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第28話 ラスボスは最強の声優・親父

 魔界の命運をかけた日。

 最強の勇者を魔王の間で迎え撃つことにした俺たちのもとに、城内の最終見回りを終えたリザさんが報告に来た。


「ミャル様。もう城内には誰も残っていません」

「ご苦労様。リザ」


 まだ鎧に入っていないミャルが玉座から立ち上がって微笑む。相変わらず魔王とは思えない無垢な表情だ。


「しかし本当によかったのですか? わざわざ一対一の決闘にするなんて」


 不服そうに言うリザさん。

 決闘当日になって、ミャルは城内兵士を退避させるようリザさんに命じた。現在、広大な魔王城は引っ越しを終えたハチの巣のようにもぬけの殻だ。


「兵士たちが束になって立ちふさがれば、いくら最強の勇者とて消耗するでしょう。有利に働きます」

「でもその分犠牲が出ちゃうでしょ。みんなを守るために魔王になったんだから」


 その目は以前のケーキのように甘いだけじゃない。優しさの中に強さを感じる。成長したんだな。


「大丈夫。私が勝てば問題ないよ!」


 なおも不安げなリザさんにふにゃふにゃ声で力強く言う。

 しかしリザさんの懸念は別の部分にもあるようで。


「……ミャル様の言う『勝ち』とはなんですか?」

「え?」

「今回の勇者は人間界の最高傑作。最後の希望です。その勇者の息の根を止めれば、人間界の征服など容易いことでしょう。世界征服という数百年続く魔界の野望が果たされます。この結末が『勝ち』ですか?」

「そんなの一つしかないよ」


 ミャルはフフッと笑って、


「勇者さんには人間界に帰ってもらう。そして今の魔王が敵じゃないことを王様に伝えてもらう。それが私の思い描く『勝ち』かな」

「殺す気は微塵もないということですね」


 魔界の最大の脅威を見逃す宣言。

 ため息を漏らしたくなる気持ちも分かる。

 いつもならため息のあとに苦言を呈するリザさんだけど、ミャルを魔王と認めた今となっては笑うだけ。


「それこそがミャル様が手に入れた世界を統べる力なのでしょう。私はもう何も言いません。己の信じる道を突き進んでください。できる限りサポートします」

「うん」

「そろそろ勇者が来る時間でしょう。準備をしてください」


 ミャルは鎧を身に着け、俺はボイスルームに入った。


「私はどうすればよろしいですか?」

「城の外で待機していてくれ」


 魔王の声で告げると、承知しました、とリザさんは一礼をしてから部屋を出た。

 静まり返る魔王の間。

 玉座から見渡す景色は謁見業務で慣れ親しんだものとなっているけど、ここは魔界の頂点が君臨する魔窟。勇者の旅の終着点。

 闇の瘴気が立ち込める閉鎖的空間は、人間と魔物の存亡をかけた決闘の場に相応しい。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 勇者の到着にそれほど時間はかからなかった。

 リザさんの退室からほどなくして、扉がゆっくりと開き、廊下のまばゆい光とともに魔界の深淵に侵入してきた人間。

 魔界の奥地に単身で乗り込める猛者は一人しかいない。

 銀の額当てに紅蓮のマント。十字の聖剣。そして、


「お前が魔王だな」


 顔立ち通りのあどけなさを感じる声。一方で、数々の苦難を乗り越えたような力強い声。世界を救う穢れ無き声。人類の希望を背負った声。そして、アニメや家で何度も聞いた声。

 勇者が現れた。


(さすが親父。完璧な勇者だよ)


 この上ない勇者を前にして自然と喉に力が入る。


(でも、俺も負けられない)


 扉が閉じ、魔王の間が再びほの暗さを取り戻したところで台本に目を落とし、第一声。


「よく来たな。勇者よ」


 腹に響く低い声が広間に反響する。

 この一言で勇者の中にいる親父も親子対決を察知しただろうな。声のプロが息子の声に気付かないわけがない。

 その証拠に、動じる様子もなく剣を構えた勇者の動作に対して、セリフの頭合わせがわずかにズレた。


「……このときを待っていた! 平和に生きる人々の笑顔に影を落とす邪悪め! 勇者リック! 闇を打ち払う!」

『さすが伝説の勇者さん。自信満々だぁ』

「威勢のいい人間だ。さすが伝説の勇者と呼ばれているだけのことはある」


 玉座から立ち上がり、傍に置いていた漆黒の大剣を担ぐ。重厚な鎧の魔王に相応しい、分厚い両刃の剣。

 勇者リックは腰を下ろし、今にも斬りかかろうとしている。

 長く伸びる深紅のカーペットを挟んで向かい合う両者。

 ゲームなら戦闘導入の音楽が流れるところだけど、魔王様は内心乗り気じゃないようで。


『ねえヒデオ君。できれば戦いたくないんだけど』

(この期に及んで?)

