第22話 ミャルを救うために
ぼろぼろの姿で俺の部屋に現れたリザさん。
彼女がふるまってくれた朝食を食べ終えたところで、本題に入る。
対座するリザさんは開口一番恨めしそうな声で言った。
「デストルケンに裏切られました」
「!」
魔王の座を狙う四天王最強の魔物。危険因子だとは思っていたが、やはり奴が絡んでいるのか。
リザさんは悔しそうに語り出す。
「私がミャル様を穏便に失脚させる。デストルケンはそれまで手を出さない。そういう約束だったのですが……」
「どうして? 俺を追い出したことで約束は果たしたんだろ?」
「ええ。声を失ったミャル様は憔悴した様子でした。それでも魔王業務を続けておられましたが、意思疎通が取れなければお話になりません。自ら魔王の座を降りるのは時間の問題だったでしょう」
「じゃあデストルケンは何もしなくても魔王になれたじゃないか。わざわざ裏切らなくてもいいのに」
「私もそう思っていました。慎重な性格のデストルケンのことですから、あと数日我慢するだけでミャル様との戦闘を避けられるのならその道を選ぶ、と」
「でも実際は違った」
「理由はわかりませんが、奴は焦っていました。『早くしないと手遅れになる』と」
手遅れ?
「おそらくですが『最強の勇者』の存在だと思います」
「……そういえばあいつ、最強の勇者が誕生したとか言っていたな」
「だから一刻も早く魔王に就任して対策を練りたかったのでしょう。私が勘づいていれば一足先にミャル様を逃がすことができたのに……」
ぎゅっと唇を噛む。
「あと一日待ってくれと頭を下げたのですが、タイムオーバーを宣告され、私は拘束されてしました。隙を見てあなたの部屋に逃げるまでずっと鞭打ちです」
それであんなにボロボロだったのか。
「って、ちょっと待て! ミャルは? ミャルはどうなった?」
リザさんは長いまつ毛を伏せる。
「……デストルケンに敗北し、拘束されてしまいました。ミャル様の自室に監禁されているとは聞きましたが、どのような状況かは把握していません。私はデストルケンの部屋で磔にされていましたから」
「でも隙を見て逃げたんだよな? 助けに行かなかったのか? 家臣だろ!?」
「行きましたよ!」
強い口調で問い詰めると、リザさんは身を乗り出して声を荒らげる。その目端には光る雫が。
……そうだよな。ミャルが小さいときから育ててきたんだ。もはや母親同然。
大事な子供が自分の選択ミスによって危険な目に遭っている。
ちょっと仲良くなっただけの俺ですら心臓が張り裂けそうなんだから、リザさんの心中は大荒れだろう。
怒りは一瞬。リザさんは消え入るような声で、
「魔王の間にはデストルケンが自ら見張りをしていました。万全の状態の私ですら勝ち目がないのに、手負いではとてもミャル様の部屋に辿り着くことはできません」
「だから安全な場所に逃げて態勢を立て直すわけか」
コクリと頷くリザさん。太ももの上で握られた拳が痛々しい。
一通りの事情を聴き終えたところで、沈黙が訪れる。
重苦しい空気。外は快晴なのに、ふたりの頭上にだけ鉛のような曇り空が広がっているようだった。
ミャルは無事だろうか?
俺の声を信頼してくれたミャル。
俺の声を勇気が出ると褒めてくれたミャル。
裏切ったとき、悲しそうな顔を浮かべたミャル。
頭の中で様々なミャルが駆け巡る。
「……気落ちしている場合ではありませんね」
沈黙を破ったのはリザさんだった。
「早く助けに行かないと」
「戻るのか?」
「デストルケンは部下を使って私をしらみつぶしに探していることでしょう。城内を探し終え、今は魔王城近辺を捜索しているはず。つまり城内は手薄。ミャル様を救出するチャンスは今しかありません」
「でもミャルの部屋に行くには魔王の間を通らないといけないんだぞ。デストルケンは絶対にそこにいる。勝てるのか?」
「無理でしょうね」
「死にに行く気かよ」
「あなたが心配することではありません。もう関係のないことですから」
リザさんらしい素っ気ない言葉だ。
「悠長にしている場合ではありませんね。下がってください」
リザさんはテーブルを移動させると、詠唱を始める。白く光る紋章が床に展開される。
「もう二度と会うことはありませんが、この御恩は忘れません。ありがとうございました」
部屋の隅に避難した俺は考える。このまま異世界に帰るリザさんを黙って見送っていいのだろうか? と
裏切ってしまったミャルがピンチに陥っている。
謝るチャンス、挽回するチャンス。そして、
『ヒデオ君の声に勇気をもらった』
誰もが恐れる怖い声を。敵役の声を。初めて認めてくれた小さな魔王。
彼女を支えることこそが俺の生きる意味。
そう思うと、立ち止まる理由は思いつかなかった。
「待ってくれ」
一歩、大きな歩幅で紋章の内側に入る。
リザさんは切れ長の目を細めて警告する。
「出てください。このままでは英雄様も巻き込んでしまいます」
「それでいい。俺も行く」
「ご自分の種族を把握していますか? 足手まといです」
「たしかに俺は貧弱な人間。でも、ただの人間じゃない。声勇者だ。ミャル専門の。俺がいればミャルは本領発揮できる」
先代魔王の血を引くミャルは魔王軍でも随一の強さ。それなのにあっけなく捕まった。
「敗因はコネクト値が低かったこと。違うか?」
リザさんは顎に手を置いて逡巡する。
「そう……ですね。英雄様を失ったあとは筆談を駆使していましたが、明らかに調子が悪そうでした。声が出せないことで理想の魔王が遠ざかったことが原因でしょう」
「俺の声でミャルを強化する。デストルケンに勝つにはそれしかない」
「たしかにミャル様がコネクト値を高めることができたら、あるいは」
「だろ? だからリザさん。頼む。俺をミャルのもとに連れて行ってくれ」
「しかし危険な賭けになります。ミャル様のもとに辿り着く前に死ぬ可能性が高いです。それでもよろしいですか? たかだか一か月一緒に過ごしただけの異世界の魔物のために、この世界で平穏に生きる権利を捨てる覚悟はありますか?」
「ある」
即答。
「このままミャルを見捨てるくらいなら死んだほうがマシだ」
誰かを救うために声優になりたかった。
誰も救えないと思ったから自分の声が嫌いになった。
今、俺の声を必要としてくれている人がいる。
だったら行くしかない。
「いいのですか? 悲しむ家族がいるんじゃないですか?」
「……そりゃあな」
一人しかいないけど。
勇者みたいにカッコいい親父。
親父は悲しむだろうな。
なんだかんだで俺のことをずっと気にかけてくれていたから。
(でも、親父だってこうするだろ? なんたって俺の憧れのヒーローだからな)
もし俺が死んだら親不孝な息子を呪ってくれ。
俺の熱意に根負けしたリザさんは「わかりました」と頷いて、
「では行きましょう」
再び異世界へと飛び立った。




