第16話 魔王の資質
リザさんが俺にミャルを指導してほしいと土下座してきた。
「でも指導って、いったいどういうことですか?」
「ミャル様の魔王の資質についてです」
あー、そういえばリザさん、初日に言ってたな。優しい性格のミャルは魔王に向いていないから辞めるべきだって。あの後も、ちょくちょくミャルの甘すぎる対応に苦言を呈していた。見かけによらず頑固なミャルは聞き入れなかったが。
「ヒデオ様はミャル様の振る舞いについてどう思いますか? 甘すぎると思いませんか?」
ミャルの中の人として、読み上げたセリフの数々を振り返る。
率直な感想。
「俺もそう思う」
はっきり言ってこの一か月、ミャルが魔王向きの性格じゃないことを強く実感していた。
例えば市民同士の些細な喧嘩に自ら赴いて仲裁に入る。フットワーク軽すぎだろ。魔王はもっとどっしり構えておくべきだ。
例えば迷子の子供を保護し、家を探してあげる。他のやつでもできるだろ。
例えば襲撃者を無罪放免にする。王に対する反乱だぞ。死刑とまでは言わないけど、牢獄に閉じ込めても問題ないはずだ。こんなことをするから反乱が収まらない。
例えば昨日の朝、門番に欠伸交じりに挨拶された時は絶句した。それを気にも留めないミャルにさらに絶句した。部下にすら舐められている。
魔王ってもっと残酷で、配下から恐れられるくらいが丁度いいと思うんだよ。それくらい圧を強めていかないと、血の気の多い魔物たちはすぐに反旗を翻そうとする。魔界の統治は不可能だ。
でも、それを進言することはなかった。
声優学校に入る前、親父に教わった声優の基本原則を今でも胸に刻んでいるから。
「いいか英雄。主役はキャラクターだ。キャラクターあっての声優だ。声優になるなら間違っても自我を出すなよ」
俺は親父の教えに従って演技に徹してきた。主役はミャル。俺は声帯なのだと信じて。
でも、本当は迷っていた。このままミャルが間違えた道を進むのを黙って見過ごすのが相棒の正しい在り方なのか? 忠告するべきなんじゃないのか?
リザさんは「やはりあなたの目にもそう映りますか」ため息をつく。
「ミャル様は魔王に向いていません。それは私だけでなく、先代魔王も同じ意見でした」
「ミャルの父さんが?」
「先代はミャル様のことを想って魔王軍に紹介しなかったのです。伝手がなければ魔王への道は閉ざされますから」
「それが秘密の部屋に隠匿していた理由だったんだな」
「さらに、ミャル様を魔王にさせないよう世話役である私に命じました。あなたをここに連れてきたのもその命令があったから」
「え? 俺?」
「あなたは声優ではありませんよね」
「知ってたのか」
ええ、と澄まし顔で頷く。
「実はあえて声優じゃない人間を声勇者に選んだのです。声勇が棒読みの役立たずだったらミャル様も諦めがつくかと思いまして。さすがに声質まで不適当な人間を連れてきては私の信頼が落ちますので、地声だけは魔王っぽい素人を選びました」
そういう事情があったのか。
「ところが俺が思いのほか上手くこなしてしまったと」
「誤算でした。まさか声優学校に通った経歴があり、かつ父親が有名声優だったとは」
結果、ミャルは声勇を手に入れ、魔王業を順調に進めてしまった。
「こうなってしまった以上、もうミャル様の甘々な性格を変えるしかありません。厳しさを覚えてもらうことが、結果としてミャル様ご自身を守る最善の手段となるとなるのです。力を貸してください」
俺としてもミャルが極甘魔王のままだと、近いうちに大きな謀反が起こるという確信がある。
今は雑魚的ばかりだから跳ね返せているけど、デストルケンが先頭に立って一斉に蜂起された日には、どうなるかわからない。
そうならないためにも、性格矯正には賛成だ。
「主張は理解した」俺は一つ頷いて、「でも俺にできることってあるか? 付き合いの長いリザさんですら説得できないのに」
「いえ。あなたにしかできないことです」
「俺にしか?」
「はい。ミャル様を乗っ取ってください」
……。
「は?」
「ですから、乗っ取るのです。声勇が、本体を喰うのです」
「言っている意味が」
「ではわかりやすく言いましょう。明日の謁見の時間、ミャル様の意志を無視して冷酷な魔王のセリフに改変してください」
「台本を改変!?」
それはあまりにも声優の常識とはかけ離れた提案だった。
リザさんが言うには、つまりこういうこと。
「魔王様! 犯罪者を連れてきました。どのように罰しましょう」
『これからは気を付けてね』
「今回は見逃そう。ただし次はないと思え」
というセリフを、
「魔王様! 犯罪者を連れてきました。どのように罰しましょう」
『これからは気を付けてね』
「罪を犯す不届き者は断じて許さん。死刑だ」
こんな風に、台本とは違うセリフを読み上げる。
声優だったら一発でクビ案件だな。
「頑固なミャル様にはなにを言っても無駄。ならば、その身に直接叩きこめばいい。『冷酷な振る舞い』が周囲にどんな変化をもたらすのかを肌で感じてもらおうというわけです」
自分の口から意図しないセリフが発せられる。ミャルからすれば乗っ取られた気分になるだろう。
でもリザさんの言う通り、たしかにミャルが急に厳しい態度を取るようになったら、部下たちは戦々恐々となるだろう。言葉遣いや姿勢が改善され、緊張感が魔王城を支配するようになる。反逆者も安易な行動を控えるようになる。メリットだらけだ。
ミャルがその空気感を体感することで『厳しさ』の必要性を知ることが出来たら、彼女は魔王の適正を高めることができる。
強引。だけど、ダイアモンドよりも堅いミャルの甘さを捻じ曲げるには、これくらいの劇薬が必要なのかもしれない。
悪くない作戦。
「でも絶対怒られるぞ」
「全責任は私が取ります。あなたは私に脅されたと言えばいい」
「そんなことをしたらリザさんが……」
「心配ご無用。優しい我が主のことです。ひどい目に遭うことはないでしょう。逆に私に死刑を宣告するようなことがあれば、その瞬間がミャル様の独り立ち。安心して先代のもとに逝けます」
強い語調で言うリザさん。決意は本物だ。
俺としてもミャルの振る舞い方には疑問を抱いていたわけだし、これを機にもっとまともな魔王になってくれると演技にも気合が入るというもの。
親父の教えには背くことになるけど、仕方ない。
「わかった。やってみる」
安易に請け負った。
ミャル自身が成長するために必要なことなんだ。
そう言い聞かせて。




