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第25話 憧れとの決別

 デストルケンが支配する魔王城を脱出し、隠れ家で一夜を過ごすことにした俺とミャル。

 一枚の毛布で暖を取りながら、お互いに罪を認めてひとしきり謝罪合戦したところで、ミャルが語り出す。


「パパは一人で魔界を変えたんだ」


 正面を見据えるその目はキラキラしていた。


「魔王に就任したパパは人間界と和解、力での統治の変更を宣言したんだけど、平和主義の魔王なんて前代未聞だったから、最初は笑われ者だったらしい。できっこないって」

「どの世界でも先駆者はバカにされる運命なんだな」

「でも、一人で武闘派を押さえつけて、一人で秩序を正して、一人で平和な街を作り出した。パパは理想を実現させたんだ。結果で周りを黙らせる姿はカッコよかった。そんなパパに憧れたの。そんなパパの夢を引き継ぎたかったの」


 父親の立派な背中に憧れた。俺と同じだ。


「でも、良くない影響もあったね」

「よくない?」

「パパが一人で全部こなしていたから、私も一人でやらないといけないって思っちゃったんだ。だから二人で大魔王ミャルを作るって言っておきながら、ヒデオ君が私の思い通りに動いてくれないと分かった途端、切り捨てちゃった。私の本心はヒデオ君を駒としか見ていなかったんだろうね。だから、本当にごめんなさい」


 もう一度謝る。今度は礼儀正しく頭を下げて。


「でも、もう気付いた。パパの背中を追いかけたってダメだって。私はパパじゃない。私はミャル。ヒデオ君と一緒に大魔王ミャルになるの。だから、ね。今度こそ遠慮なく意見を言って」


 屈託のない笑顔は俺だけに向けられている。

 心を開いてくれた少女のお願いを無視できるものか。


 素直にうなずこうとして、親父の声が蘇る。



「声優は黒子だ。自己主張してはいけない」



 声勇者だって同じ。宿主が主役で、声勇は土台。

 親父の言葉を踏襲するなら、俺にはミャルに意見する権利がない。

 でもミャルは俺に自我を求めている。

 どうしよう。

 葛藤の渦の先に見出したのは、ついさっき、ミャルの言葉。


「憧れの背中を追いかけても追い越せない。私は私の道を切り開く」


 まるで俺に言っているようなセリフだ。

 もともと俺もミャルも親の背中に憧れて、現実とのギャップに苦しんだ者同士。

 ミャルは憧れを捨てて新しい道へ進もうとしている。

 だったら俺も捨てるべきなんじゃないか?

 親父の言葉は親父の道。

 俺は俺の道を行く。

 彼女の手を握り、一緒に歩けるのは親父の声じゃない。

 俺の声じゃないとダメなんだ。


「ああ。俺たちは対等な相棒だ」


 初めてこの声で良かったと思えた。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「お、おい。あれ」

「魔王ミャルだよな」

「嘘だろ。正面から来るなんて……」


 城門前を警護中の兵士たちが騒然とする。まさか指名手配中の元魔王が自ら姿を現すとは思ってもいなかったのだろう。 

 大魔王ミャルは彼らの前で立ち止まり、視線を上げる。

 魔王城を取り囲む城壁に備え付けられた巨大な鉄門扉。その向こうで雷雲を突く魔王城が見える。最上階には忌まわしきデストルケン、そして囚われのリザさんがいるはずだ。


「待っていろ。必ず貴様を倒す」

「と、止まれ!」


 歩を進めようとしたところで門兵に取り囲まれてしまった。みなカエルの魔物。デストルケンと同種族だろう。縁故採用か? もしかしたらミャル政権下の城兵たちはクビにされたのかもしれない。

 槍を突き付ける城兵たちに対して、俺たちは一瞥し、一言。


「退け」

「!」


 城兵たちは足の筋肉を削ぎ落されたようにその場に尻もちをついた。丸い目は怯え、口はパクパクと慌ただしく上下するだけ。

 昨夜、俺たちはたどるべき道程を定めた。同じ場所を見て、手を繋いで歩き出した。

 (ミャル)(オレ)の一体化でコネクト値を高めた大魔王ミャルなら、声圧だけで無力化できる。

 重厚な金属の門を片手で開け、堂々と魔王城に入ると、すぐに大勢の兵士が集まってきた。


「魔王軍はデストルケン様の手にある!」「お前はもう魔王ではない!」「ここで死ねぇ!」



「無益な争いは望まない。道を譲れ」



 喧騒を切り裂く重低音。

 シンと静まり返るフロア。モーゼの十戒のように道が開かれる。悔しそうに武器を構えることしかできない魔物たちを両脇に、ゆったりとした足取りで正面の階段に進む。城兵が背後から襲い掛かってくる気配もない。このまま最上階まで行けそうだ。

