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第24話 二人きりの逃避行

 リザさんの転送魔法によって魔王の間に侵入。しかも眼前には石積みの黒い壁。ミャルの部屋へと続く隠し扉だ。

 しかし、転送魔法は魔力の匂いを発する。

 玉座にいたデストルケンは瞬時に侵入者に気が付いたようだ。


「誰だ!?」


 背後から響く怒声。

 リザさんも声を張り上げる。


「英雄様! 行ってください!」

「ああ!」


 振り返る必要はない。与えられた仕事を果たすだけだ。

 俺は壁に隠された小さな鍵穴に鍵を差し込む。

 背後で鋭利な得物がぶつかり合う甲高い音が響いて動揺してしまったけど、なんとか開錠に成功。他より少しだけ深い目地に指をかけてスライドさせ、中に飛び込む。

 リザさん! 死ぬなよ!

 地下通路のように狭く薄暗い廊下を駆け抜け、ミャルの部屋に通じる扉を開けた。

 パステル調の部屋。一か月過ごした第二の我が家の景色。

 ミャルは? 無事なのか?

 見渡すと、床に倒れる大きな鎧。


「ミャル!」

「……ヒデオくん?」


 兜をこちらに向けるミャル。かすれた声が痛々しい。

 体を見る。両手両足を紫色のロープで縛られている。これがリザさんが言っていた魔法を制限するロープか。


「今助けるからな」


 アイスピックの先端をロープに当てる。リザさんの魔力のおかげで太いロープも容易く切断することができた。


「どうしてここに?」

「説明はあとだ! 逃げるぞ」

「でも力が……」


 フニャフニャとした声には力強さがない。立ち上がろうと床に手をつくけど、鎧の重みに負けて立ち上がれない。衰弱しきっている。


「頑張れミャル! 時間がないんだ。リザさんが持ちこたえてくれている間にここを脱出しないと!」

「んんんんんん!」


 ミャルはなんとか体を起こそうとするんだけど、


「……ダメみたい。エネルギーが空っぽ。ずっと何も食べてさせてもらえなかったから」

「クソ!」


 どうすればいいんだ。小柄な少女の体ならお姫様抱っこで颯爽と逃げ出せるんだけど、岩よりも重い鎧がセットとなると転がすこともできない。かといって脱がすこともできないし。

 ミャルが力を取り戻してくれないとどうしようもない。

 もっとミャルに力を入れるには……そうだ!


「ミャル! ボイスルームだ! 俺を取り込め」

「? う、うん」


 虚空に現れた虹色の入り口に飛び込む。

 見慣れた収録部屋に舞い戻った俺は、一目散でマイクの前に立ち、咳払い一つで喉のチューニングを済ませてから、声を出す。

 イメージは『苦境に抗う魔王』。


「部下に裏切られて拘束。食事も満足に出されず、力が出ない。絶体絶命とはこのことか……だが!」


 語気を一気に強める。


「このまま倒れてしまったら亡き父の夢を果たせない! こんなところで終わるわけにはいかない! 世界の平和のために立ち上がるのだ! 大魔王ミャル!」

『!』


 理想の声で自分を奮い立たせるセリフ。コネクト値の高まりが最後の力を引き出す。

 床と接していた視線が徐々に持ちあがる。必死に立ち上がろうとする感覚が俺にも伝わってくる。

 頑張れミャル! あと一歩だ!


「うおおおおおおおおおおお!」

『やあああああああああああ!』


 声と台本の共鳴。

 初めて声優に、声勇になれた気がした。

 視界が水平になる。


『そうだよね。まだ諦めたらダメだよね』


 重い体を支える脚はフラフラだ。台本に浮き出た文字も薄くてヨレヨレ。疲労を感じさせる。

 それでも倒れるわけにはいかない。頑張れ、ミャル。


『どうすればいい?』

(隠し出口があるんだろ? そこから脱出だ)

『わかった』


 壁伝いに移動するミャルが向かった先は、浴室。シャワーの横にある縦長の鏡に手をかけると、あっさり外すことができた。

 鏡の向こうには、ぽっかりと空間が空いていた。足元にはらせん状の下り階段。こんなところに隠し出口があったのか。


(とにかく急ごう。リザさんが持ちこたえているうちに)

『リザが? 戦ってるの?』


 動揺で文字が乱れる。


(気にしなくていい。今は逃げるんだ。それがリザさんの願いだから)

『……わかった』


 脚の悪い老婆のように長い時間をかけて階段を下りると、暗くて先の見えない無人の地下道に出た。


(どこに繋がってるんだ?)

