第26話 優しい魔王らしいトドメ
デストルケンの攻撃をひたすら耐え続けるミャル。
ミャルの状態を感覚的に把握している俺は、特に口をはさむことなく戦況を見守っていた。まだまだ耐えられる。
ところが、
「……つまんねえ」
しつこく続いた一方的な蹂躙が唐突に止まった。
「?」
「せっかく無様に泣き叫ぶ声を聞けると思ったのによ。これじゃあ人形で遊んでいるだけじゃねえか」
『気になってたんだけど、デストルケンはどうして手を抜いているのかな? 殺意を感じない』
ミャルの疑問を声に変えてデストルケンにぶつけてみた。
「……一つ聞かせてもらうが、なぜ我を殺そうとしない? 舌を使った殴打は明らかに手を抜いている。致命的な一撃を与えることはいつでもできるはずなのに」
するとカエルの魔物は鼻で笑って、
「決まってるだろ。てめえが先代魔王の子供だからだ。あいつは俺を嫌っていた。常に監視し、迂闊に動けないようにした。アイツがいなければ俺はとっくの昔に魔王になっていたんだ。百年も遠回りさせられた。その間に魔界は弱体化し、人間に反撃の猶予を与えた。何もかもが許せねえのよ」
「すべては父への憎しみというわけか」
「当然だ」
『もしかしてパパが死んだのって……』
台本に書かれた自問をアドリブで質問に昇華させる。
「ならば問おう。我が父を殺したのはお前か?」
『ヒデオ君!?』
自我を出した質問に驚くミャル。「声優は土台」と言い切る親父にこの場面を見られたら叱られるだろうが、俺とミャルの関係はキャラクターと声優を超えた相棒。構わない。
それにミャルだって知りたいはず。
父親の死の原因。一説によるとデストルケンによる毒殺らしいが、その真偽が今わかる。
「ああ。そうだ」
デストルケンは魔王殺しをあっさりと認めた。
「百年もの間、ずっと改心したふりをしてゴマをすったからな。さすがのアイツも気を許してくれたよ。ようやく盃を交わしてくれたんでな、そのとき奴の酒にちょろーっとヒュドラの唾液を入れた。ドラゴンを即死させる猛毒を飲み込んで数ヶ月生き延びる生命力には驚いたが、ま、おかげで犯人だと疑われずに済んだぜ」
武勇伝を語るような揚々とした声を聞いているだけで腹が立つ。
『やっぱりそうだったんだね』
同時に、親の仇と分かったのに取り乱さない台本に感服した。ミャルは冷静だ。
「だが。それだけじゃあ百年の鬱憤は晴れねえ。アイツの子孫を嬲り殺して、ようやくスッキリできる」
「そんな下らない理由で我を泳がしているというわけか」
「だからもっと女々しく泣いてほしいんだが」
「小物の拷問に屈することはない」
「小物? それはいったい誰のことかな?」
「卑怯な手段に頼ることでしか魔王の座を守れない団子カエルのことだ」
「言うねえ」
血筋を浮かべるデストルケン。
怒りに我を忘れてリザさんを放り捨てて襲い掛かってきてくれれば楽なんだけど、
「……ここまでコケにされると、無理やりにでもその平静な声を崩したくなった」
状況は最悪に進む。
「うっ!」
デストルケンはリザさんの後頭部を掴んで床に押し付けると、鋭い爪を振り上げる。切先はリザさんの首に向けられている。
「わざわざ敵の本丸に単身で助けに来るくらいだ。主従を超えた情をこの女にかけているんだろう」
「貴様!」
「乳母の首が真っ二つに切断されたら、我慢強いてめえも叫ばずにはいられない」
「やめろ! 人質を先に殺して何の得がある!」
「いや、あるね! てめえの悲鳴をもって怨讐を果たせるからな!」
視線を手元に向けるデストルケン。ジュルリと口端から零れたヨダレがリザさんのうなじに落ちる。
三つと数えないうちに、リザさんは頭部と体を切り離されてしまうだろう。
ここがリミットだ。
デストルケンの先代に対する邪悪な感情は、俺たちに生かして捕らえる隙を与えてくれなかった。
(わかるな、ミャル)
『……うん』
しょんぼりと頷くミャルの顔が思い浮かんだ。
同時に、ぐっと足に力がこもる感覚が伝わってきた。
「死ねぇ!」
モニターの向こうで、デストルケンが爪を振り下ろそうとした。
次の瞬間、映像が飛んだ。
今にもリザさんにとどめを刺そうとする巨体のカエルと、地面に押さえつけられている銀髪のメイド。その両者を画角に収めていたモニターには、現在、デストルケンの手がアップで映し出されていた。その手首を黒いガントレットが掴んでいる。
たった一足で間合いを詰めてデストルケンの攻撃を阻止したんだ。
まるで動画のシークバーを飛ばしたような一瞬の出来事だった。
「え?」
振り下ろせない爪。驚いてこちらを見たデストルケンの目玉は、ミャルの右手に向けられた。
たった一瞬の移動のうちに、ミャルは亜空間から漆黒の大剣を取り出し、剣先を丸々と太った腹のへそに当てていた。
これを刺し込めば終わる。
貫く刹那、台本に書かれた言葉。
それは父を殺され、リザさんを拷問され、自身を迫害した裏切り者に投げかけるにはあまりにも優しすぎる言葉だった。
『ごめんね』
「すまない」
突き上げるように押し込んだ広刃が巨体を貫き、剣先が背中から飛び出した。
「ゥ……ガァ……!」
引き抜く。穿孔から溢れた緑色の体液が鎧を汚す。
デストルケンは傷口を両手で押さえながら後方によろめき、背中から崩れ落ちた。
「ばか……な……」
油断していたわけじゃないだろう。やつはリザさんに爪先を向けていながら、ずっとこっちの様子を伺っていた。ミャルが攻撃してくるのを読んでいたんだ。
ただ、反応できなかった。
デストルケンが弱いんじゃない。
大魔王ミャルが強すぎた。
「リザ!」
駆け寄ると、リザさんは弱った様子だが、優しく微笑んでいた。
「ようやく手に入れたのですね。魔界を統べる力を」
『うん。最高の相棒が支えてくれるから』
このセリフは恥ずかしくて読めなかった。




