第12話 魔王業務その2 魔界の見回り
謁見業務のあとは魔界の見回り業務。
「魔王たるもの、家臣だけではなく、民の意見に耳を傾けることも必要です。街へと繰り出して民の声を直接聞きましょう」
リザさんとともに雷鳴轟く荒れ地の真ん中にそびえたつ魔王城を出て、東に進んだ先にある魔界の中心都市にやってきた。
魔界の都市って聞いたときはマグマが沸き立ち雷が降り注ぐ地獄のような環境を想像していたけど、全然そんなことはなく。
レンガ造りの家屋に石畳の大通り。馬車(馬っぽい魔物だけど)が走り、沿道には青空市場が並んでいる。歩いているのが人間じゃなくて魔物だということ、憂鬱な雲が空を覆っていることを除けば、中世のヨーロッパのような風景だった。
へえ。魔界って意外と文明的なんだな。なんてボイスルームの椅子に腰かけながら観光気分で感想を呟いたのも束の間。
「新魔王様ですよね?」「おお! あなたがベルフェーレン二世ですか!」「お父様の信念を継いでいただき感謝しかありません」「魔界の発展は先代のおかげです! これからも是非がんばって下さい!」
ミャルの魔王就任のニュースはすでに魔界中に広まっていたらしく、漆黒の鎧の存在に気づいた通行人が群がってきた。
セイレーン、ケンタウロス、グリフォン。様々な魔物の敬意を込めた眼差し。まるで成田空港に降り立ったハリウッドスターになった気分だ。
疑似的に魔王を体験できることがこれほど幸せだとは思わなかった。台本を読む声も少し上ずってしまう。
「皆の支持に感謝する。父の想いを受け継ぎ、平和な世界の実現に向けより一層邁進していく所存だ」
おおおお! と歓声が上がる。自分の声が場を支配していると思うと気持ちがいい。
「今日は民の声を聞きに来た。不満や要望があればぜひ聞かせてくれ。一列に並ぶのだ」
こうして始まった相談タイム。
ここからが地獄だった。
とにかく相談者の数が多い。群がっていた魔物だけでも三十体以上いたのに、さらに沿道の建物にいた魔物たちが騒ぎを聞きつけ続々と出てきた。
さらに悪いことに、ミャルの対応が無駄に丁寧なんだ。じっくり話を聞いてから、しっかり考えて答えを出すものだからテンポが悪い。
王と民との交流なんて一言交わすだけでいいのに。優しい性格のミャルには雑な対応が出来ないらしい。
結局、五時間かかっても列を解消できず、リザさんの判断によって強制終了となった。
ずっとセリフを読み続けていた俺は疲労困憊。フラフラになりながら椅子に座る。
立ちっぱなしで喋るのって意外と体力使うんだよな。しかも、ただ自分が喋りたいことを声に出すわけじゃなくて、台本に書き出される文章をさも自分が喋っているかのように頭をフル回転させながら演技しないといけない。
マジでキツイ。これならラーメン屋の厨房で頭を空っぽにしながら働いていた方がよっぽど楽だ。
『お疲れさまー』
くそ! 魔王様は立ってるだけでいいから羨ましいな!
