第11話 魔王四天王・醜いカエルのデストルケン
謁見の時間が終わった魔王の間に現れた醜いカエルの魔物、デストルケン。
聞いた名前だ。今朝、ミャルが魔王就任の演説をする前に、次期魔王候補として話題に上がっていた魔王軍四天王。
「奴は『人間を滅ぼし魔界が大陸を統べるべし』という従来の魔王の思想を継承しています。さらに、目的のためなら手段を選ばない過激思考の持ち主。人間と共生するという先代魔王様の平和思想と真っ向から対立しており、ひそかに武闘派の魔物を束ねてクーデターの機会をうかがっています」
「反逆者か。いかにもって感じの見た目だな」
「魔王と四天王が対立することはよくあることです。たいていは魔王が四天王をねじ伏せることで決着がつくのですが、デストルケンの厄介なところは、武闘派でありながら謀略に長けている点です。先代魔王に実力で勝てないと分かると、表面上は従順にふるまいつつ、裏で着実に勢力を伸ばしていたのです。先代は徐々に魔王軍内で立場が弱くなってしまいました。それでもデストルケンの暴走を防ぐために魔王として君臨し続けたのですが、無理がたたったのか、病気で亡くなってしまいました……。ただ、これは噂ですが、先代の死因は病気ではなくデストルケンに毒を盛られたことが原因ともいわれています」
「だとしたらミャルの仇敵じゃないか!」
「真相は闇の中ですけどね。いずれにせよ、デストルケンは先代の死後は自分が魔王になると確信していたはずです」
「ところが雲隠れしていた魔王の子供が突然魔王に就任してしまったと」
「奴は先代の思想を受け継ぐミャル様を受け入れられるほど大人しい魔物ではありません」
「まさかここに来たのはミャルを始末するため?」
「もちろんその可能性もあります。ただ、奴は大胆かつ知略的。ミャル様の実力も分からない状況で勝負をしかけるほど愚鈍ではありません。最初は穏便に済ませようとするはずです」
「おいおい。なにコソコソ話してんだ? 俺も混ぜろよ」
デストルケンがニヤついた顔で近づいてくる。
「へえ。ミャルって名前だからてっきり女だと思ったが、鎧の魔物か。それとも中に誰か入っているのか? 先代は人型の魔物だったし、子供も似たようなフォルムだろうからな」
「……何の用だ?」
デストルケンが玉座の前までやってきたところで台本を読み上げた。
「嫌そうな声出すなよ。面を拝ませてもらおうと思っただけだ。今まで顔を見せもしなかったくせにいきなり魔王になるようなぼっちゃんの分厚い面の皮をよぉ」
「デストルケン。このお方は魔王様です。言葉遣いに気を付けなさい」
間に入ったリザさんが睨むも、横柄な態度は変わらない。
「おうおう。四天王のくせに子供のお守りしかしねえ女が、今じゃあ魔王の右腕気取りか。ずいぶん偉い身分になったもんだ。よほど俺を魔王にさせたくないらしい」
「そんなことは……」
「いいっていいって。わかってる。事情があるんだろ。あとでじっくり聞かせてもらうぜ。俺の部屋でな」
「……っ」
デストルケンの湿った手がリザさんの肩に乗せられる。普段なら冷たい目つきでアイスピックをちらつかせるリザさんだけど、今は悔しそうに俯くだけ。同じ四天王でも力関係があるらしい。
デストルケンはフッと笑ってからリザさんを押しのけると、ミャルにメンチをきりながら、ドスの効いた声でこう言った。
「単刀直入に言うぜ。魔王の息子さんよぉ。お前、魔王の座、降りろや」
モニターいっぱいに映るカエルの強面。ヤンキーとかヤクザに睨まれるのとはわけが違う。本気で命を刈り取る目をしている。思わず目を背けそうになる。
しかしそんな怪物を前にしても、モニターの映像は全くブレない。ミャルは醜悪な目をまっすぐ見つめ返していた。
『ヒデオ君。ビビったら負けだよ。魔王らしく毅然とした声をお願いね。私も堂々と振舞うから』
勇敢に立ち向かうミャルの存在が俺に勇気を与えてくれた。しっかりとマイクの前に立って台本とモニターに目を向け、演技に備える。
デストルケンが篭絡にかかる。
「どうだ? ここで頷いてくれたらお前の身の安全は保障してやる。田舎に豪邸でも建てて優雅な生活を送ればいい。安心しろ。交渉で嘘はご法度。この約束は必ず守る」
ふざけた喋り方が打って変わって真面目なトーンになる。あえてギャップを作ることで懐の深さを印象付ける作戦か。噛ませ犬みたいな見た目のくせになかなかのやり手だ。
だがしかし。その程度の甘言でミャルの志は揺れ動かない。
『いーやーだー!』
ページ一面に太文字で駄々っ子のように書かれた台本が、俺が発すべきセリフを決める。
「なにを言っている。我は魔王になったのだ。亡き父の想いを叶えるそのときまで、この座を譲るわけにはいかない」
芯の通った声で突っぱねた。
口裂け女のように大きな口がゆがむ。
「バカな野郎だ。大人しく従っていれば丸く収まったのによ」
「要件はそれだけか? 今は謁見の時間だ。意見や要望が無いのなら帰ってくれ」
「あー、意見ねえ。あるよ」つまらなそうに言う。
「言ってみろ」
「人間界でスパイ活動してるやつからの報告だが、どうやらもうじき歴代最強の勇者が誕生するらしい」
「なんだって!?」
「かつての魔王を倒した伝説の勇者たちよりも上だとか。今は声勇者? とかいうやつを探している段階だが、見つかり次第、魔界に攻め込んでくるようだ」
歴代最強。それが本当なら魔界存亡の危機じゃないか!