『人間さんは魔王を倒さないと平和が訪れないと思ってるんだよね。実際、パパより前の魔王はみんな人間界を侵略しようとした。パパも魔界の改革に必死で人間界との交渉まで手が回らなかったみたいだし』

(人間はいつまた攻め込まれるかと怯えながら過ごしていたんだろうな。打開するには魔界を滅ぼす以外に道はないと考えた。結果が伝説の勇者の誕生だ)

『でも私は侵略する気はない。共存できるんだよ。それを伝えたら引き下がってくれないかな?』

(無理だろうな。せっかくあと一歩のところまで来たのに引き下がるわけがない)

『なんとか交渉したいなぁ。なんかいいセリフない? 人間さんの心を揺さぶる』

(そんなのあるわけ……)


 あったわ。

 魔王になったら一度は言ってみたいセリフがひとつ。

 発言権を譲られた俺は自らの意思で勇者に語り掛ける。


「人間よ。我は待っていた。貴様のような若者が現れることを。もし我と手を組めば、世界の半分をやろう」


 魔王と勇者の掛け合いと言ったらこれだよな。もはやミームと化していて日本人なら騙される人はいないだろうけど、リアル勇者さんならひょっとして……?


「断る!」


 ダメでした。


『ヒデオ君。それはさすがに怪しいよ……』


 ですよねー。

 緊張感の欠けるボイスルームとは正反対に、場の緊張が高まる。


「そろそろ始めさせてもらうぞ。お前の首を持って帰って、王に、みんなに笑顔を届けるんだ!」


 勇敢な声は間髪を入れず技名に移行する。


「シャイニングブレード!」


 聖なる剣がまばゆい光を放つ。

 ミャルも全身に力を入れ、あらゆる攻撃に備える。


「とりゃああああああ!」


 勇み声。直後、閃光の速さで間合いを詰め、光を帯びた縦斬り。

 闇の魔力を纏った大剣を横に構えて受け止めるミャル。両者の剣を境に光と闇がせめぎ合う。

 なんて重さだ! ミャルの腕にかかる負荷が伝わってきて、俺の腕まで軋む。おかげで

「ぬぅ……」とリアルなリアクションが取れたけど。


「まだまだ!」


 モニターに映る迫力満点の連続斬り。その一つ一つが強烈。ミャルは必死の剣捌きで対応する。


『ううう』


 台本にはうめき声と思われる弱弱しい文字。

 やはりこの勇者、強い。

 それでも。


『えーい!』


 勇者が剣を振り抜いたタイミングで大胆な薙ぎ払い。


「くっ……!」


 勇者はとっさに腰の鞘を使って受け止めるも、小柄な体では勢いを殺せず、壁際まで吹き飛んだ。

 一進一退の攻防。

 ミャルと勇者の実力は互角なんだ。

 じゃあどこに差が生まれるかというと、


(声勇だよな)


 宿主の能力を引き出す役職。声勇者。

 リアクション、勇み声、戦いの最中の掛け合いにおいて、ときに繊細に、ときにわざとらしいほど大胆に演技をして、宿主のコネクト値を高めることを求められる。

 とはいえ、すでにミャルのコネクト値はほとんど最大。それはリックも同じだろう。

 つまり、より細部にこだわった演技が求められる。それこそ99パーセントを99・9パーセントに引き上げるような完ぺきな演技。


(親父と声勇バトルねえ)


 正直に言おう。

 すでに白旗を上げたい気分だ。

 声優として数多くの勇者を演じてきた親父は、キャラ毎に演技を使い分けることができる。勇敢な勇者なら勇ましく、慎重派の勇者は冷静に、若い勇者は未熟さを添える。最終話ではもうキャラクターが本当に喋っているんじゃないかと錯覚させるほどフィットさせるんだ。微調整はお手の物。

 対して俺は素人。漠然とした魔王のイメージを感覚で演じているだけ。厳つい鎧の魔王という具体的なキャラクターに最適な演技ができているわけではない。

 経験値の差は、戦闘時間が長引くほど戦況に反映されるだろう。

 俺はどうすればいい?

 細る心を回復させてくれたのは、柔らかくて安心感のある文字。


『大丈夫。キミは一人じゃないよ』

(ミャル……)

『私たちは一心同体。キミがいるから私も戦えてる。キミがお父さんに勝てないなら、私が勇者さんを上回ればいい。だから堂々と演じて。それだけで勇気がもらえるの』

(そうだな)


 弱気になったら声まで弱弱しくなる。

 せめて足を引っ張ることだけは避けないと。

 演技に集中するんだ、肥丸英雄。



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