第13話 襲撃者と優しい魔王
魔界の街に降りて見回り業務をしていたところ、襲撃者が現れた。
「オーガ族の者ですね」
リザさんがミャルと襲撃者の間に立つ。
「このお方が誰か知っての狼藉ですか?」
「新しい魔王様なんだろ? しかも先代の子供らしいじゃねえか」
大きな戦斧を肩に担ぎ、ミャルの足元に唾を吐く。
態度でわかる。コイツはデストルケンと同じミャルを狙う武闘派だ。
「ったく。せっかく戦争も出来ない臆病な魔王が消えてくれたと思ったのによ。今度はぽっと出のバカ息子が魔王か。これじゃあ魔界の未来が危ういぜ」
「最後通牒です。口を慎みなさい」
「うっせーな。俺は戦に飢えてんだよ。平和なんていらねえ。それを邪魔するなら、魔王だろうがぶっ殺してやる!」
大斧を構えるオーガを見て「よほど死にたいようですね」リザさんが殺気を纏う。腰を低くしてスカートの内側に仕込んでいたアイスピックを取り出す。
「公の場での処刑は気が引けますが、仕方がありません。魔王軍四天王である私がお相手します。ミャル様は下がっていてください」
「待て」
ミャルがリザさんの肩を掴んで前に出る。
「ちょうどいい機会だ。我の実力を見せてやろう」
ちなみに原文は『私が戦うよー』です。
「し、しかし! オーガ族は上位種族。ミャル様が本来の実力を出すことができれば取るに足らない相手ですが、声勇のパフォーマンス次第では負けてしまうかもしれません」
「いつかは戦わねばならないのだ。父上の代わりが務まることを証明しなければ、反乱は抑えられないからな。それで死んだなら、魔王の器が無かったというまでのこと。なに、安心しろ。一瞬で終わらせる」
すげえかっこいいこと言ったけど、ハードル上げないでもらえます? マジで自信ないから。
いや、戦闘にビビッて声が震えそうってこともそうだけど、それ以上に、戦闘シーンって特に演じるのが難しいんだよ。
アクロバティックな動きに合わせた呼吸、迫力のある勇み声、吐息の挟み方、痛みに対するリアクション。普通に生きていたら経験しない場面だからこそ、想像力と技術が求められる。
それに今回はアテレコじゃない。ナウレコだ。台本が出てきたときには次のシーンに移っているかもしれない。セリフ読みが間に合わない。
じゃあ台本を無視してアドリブでやればいいじゃないかと思うかもしれないが 動く人間に声を当てるなんて滅茶苦茶難しい。ぬいぐるみショーだって事前に録音された声にぬいぐるみの演者が合わせるんだ。逆は聞いたことがない。
このままだと下手くそな演技がミャルのコネクト値を下げてしまう。リザさんの言う通り、こんなモブ相手に負けてしまうかもしれない。
(せめて何か便利なサポート機能でもあればいいんだけど)
『あるよ』
(え? あるのか?)
『うん。先読み機能があるよ』
(なんだよー。それを先に言ってくれよなー。まったく――)
――心の声で会話が成立している件について。
一言も発していないのに台本上で答えが返ってくる。
頭の中を読まれている? 読心術?
『読んだわけじゃないよ。聞こえてくるんだ』
(どういうことだ?)
『ボイスルームは私の体内に生成された部屋。その中にいるヒデオ君も私の一部になるの。だから、ある程度意識の同期ができるんだよ。ヒデオ君が部屋のどこにいるのか、どんな体勢なのか、なにを考えているとか、大雑把に伝わってくるんだ。時間がかかったけど、ようやく馴染んできたよ』
(ミャルの一部ってことは、俺にもミャルの感覚が共有されるのか?)
『意識を私に接続してみて。私がどう動こうとするか先読みできるはずだよ。事前に動作を察知できれば、声もあてやすくなるでしょ?』
(助かる!)
さっそく外の世界に意識を向けると、ミャルの感覚が俺の神経に重なる感覚があった。伝達系から指先の微細な筋肉まで、ミャルの身体的な状態が伝わってくる。両手はリラックスしている反面、足には力を入れて、いつ襲い掛かられても対応できるように構いている。
思考もおぼろげながら伝わってくる。この怪物をいかに傷つけずに制圧するか。そんな甘い考えが流れ込んできた。
すごい。ミャルの体に憑依した気分だ。
ただし、こちらの思考はかなり正確にミャルに届くみたいだけど、ミャルの思考はおぼろげにしか伝わってこない。結局セリフ読みは台本に頼らないといけない。
「おい。いつまで突っ立ってんだ? 売られた喧嘩を買えねえほど臆病なのか? かかってこいよ、新魔王様よぉ」
オーガが斧の先を向ける。鋭い両刃は分厚い鎧をも真っ二つにしてしまいそうだ。恐ろしい。
(おいミャル。こんな怪物を言葉で説得できるとは思えない。傷つけずに終わらせるなんて甘い考えは捨てて戦うしかないんじゃないのか?)
『ダメ。戦わない』
(じゃあどうするんだよ)
『力の差を見せつける』
(正気か!?)
『大丈夫。私はヒデオ君が思っているよりも強いんだよ。あとはキミが声をあててくれれば敵じゃない』
(……わかった。お前を信じる)
「そうかそうか。俺様の圧にブルっちまって声も出せねえか。そりゃそうか、ずーっと雲隠れしていた温室育ちのおぼっちゃんだもんな」
なおも煽るオーガだが、全く動じないミャルを見て、舌打ちをしてから大斧を振り上げる。
「いいぜ。そんなに死にてえなら……今すぐ殺してやる!」
空気を切り裂く音をたてながら振り下ろされた凶器。
ミャルが動かしたのは、右腕。すっと頭上に伸ばし、そして、親指と人差し指で刃をつまんだ。
衝撃波。空気が揺れ、砂埃が舞う。
大地を砕くエネルギーを乗せた刃は、ピタリと停止した。たった二本指の真剣白刃取りで。
「は?」
オーガが丸太のように太い両腕で引き抜こうとするが、ビクともしない。
『さあヒデオ君。あと一押しをお願い』
(ああ)
俺は『取るに足らない格下を完封する魔王』に自己投影し、たった一言、
「貴様の斬撃を止めることなど、ハエを捕まえるよりも容易なことだ」
これが決め手。
斧にひびが入り、粉々に砕け散った。
クールな魔王の演技がコネクト値を高め、ミャルの力を引き出したんだ。
「ひ、ひぃぃぃ!」
自慢の斧を木っ端みじんにされたオーガは、噛ませ犬のように尻もちをついて慄いたあと「助けてくれぇぇ!」群衆をかき分けて逃げ出した。
「待ちなさい!」
「リザ。追う必要はない」
「ですが!」
「いいんだ。これでわかってくれればいい」
命を狙う反逆者にすら慈悲の心を向ける。
俺が声を担当する魔王様は、天使のような極甘ちゃんだ。




