第21話 エルフメイドが作った朝ごはん
フローリングの上で乱れた長い銀色の髪。側頭部から伸びる長く鋭い耳。そしてメイド服はところどころ切り裂かれ、赤黒く染まっていた。
バイトから帰った俺を出迎えたのは、傷だらけで横たわるリザさんだった。
「リザさん!」
急いで駆け寄り、肩を抱いて声をかける。鋭い眼力が印象的な双眸は弱弱しく閉じられている。
「大丈夫か?」
「うぅ……」
悪夢にうなされているようなうめき声。とりあえず生きているようで一安心。
肩を抱いたまま患部に目を向ける。鞭で打たれたような浅い傷が全身にある。
拷問を受けたのか? なぜ?
そもそもなぜこっちの世界に? 二度と会わないと言っていたのに。
疑問は山ほどあるけど、今は後回しだ。
お姫様抱っこの要領で体を持ち上げる。俺と同じ身長なのに軽々持ち上げられた。
そっとベッドに下ろす。
「とりあえず血を拭かないと」
そう呟いて、ごくりとつばを飲み込む。
眼下に横たわるエルフの女性。黒いロング丈のワンピースの上に白いエプロン。これらを脱がさないといけない。
同意なく女性の服を脱がすなんて抵抗はある。
でも緊急事態。
やるしかない。
まず彼女の上半身を起こし、正面から抱きかかえる形で支えながら後ろの紐をほどき、エプロンを外す。次に背中のボタンをはずし、ワンピースの中に手を入れて腕を抜き、頭から引き抜いた。そして最後に下着を脱がす。
麗質の肢体が露わになった。
滑らかな白い肌。美しく、艶やか。幻想的な輝きは、窓から差し込む月明かりが霞んでしまうほどの神々しさがある。
一瞬、思考が止まった。
でもそれは一瞬。
やるべきことをしよう。
濡らしたタオルで傷口を拭いていく。ついでに乾いたタオルで全身の汗も拭く。小ぶりな胸周りや鼠径部はさすがに躊躇したけど、割り切って拭いた。
介抱の甲斐もあってか、苦悶の表情が徐々に和らぎ、うめき声も心地よい寝息に変わる。
「よかった……」
その様子を見てようやく緊張の糸が切れた俺は、どっと押し寄せてきた疲労と眠気に耐え切れず、そのまま床の上で横になる。仮眠のつもりで目を閉じたときには、もう夢の世界にダイブしていた――
「はっ!」
目を覚ましたとき、カーテンが開けられた大窓からは陽の光が差し込んでいた。時計を見る。午前十時。
やべえ。半日近く寝てしまった。
「いてててて」
上半身を起こすと背中が痛む。床の上で寝ていたようだ。
寝ぼけていた俺は「なんでこんなところで寝てんだ?」と首を傾げたが、もぬけの殻になったベッドに目を向けたとき、幻想的な裸体がフラッシュバックした。
「そ、そうだ! リザさんの看病をして……」
どこにいった? 傷はもう治ったのか?
寝起きの体に急いでエンジンをかけたとき、最初に感じたこと。
「匂い……」
匂いというと昨日の血の匂いが蘇るけど、安心していい。
世の中には不快な匂いと心地いい匂いがある。汗とか血とかは前者、香水や食べ物の匂いは後者。
今、俺の鼻をくすぐっているのは後者。
そうだな。シトラスの香りを纏ったメイドが魚を焼いているような、そんな匂いだ。
ぐうとお腹が鳴る。そういえば昨日は夕飯食べなかったな。
無意識のうちに匂いの方へと足を運ぶ。居間の扉を開け、キッチンが併設された廊下に顔を出した。
「起きましたか」
「り、リザさん!」
銀髪メイドがキッチンの前に立っていた。
「なにをしているんだ……?」
「英雄様。料理はしないようですね。鍋は埃まみれ。グリルは汚れひとつありませんでしたよ」
「一人暮らしの男なんてそんなもんだよ……じゃなくて! 傷はもう大丈夫なのか?」
「舐めてもらっては困ります。これでも魔王軍の四天王。あの程度の傷、一晩眠れば治ります」
四天王ってすげー。
「それを聞いて安心したよ。昨日は苦しそうだったから」
「苦しかったのは事実です。でなければ下等生物の部屋に逃げ込むような生き恥は晒しませんので」
ここまで悪態をつけるならもう大丈夫だな。
「なにがあったんだ?」
リザさんは問いに応えず、グリルを引き出してこんがりと焼けたサンマを二尾取り出し、大根擦りが添えられた皿に移す。さらに味噌汁とご飯を注ぎ、居間のテーブルに運ぶ。
ぼーっと突っ立っていると、座れと目で合図されたので、おずおずと腰を下ろす。
「早く食べてください。冷めますよ」
「ど、どうも」
有無を言わさぬ圧に押され、箸を取る。
それから暫し黙食。
リザさんが気難しいので声をかけられない?
違うな。
単純に料理がうますぎて箸が止まらなかったから。
どれも絶品。大和撫子でもここまで上手くできないだろうと思えるほどうまい。エルフ和食最高!
あっという間に完食。リザさんは空になった皿を流しに運び、皿洗いを始めた。なんて理想的な嫁ムーブ。惚れてしまうよ。
「料理上手なんだな」
居間から声をかける。
「ミャル様のご飯は私が作っていましたので。それに声勇者を探すためにこの世界に滞在していたときに自炊をしていました。日本料理も熟知しています」
「なんでこんなことを?」
「助けてもらったお礼です」
「だったらなにがあったか聞かせてくれるよな?」
「……そのつもりです」
蛇口の音が止まり、戻ってきたリザさんが正面に座る。背筋がピンと伸びた美しい正座だ。
「デストルケンに裏切られました」