「お疲れ様です」とリザさん。
「あ、お疲れ様です」
「あなたに向けて言ったわけではありません。下等種族風情が勘違いしないでください」
「ごめんなさい……」
いい気になってたけど、俺って魔王じゃないもんな。とほほ。
「罵倒ついでにヒデオ様にお尋ねします。民の声がやけに肯定的なものばかりだったと思いませんか?」
唐突な話題に困惑したが、リザさんの言葉の意味はよくわかる。
相談とは言うけど、実際は先代の死に対しての餞別の言葉、激励、支持表明といったポジティブなものばかりだった。この街に限ればミャルの指示率は百パーセントという印象。
「教えてあげましょう。この街を作ったのは先代なのです」
リザさんは文明的な街並みを見渡しながら言った。
「昔は何もない荒れ地でした。それを先代が人間界の技術を流用して造り上げたのです。街並みだけではありません。社会構造にも革命を起こしました。無秩序で野蛮な世界に法律を作り、通貨を作り、誰にでもチャンスがある社会を作りました。例えばあちらのレストラン」
リザさんの視線の先。沿道の建物の一階に構えるお店。看板には『ゴブリンレストラン』と書かれている。
「魔界で大人気のお店です。経営しているのは魔界でも最弱の種族であるゴブリン。昔なら強力な魔物に睨まれないように洞穴でひっそりと暮らすことしかできなかったのに、今では資産と名誉を手に入れ、充実した日々を送っていることでしょう。先代の改革で救われたのです。他にも、この街に住む魔物はみな先代のおかげで地位を得たといっても過言ではありません」
混沌とした世界に秩序を与えた。ゲームだと主人公サイドがやりそうなことだな。
なるほど。この平和な街並みを見れば、ミャルが平和路線を譲らないのも理解できる。
「しかし今の魔界を良く思わない魔物もいます。デストルケンのように、武力で世界を支配したい輩も多い。力を持つものからすれば、ルールに縛られた現在の魔界は息苦しいのでしょう。結果、先代の世界を支持する穏健派と、従来の魔界に戻したい武闘派で分断が起きているという状態です」
『それでも魔界の秩序が保たれていたのは、パパが誰よりも強かったからなんだよ』
強い魔物ほど力がものをいう世界を好む。闘争になれば必ず武闘派が勝つことになる。
そうならなかったのは、ミャルの父さんが一人で睨みを利かせていたからというわけか。
「ところがその先代が亡くなられたことで、魔界は再び混沌の渦に飲み込まれようとしています」
憂う表情は魔界の将来よりもミャルの身を案じているように見えた。
目の上のタンコブがいなくなったことで、武闘派は攻勢を強めるだろう。
その標的は新魔王。先代の意志を継ぐミャルさえ殺せば武闘派の勝利となる。
つまりこの先、ミャルは命を狙われる運命にある。
その危険性をリザさんは分かっているんだ。
「ミャル様。今からでも遅くありません。魔王就任を撤回してはいかがでしょう?」
旅立とうとする娘の手を握る母のような目で訴えかけるリザさん。小さいころからお世話をしてきたからこその愛情。
『リザ……』
台本に書かれた文字も乱れている。従順なリザさんの忠告に動揺している。
しかし。その後に書かれた文字を読み上げる俺は芯の通った声を心掛けた。
「それでもやる。我は父が造り上げた世界を守るのだ」
「そうはいってもですね……」
「それに、降り注ぐ火の粉は我の手で払えばいい。我の強さを知ればうかつに手を出せまい」
「それはミャル様が全力を出すことができて始めて成立する話です」
「どういうことだ?」
リザさんの目が鋭くなる。
「声勇が足を引っ張るかもしれません」
声勇者。つまり俺。
「異世界人は臆病です。日常会話は問題なくとも、戦闘になると恐怖で声が震えることも想定されます。そうすれば理想の魔王とは程遠い声になってしまいます。コネクト値が下がり、ミャル様の戦闘力も落ちます。四天王未満の上級兵にすら勝てなくなるかもしれません」
厳しい指摘だけど、デストルケンの投げナイフに腰を抜かした手前、否定できない。
ところが宿主様はそうは思っていないようで、
「安心しろ。我が声勇は頼りになる。ここまで我の望み通りの声を出してくれている。たとえ戦闘になったとしても、臆することなく我の動きに合わせてくれることだろう」
ああ。意志に反するセリフ。ときに声優は思っていないことでも言わなければならないのです。
「……わかりました。これ以上は何も言いません」
説得は無駄だと悟ったリザさんは、苦い表情を浮かべつつも話を切り上げた。
「そろそろ夕食の時間です。城に戻りましょう」
そう言って歩き出そうとした時だった。
「ミャル様! 後ろ!」
リザさんの叫び声と同時に、モニターに映っていた街並みが激しく一回転した。
周囲から悲鳴が上がる。
ななななんだ!?
次に映像が安定したとき、巨大な斧が石畳を粉砕していた。背後からの攻撃を間一髪でかわしたんだ。
『誰!?』
視界が犯人の姿を捉える。
「チッ。外したか」
鬼の魔物が見下ろしていた。巨体の鎧よりもさらに頭一つ大きく、曝した上半身は筋骨隆々。筋肉ダルマという言葉がぴったりの魔物だ。
襲撃者、到来。




