第23話 魔王城潜入
目を開けた瞬間、そこが異世界だと分かる景色があった。
都心の地下にある貯水施設のように広い空間。真ん中を図々しく横切る絨毯は返り討ちにした人間の血を練り込んだように赤く、左右には燭台を頭に乗せた黒い石柱が訪問者を見下ろすように立ち並んでいる。
ラスボス前の雰囲気が漂う荘厳な廊下。
俺はこの場所を知っている。
魔界の巡回業務に出るときに必ず通る場所。ミャルのボイスルームのモニターから何度も見た場所。
魔王城の最上階。階段を上ってすぐにある魔王の間へと続く最後の廊下だ。
「大丈夫そうですね」
周囲を警戒していたリザさんが小声で立ち上がる。
「予想通り兵士は出払っているようです」
「たしかに静まり返ってるな」
現在のフロアはもちろん、下の階からも兵士の声や足音は聞こえてこない。普段は廊下の手前で立哨する兵士がいるんだけど、その姿も見えない。
脱走したリザさんを捕まえるために全員で城の外を探しているんだ。
ただ一体を除いて。
まっすぐ伸びる絨毯が導く先。金のドラゴンの装飾があしらわれた両開き扉の向こうに、奴がいる。
リザさんも察知しているようで、声を潜める。
「魔王の間にいます。ただならぬ邪気が廊下まで漏れ出ています」
「で、どうやってミャルを救うんだ?」
ミャルの部屋へとつながる隠し扉は部屋の反対側にある。部屋の真ん中で俺たちを待ち構えているデストルケンに見つかることなく辿り着くのは不可能だ。
「まさか勝ち目のない真っ向勝負を仕掛けるわけじゃないだろうな」
「ありえません」
そう言うと、リザさんは趣のあるスケルトンキーを差し出した。
「これは?」
「隠し扉の鍵です。これ一本しかありません。受け取ってください」
「俺が持ってていいのか?」
「あなたじゃないとダメなのです」
リザさんが哀愁を感じさせる笑みを浮かべる。
「この世界の誰もが異世界に行けるわけではありません。私があなたの世界に行き来できているのは、転送魔法が抜きんでて得意だからなのです」
「! じゃあミャルの部屋までテレポートすればいいじゃないか!」
「残念ながらミャル様の部屋へと続く壁には防魔結界が張られています。先代が大事な一人娘を守るために設置したのですが、まさか致命的な障壁になるとは」
「そうだった……」
じゃあ隠し扉の手前までしか侵入できないってわけか。デストルケンが待ち構える魔王の間までしか。
「さらに言うと、転送魔法を使えば少なからず魔力の匂いが生じます。同じ部屋にいる相手にはすぐに気付かれてしまうでしょう」
正面の入り口を使わずに魔王の間に入れるのはいい。
でも、結局デストルケンにはバレてしまう。
俺の記憶の限りでは、隠し扉から玉座までは鎧を着たミャルの歩幅で二十歩ほど。
デストルケンがその気になれば三秒とかからない距離。鍵を開けるので精一杯だ。
「だから私が足止めします」
淡々と続ける。
「作戦はこうです。一緒に隠し扉の前まで瞬間移動します。我々の侵入に気付いたデストルケンはすぐさま襲い掛かってくる。それを私がなんとかして食い止めます。英雄様はその隙に隠し扉を開け、廊下を進み、ミャル様の部屋に行きます」
「俺が……」
「ミャル様は拘束されているでしょう。おそらく魔力を制限するロープが使われています。人間の力では切断することができないので、これを渡しておきます」
小型のアイスピックだ。
「魔力を込めておきました。これを使えば非力なあなたでもロープを引き裂けるでしょう」
「でも、リザさんはいいのか?」
足止めは所詮使い捨て。無事では済まない。
「私への気遣いは不要です。私たちの目的は合致しています。ミャル様を救い出すこと。違いますか?」
有無を言わさない瞳。そんな覚悟を見せられたら拒むわけにはいかない。
「わかった。ミャルを解放したらすぐにボイスルームに入ってリザさんを助けに」「なりません」
ぴしゃりと遮られる。
「ミャル様はおそらく衰弱しています。デストルケンは私をおびき寄せるためにミャル様を殺すことはしないでしょうが、一方でミャル様の力を把握していない以上、拘束だけというのは不安が残る。抵抗できないレベルには弱らせていることでしょう。なので、まずは回復していただきます。逃げてください」
「逃げるって言っても、ミャルの部屋から出るには魔王の間に戻るしかないじゃないか」
「大丈夫。隠し出口がありますから」
「ああ、そういえばミャルが鎧を着ずに城外に出るとき、隠し出口を使っていたっけ」
「緊急時にミャル様が脱出するために用意されたものです」
「どこにあるかわからないんだけど」
「私も知りません。ミャル様に聞いてください」
「わかった」
リザさんを囮にミャルを隠し出口から逃がす。
心苦しいが、それ以外に手段は見つからない。
「……回復したら必ず助けに行く。ミャルと一緒に」
「来るな、と言いたいところですが、ミャル様のことです。馬鹿正直に正面から助けに来ることでしょう」
「だろうな」
「それまで拷問に耐えるとしましょうか」
覚悟を固めたリザさんの微笑みは、散り際の薔薇のように儚く見えた。
「さあ。おしゃべりはもう十分。城兵が帰ってくる前に始めましょう」
足元に紋章が浮かび上がる。
白い光が視界を覆いつくし、いよいよというとき。
「英雄様。最後に一つだけ。告白したいことが」
逡巡の混じった声。
「なんだ?」
「あなたをこの世界に連れて来たのは声優の素人を声勇に選んだから、と伝えましたが、あれは嘘です」
「なんで今その話を?」
「本当は、あなたの声が先代魔王にそっくりだったから」
「え?」
俺の声がミャルの父さんに?
「私も甘いものです。先代の声を手に入れて喜ぶミャル様の顔がつい見たくなってしまった」
「リザさん……」
「ミャル様を頼みましたよ」