 決戦に向けて少しでも体力を温存したい俺は椅子に座って台本に目を落とす。


『誰も傷つけずに魔王の間まで行けそうだね』

(まったく。相変わらず甘ちゃんだな)

『私の信念は変わらないよ。できるだけ平和に解決したい。デストルケンも殺したくない』

(わかった。ただし限界が来たらこっちも口を出させてもらうからな)

『もちろんだよ』


 ミャルの意思を尊重しつつ、いざというときは意見を出す。

 これが俺の導き出した声勇の在り方。


『さ、ついたよ』


 階段を登り終えると、石柱が左右に並んだ広い空間。昨日ぶりの大廊下だ。

 まっすぐ伸びた絨毯の先、扉の向こうにデストルケンが待っている。


『行こう』

(ああ)


 胸を張って歩く。王の凱旋。

 昨日と違って扉の左右には守衛が立っているが、王の視線を向けただけで引き下がった。

 固く重い扉に両手を当て、ぐっと押し込む。

 ギィィというきしむ音が止んだとき、悪臭漂う部屋に粘っこい声が響いた。


「来たか」


 城の主であることを誇示するように玉座にふんぞり返るカエルの魔物がニヤリと笑う。


「ハッ! 正面からノコノコと現れるとはな。よほど死にてえらしい」

「バカを言うな。貴様如きに負ける気は毛頭ない」

「お! その無駄に立派な魔王声。久しぶりに聞いたぜ。ちょっと前は恐怖のあまり喉が塞がって一言も発することなく俺に捕まったのによぉ」


 当然だ。そのときミャルの中に俺はいなかったからな。魔王の声を失ったミャルは水に濡れたアンパンヒーローのようなもの。ハンデマッチに勝った程度で粋がるなよカエル野郎! と声帯の中で粋がる声勇です。


「まあいいさ」


 デストルケンは短い脚を振り子にして椅子から飛び降りる。ドンと団子型の巨体が地面を揺らす。


「雑魚が何度立ち向かってこようが結果は変わらねえ。思う存分叩き潰してやる……と言いたいところだが。俺様は用心深い。念には念を入れる。使えるものは全部使う。おい! 持ってこい」


 後ろの隠し扉が開き、デストルケンの部下が血まみれのメイドを玉座の前に引きずって来た。


『リザ!』


 台本の文字が乱れる。


(大丈夫。鞭で痛めつけられただけ。生きてる)


 力なく横たわるリザさんの瞳がちらりとこちらを向いた。わずかに動いた唇。「申し訳ありません」と。


 デストルケンはリザさんの細い首を雑に掴んで持ち上げ。胸部に鋭い爪を当てる。


「動いたらこの女が死ぬぜ」

「貴様……」

「ミ、ミャル様。私のことはお気になさらず……」

「てめえは黙ってろ!」


 手に力を入れるデストルケン。ミシミシと気道が狭まり、リザさんの表情が歪む。


『やめて!』

「標的は我だろう? 煮るなり焼くなり好きにするがいい」

「さすが噂に違わぬ大甘大魔王。話が早い」


 無力化されてしまった俺たち。デストルケンの攻勢が始まる。


「それじゃあさっそく公開リンチを始めるとするか!」


 大きく開かれたガマ口から勢いをもって飛び出してきた長い舌が、無防備な鎧を横から薙ぎ払うように吹き飛ばす。城全体を揺らすほどの激しい勢いで壁に衝突した。


「まだまだぁ!」


 立ち上がったところで、今度は反対側の壁に吹き飛ばされる。

 堅牢な壁が大きく凹む。この攻撃を受けているのが並みの魔物なら木端微塵だろう。


「ミャル様……」

「がはは! 苦しめ苦しめ!」

「……」

「なんだ? 黙って睨みつけやがって。痛いなら叫べ! 苦しいなら嗚咽しろ! 降参したいなら泣いて許しを請え!」


 脳天からの叩き落し。顔面が床に打ち付けられる。

 激しく揺れる画面。

 それでも俺は冷静にマイクスタンドの前に立つ。

 ボイスルームにいる俺に痛みはないけど、ミャルの感覚は伝わってくる。どれほどダメージを受けているか。あとどれくらい耐えられるか。

 だから安心して見ていられる。まだ口を出す必要はない。


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