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第30話 起死回生の決着

 作戦を思いついた。

 勇者の裏をかく不意打ち。一瞬で戦闘を終わらせられる奇策。

 あとは実行に移すことができるかどうか。

 状況を確認するためにミャルにお願いして周囲を見渡してもらう。


 立ち位置は丁度玉座の横。扉を背にした状態で、部屋の奥にいる勇者と向き合っている。足元には赤い絨毯が後方の扉までまっすぐ伸びている。


 これならやれる。

 作戦内容をミャルに伝えたところ、


『いいね! やろう!』

(即答かよ)

『だってヒデオ君を信頼しているから。きっとうまくいく』

(だと良いけど……)


 ミャルはこう言っているけど、提案者である俺の方に不安がある。

 これから実行する陽動作戦の成否は、他でもない、俺の演技力にかかっているんだ。

 かなりわざとらしい動きをすることになるからな。それを自然なものと見せる必要がある。しかも万が一失敗した場合、一気に絶体絶命に陥る。

 果たして騙せるだろうか?


『ヒデオ君ならやれる!』


 頼もしい文字がページ一面に書き出された。ページをめくってもでかでかとした激励が続く。


『ヒデオ君はとっても上手に魔王を演じてくれた。人間さんも騙されるはずだよ。自信をもって!』

(……そうだな。ありがとう)


 何度も励まされる。ミャルは俺の声に勇気をもらったと言っていたけど、たぶんそれ以上に俺がミャルの前向きな声に勇気をもらっている。

 親父に、ケイに憧れた俺は今、ゆるふわ魔王に憧れているのかもしれない。

 そんな彼女の夢。平和な世界を守るために、失敗は許されない。


(よし、やるぞ!)

『うん!』


 俺の演技で勇者を騙す。

 シーンは『攻撃に押され、剣を弾き飛ばされてしまう魔王』。


(この数秒にすべてをかけろ!)


 ミャルの剣を握る両手に意識を向け、モニターの向こうにいる金髪の勇者を煽る。


「いつまで睨み合いを続けるつもりだ? 我の首を取りに来たのだろう? それともここにきて怖気づいたか?」

「ふざけるな! 俺は人類の明るい未来を勝ち取りに来たんだ! ここまできて足を止めるわけにはいかない!」


 やはり若い。血相を変えて襲いかかってきた。

 駆ける勇者。腰の位置から斜めに下げた剣先が地面に擦れて火花を散らす。それはすぐに強烈な光へと変化し、魔王の間に立ち込める闇を打ち払う。


「必殺・天昇の閃光斬!」


 振り上げられた剣が三日月の形をした斬撃を飛ばす。

 ミャルは叩き割るように大剣を斜めに振り下ろす。

 衝撃が城を揺らし、地鳴りを生む。

 光と闇の均衡の中、ミャルの握力が緩んだ。

 ここだ!


「ぐあぁ!」


 魔王らしからぬ情けないダメージボイス。

 同時に光に屈した大剣が弾かれる。ミャルは幾分か威力の減衰した斬撃波を胴体に喰らい、その拍子に柄を手放してしまった。大剣は弾かれた勢いのまま弧を描くように後方に飛び、両開き扉にぶつかり、大きな金属音とともに床に落ちた。入り口と玉座を結ぶ絨毯の直線上。距離にして二十メートル。拾いなおせる距離じゃない。

 玉座の横で苦しそうに片膝をつく魔王。


「……やるではないか」


 勇者が放つ英雄の光に、ついに屈した魔王。プライドの中に悔しさを滲ませる。そんな声。


(どうだ?)


 ダメージを負った風の息芝居を挟みながら、モニター越しに勇者の様子を伺う。

 一連の演技に対するオーディエンスの反応は、


「やった……!」


 大役を成し遂げた思春期の少年の純粋な笑顔だった。


「ついに、ついに魔王を倒したぞ!」


 剣を鞘に納め、今にもスキップしそうな足取りで近づいてくるリック。なんて無警戒なんだろう。

 騙せた。数秒の演技。でも人生で一番の渾身の演技。


(ただ、親父は罠だということに気づいているみたいだけど。じゃないと振る舞いと比べて喜びの感情が一段階落ちた声色にはならないはずだ)

『ヒデオ君。油断したらダメだよ。あと少しあるんだから』

(わかってる)


 正面で俺たちを見下ろすリックが剣を構える。


「大陸に死の連鎖に終止符を打つ」

「く……まさかこれほどまでに強いとは」


 ミャルがちらりと背後を見る。

 視線の先には、先ほど弾き飛ばされた大剣。


「拾いに行こうったって無駄だぞ。怪しい動きを見せたら聖剣で切り裂いてやる。もっとも、そんな暇もなく終わらせるけど」

「ぐぬぬぬ」

「覚悟はいいな?」


 万事休す?

 スッと、床についていた暗色のガントレットが深紅の絨毯の下に忍びこんだ。

 勝利に舞い上がる勇者は、そのほんのわずかな仕草を見落とした。

 硬質の鎧を打ち砕くには強烈な一撃が必要だ。勇者は聖剣を大きく頭上に振りかぶり、


「終わりだあああ!」

 城をも割る勢いで勇ましい声とともに振り下ろした。



 カァン



 乾いた金属音が響いた。


「な、なんだと!?」


 剣は、魔王の兜に届く前に、黒き大剣によって阻まれた。

 後方に落ちていたはずの大剣は今、ミャルの手元にあった。


「は? なんで……?」


 弾かれた勢いで仰け反る勇者。がら空きの胴。

 ミャルは両手に力を込めて大剣を握り、


「二度も見逃すわけにはいかない。歯を食いしばれよ」


 平らな面で薙ぎ払った。肋骨の骨が折れる鈍い音。吹き飛ばされた勇者は壁に叩きつけられ、地面に伏し、ピクリとも動かなくなった。

 魔王は勇者の野望を打ち砕いた。


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