「もちろん」
俺たちは絆を育んだ。途中、ぶつかることもあったけど、だからこそ本音で話し合えた。
今の俺たちは声優とキャラクターでもなければ、声勇と宿主という関係でもない。
大魔王ミャルを形成する一心同体なんだ。
「なるほどな」
親父が自嘲気味に笑う。
「俺が負けた理由がわかった」