『秘密基地だよ。魔王城で何かあったときの避難先としてパパが用意してくれたコテージ。最低限の食料とかが用意されてるんだ。一人分だけど』

(城の外にはデストルケンの手下がうようよしている。見つかったら終わりだぞ)

『大丈夫。誰も近寄れない迷いの森の中にあるから』


 ミャルの言う通り、地下道の出口は霧が立ち込める不気味な森に繋がっていた。

 十メートル先も見えないほど視界不良。ここなら身を隠すのにうってつけ。

 出口の洞穴から少し歩くと、霧の中に三角屋根のシルエットが見えた。ここが秘密基地らしい。

 ただしそれはコテージと呼ぶにはあまりにも心許ない代物だった。

 登山の途中に三、四人で利用する休憩小屋のような大きさ。丸太を積み上げた壁はところどころ黒く変色している。中には非常食と申し訳程度の毛布一枚を除けば何もない。

 本当に非常時の避難先って感じだな。

 室内に入り、最後の力を振り絞って鎧を脱いだミャルは、ボイスルームを解除したところで力尽きたように横たわる。


「ミャル!」

「なにか……食べ物……」

「待ってろ!」


 俺はミャルの上半身を持ち上げて膝枕の状態にしてから、非常食として置いていたクッキーをミャルの口もとに運ぶ。

 ガリガリガリガリガリガリガリ。

 すごい食いつきっぷりだ。スクラップ破砕機のように固いクッキーがあっという間に消えた。どんだけ腹減ってたんだよ。

 それからしばらく無心でクッキー運び機になる。

 山のように積まれていたクッキーがあっという間になくなったところで、


「ぷはー。生き返った」


 やっといつもの可愛い声が蘇った。


「一か月何も食べてなかったから。もうお腹に穴が開いて死ぬところだったよ」

「元気になってよかった」

「ありがとうね。ヒデオ君。キミが(ちから)をくれなかったら逃げられなかった」

「いや、俺もリザさんの助けがなかったら何もできなかった」


 リザさん。その言葉にミャルはハッと目を見開いて体を起こす。


「そうだ! リザ! リザはどうなっているの?」

「俺とミャルを逃がすためにデストルケンと戦った。たぶん、もう捕まってる」

「助けないと!」

「ダメだ」


 立ち上がろうとしたミャルの肩を抑える。


「一晩休もう。完全に回復するまで動いたらダメだ」

「でもその間にリザが殺されたら!」

「大丈夫。あいつは先代魔王の意志を継ぐ者を一人残らず処理したいはず。だからお前をおびき寄せるためにリザさんを囮に使う。すぐには殺されない」

「……わかった」


 おや、意外に素直。頑固姫のことだからもっと言い返してくると思ったけど。

 肩透かしを食らったおかげで、次の話題に移行しそびれた。

 狭い小屋に無言の時間が訪れる。

 森の中は冬のように寒い。

 薄着の俺、ワンピースのミャルは自然と一枚の毛布に一緒にくるまる。肩が触れ合い、体温が交わる。

 外が暗くなり、ミャルが天井からぶら下げた紐の先に魔法で火をつけて灯りの代わりにした。バースデーキャンドルのようであり、停電時の蝋燭のようだ。ミャルを救い出せた喜びと、困難な現状を生み出した罪悪感。

 横に目を向けると、鼻の先まで毛布の中に入れて目を瞑る水色髪の少女。

 華奢な体は先代魔王の大きな背中を追い求めている。今、その背中は闇に飲まれ、見失いそうになっている。

 原因を作ったのは、俺。俺が裏切ったから窮地に陥ってしまった。

 この世界に戻ってきた目的の一つ。

 信頼してくれていた相棒への謝罪。

 だから意を決して沈黙を破った。


「ごめ「ごめんなさい!」」


 俺の声は小屋の外まで響く萌え声にかき消された。


「ヒデオ君が台本を無視したのって、きっと私のためだったんだよね」

「え?」

「知ってたよ。私の性格が魔王に向いていないってこと」

「ミャル……」

「そんな私を見かねて魔王の振る舞い方を教えようとしてくれたんだ。それなのに私、ムキになって追い出して。本当にバカだった。拘束されている間もずっと後悔していた」

「俺もだ。なんで勝手に先走ったんだろうってずっと後悔していた」


 俺たちは同じ場面でお互いに罪悪感を抱いていたようだ。仲がいいんだか悪いんだか。


「本当にゴメン」

「なんでヒデオ君が謝るの? 悪いのは私だよ」

「いや俺が悪い」

「私!」

「俺!」


 付き合って三日目のカップルのような謝罪の押し付け合い。

 前までバカップルの下らないやり取りを見るとイライラしていたんだけど、意外と本人たちは真剣だということを今知った。今度見かけたときは舌打ちするのはやめておこう。


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