あらは
ここは、江戸時代の日本橋。
そこにはおさきという可愛らしい中居さんがいた。
おさきは普通の「ヒト」ではなかった。
秘密を持ちながら暮らす、おさき。
そんなおさきに新たな転機が訪れる。
狐、狸たちは先程とは違ってけわしい顔をしていた。おさきの耳と尾もひっこんでいた。
「相当、強いですよね。その黒狐」
二十歳ほどの美男の姿をした理がやっと沈黙をこわした。凍っていた空気が割れ、冷気が漂う。少し前、皆で笑っていた時の暖かさはどこに行ってしまったのだ。皆の笑顔がどんどん薄くなったあげく、けわしい顔になっていったのだ。多分、現実に戻ってしまったのだろう。
「そうだな。気配をうまくかくしている。」
おさきは眉間にしわを寄せてそう言った。
三匹の狐、狸たちは、はあ、と同時にため息をついた。さっきまで天を見ていた目は地面を見つめている。おさきはほんの少しだけ残っていた士気を振り絞って、
「多分、なんとかなるさ」
と言った。その目は夕暮れを見ていた。皆もそれにつられて夕暮れを見た。雲の間をすりぬけて地平線に沈む太陽。その景色は、おくめと過ごすという青天を、黒狐が奪っていくようにおさきには見えた。おさきは、真後ろにまんまるな月が上っていることを気づいてはいなかった。
「もう宵なので帰りますか」
そう、巫女狐が言った。
「そうだな」
おさきは立ち上がりながらそう言った。皆も続いて立ち上がった。
「じゃあ、明日、丑三つにここで集まろう」
おさきは皆に向かって言った。皆はこくりとうなずき、理、狐になった。おさきも狐になろうとした瞬間、
「あっ!」
という声が聞こえた。おさきはおどろき、振り向くと、若い美男の姿をした狸が、人間の姿のままで立っていた。他の者はいなくなっていた。
「どうした?、露」
おさきは、露がなにかを思い出したような顔をしていることに気づいた。
「桜狐様のかんざしを渡すのを忘れてました。すいやせん。」
露はぺこっとおじぎをして、手を差し出した。その手を見るとそこにはおさきのかんざしがあった。
「あぁ、それ、持ってきてくれたのか。色々とかたじけないなぁ」
おさきが気絶する前、かんざしを重悟郎に渡していたのだ。
露は透きとおった目でおさきを見つめていた。露の頬が赤くなっていた。おさきは、
「どうした?」
と言った。露はびくっとしておさきから目をそらした。赤かった頬がさらに赤くなっていた。
「す、すいやせん。」
おさきはそんな様子の露を見てあっ、と言った。
「そういえば、明日、玉結堂に行くんだ」
露は驚いた顔をして
「え、どうしてですか?」
と聞いたが、おさきは無言で笑いかけながら、かんざしを髪に刺した。そして露に背を向けて狐になり、走り去ってしまった。
「桜狐様がどうして玉結堂に?」
露は首を傾げた。




