第10話 魔王業務その1 謁見の時間
重苦しい空気が漂っていた。
黒い石壁に囲まれた大広間を照らすのは、壁にかけられた燭台の蝋燭のみ。薄暗く、肌寒い。
アーチ形の重厚な扉からまっすぐ伸びた赤絨毯の先、部屋の真ん中には、赤い張地に銀色の装飾が施された玉座。それ以外には何もない殺風景な部屋だからこそ、より玉座の剛悍さが際立つ。玉座に腰掛ける者こそが魔界を統べる王だと来訪者に知らしめる。
「要件を述べよ」
足を組み、ひじ掛けに肘を突いて玉座に座る巨体の鎧が、腹の底に響く声で尋ねる。
魔王の正面で片膝をつく全身を羽毛に包まれた鳥人族の魔物は「ははあ!」と頭を下げてから、
「私は鳥人族の長であります。近年、鳥人族の村にて流行り病が発生しています。どうか薬を優先的に流していただけないでしょうか」
「よかろう。倉庫番に伝えておく」
「! ありがたき幸せ!」
何度も頭を下げてから魔王の間を出た。
入れ替わりで次の魔物が入ってくる。
「魔王様! 私は魔王軍第二城の主をしている者です。兵力不足を感じておりまして、少し兵をわけていただけないでしょうか」
「よかろう」
「魔王様! 魔王軍を抜けて家業を継ぎたいのですが、直属の上司が許してくれません。どうすればいいでしょう」
「掛け合おう」
「魔王様! スライム族が闇市で女性向けのいかがわしいアイテムを販売しています。いかがなさいましょう」
「よいではないか」
次々やってくる魔物たちの嘆願を処理していく。
モニター越しに数体の魔物を見送った俺は、思わずにやけ面を浮かべてしまう。
「マジで魔王になったんだな。俺」
ここまで登場した魔物はすべて魔王軍内においてそれなりの地位らしい。それが――疑似的とはいえ――俺に向かってペコペコ頭を下げるのだから気分がいい。
訪問者が途切れたので、立ちっぱなしだった俺はボイスルームの椅子に腰かけ休憩。台本に目を向ける。
『うん。いい感じ。まさに私がイメージする強いけど情に厚い魔王だね』
ミャルの感想が浮かび上がる。
ミャルが目指すのは先代魔王、つまり父親。ミャルの父さんは強者も弱者も平等に生きられる世界を理想に掲げていたそうだ。
「人間界との和平条約の締結、魔界の生活水準・文明の向上、魔王軍にいる武闘派の説得。やることは山ほどあるよ」
ボイスルームに入る前、ミャルは可愛い声でそう言っていた。
こんなに小さな体に多くの責任がのしかかっている。一方で、素の姿を見せられない彼女は誰にも頼れない。本音を知るのは異世界から来た俺だけ。
彼女の夢の実現に協力したい。
そんな想いが日に日に高まっている。
「お疲れさまでした。謁見の時間は以上となります」
モニターに目を向けると、玉座に通じる廊下で立哨していたリザさんが部屋に入ってきた。ハイヒールにもかかわらず、絨毯の上をモデルのような軸のぶれない歩き方で向かってくる。
そのまっすぐ見据える視線が鎧の中にいるミャルを見ているのか、ミャルの中にいる俺を見ているのか、だんだん理解できるようになっていた。今は穏やかな目をしているからミャルを見ている。ちなみに俺を見るときは殺意むき出しの釣り目になる。
「初めての謁見業務にしては悪くない応対です」
謁見。意見や提案を持った魔物が魔王に直訴すること。魔王の主要業務だ。
「ですが一つだけ注意点をお伝えしなければなりません」
「注意点?」
「ミャル様は魔物たちの相談をすべて肯定する形で解決しましたね?」
ミャルは外見や声だけじゃなくて、心までゆるふわ系魔王だ。
争いを嫌い、平和を好む。みんなを幸せにしたい。
そんな彼女が困っている魔物にノーを突きつけられるわけがなかった。
リザさんはそこに不満があるらしい。
「魔王は魔界の全権を握っています。あなたの言葉ですべての方針が決まります。明日、人間界に総力戦をしかけると言えば、魔王軍の総力を挙げて準備を始めます。気に入らない配下は問答無用で処刑できます。魔界の全員が白と言っても、あなたが黒と言えば黒になるのです」
魔王の思想一つで魔界は火の海にも色鮮やかな花園にもなり得るというわけか。
「ですので自身の言葉の重さを自覚してください。目先の優しさに囚われて大勢を不幸にしないように。大局的な視点が必要です」
優しい声。だけど諭すような言い方。
全肯定は相談者は喜ぶけど、それがトップに立つ者として正しい振る舞いなのか?
リザさんは魔王の資質を指摘している。
俺もその指摘はもっともだと思う。
だって異世界の人間に初対面で「ガキ」と罵られたのに全く怒らないような甘ちゃんだぜ? 優しすぎる王様は部下に裏切られるって相場が決まってるんだ。平和な魔界を実現する前に、武闘派の魔物に寝首を掻かれる可能性が高い。
今のままのミャルでは、理想の魔界を実現できない。そんな予感がした。
「おうおう。邪魔するぜぇ」
野太い声が響き渡った。ミャルとリザさんが同時に入り口に目を向ける。
のっそりと現れた緑の巨体を目にしたとき、醜悪なカエルの怪物、そんな感想を抱いた。
三メートル近い身長は横幅も立派。まるでダンプカーのような重量感のある体だ。といっても筋肉質じゃない。不摂生な生活を容易に想像させるダルンダルンなお腹。短足も相まって球体のシルエットをしている。
「おめーが新しい魔王か」
ドスンと水かきのついた短足を踏みだす。魔王の間にドブ川のような異臭が立ち込める。
これまで見てきた魔物とは貫禄が違う。
「ミャル。こいつは?」
ミャルに訊くつもりが、声が大きくなってしまった。マイクが拾って小声となって漏れ出たことで、そばにいたリザさんが代わりに耳打ちしてくれた。
「デストルケン。四天王最強の魔物です」