内心驚きつつも、平静な声で台本を読み上げる。
「それで? どうしろというのだ?」
「魔界の脅威が完成するのを待つ理由がどこにある? 内政に目を向けている暇があるなら、今すぐ人間界に攻め込むべきだと思わないか? 今なら確実に魔王軍の戦力が上回っている。勝ち戦だぜ」
戦争の進言。
もちろん人間界との友好関係を望むミャルが応じるはずもなく。
「我は以前の魔王たちのように侵略戦争を仕掛ける気はない。父と同じように人間界の王と和平交渉を続けるつもりだ」
デストルケンは眉間に深い皺を刻み、舌打ちをした。
「……これだから甘ちゃんが魔王になると困るんだよ。悠長にしているうちに魔王軍を壊滅させられ、魔界は滅亡。そうなったときに責任とれんのか? あ?」
口調は荒々しいけど、こいつの意見にも一理あると感じる自分がいた。
ミャルが生ぬるい対応をした結果、多くの魔物が犠牲になる可能性だってあるわけで。綺麗ごとだけで平和を実現できるほど世の中甘くない。ミャルの肩を持つと決めたとはいえ、時には厳しさも必要だと思う。その有望な勇者を暗殺するくらいは指示してもいいんじゃないか?
リザさんも同じ意見のようで、デストルケンの無礼な態度を咎めることなく、ミャルの答えを待つ。
すぐに手緩い魔王の答えが浮かび上がった。
『争いはダメ。人間さんには一切手を出さない』
やっぱりこう答えるよな。だんだんと分かってきた。
よくも悪くも優しすぎる性格。それが魅力であり、弱点でもある。
ミャルは魔王向きの性格じゃない。
とはいえ声優が意思介入する訳にもいかないので、素直にミャルの意思を伝えると、デストルケンはこれ以上の言葉は無意味と悟ったらしい。ため息を吐いてから背を向け、出口へと歩き出す。
やっと帰ってくれるようだ。
ふう。怖かった。
「ああそうだ。一つ忘れていた」
デストルケンが扉に手を掛けたところでわざとらしい声で呟いてから、こちらに振り向こうとした。
その刹那、シュッという空気を切り裂くような音がした。
瞬きをしたときには、モニターには眼球スレスレにナイフの刃先が映っていた。よく見ると、ミャルがすんでのところで柄を掴んで止めている。あと少し反応が遅れていたらモニターに、つまりミャルの目に突き刺さっていたかもしれない。
野球中継のカメラにボールが飛んできたときの映像を見たことがあるだろうか。臨場感のある映像に、人は画面の向こうだと分かっているのに反射的に顔を逸らしてしまう。
今の俺はまさにそんな感じ。あと少しで眼球に突き刺さっていた。そう思うと腰が抜けてしまい、尻もちをつく。
「この程度の不意打ちすら対応できない雑魚だったらこの場で殺っちまおうと思ったが、そこまで簡単な相手じゃねえってわけか。簒奪はもう少し慎重にやるとしよう。せいぜい寝首を書かれないよう気を付けるんだな。がはは!」
デストルケンは豪快な笑い声とともに、今度こそ帰って行った。
『喧嘩はダメだよ!』
脚に力が入らない俺はそのセリフを読み逃した。




