フリはあっても、避けられない百合の話
冗談めかして始めたはずが、もう半年になる。
「最近さ、減ってきたかも」
「嘘っ、本当に?」
波知葉が飲み終わったコーヒー牛乳のパックに刺さっていたストローを加えながら、ふとつぶやいた言葉を私は思わず聞き返した。
「夏季は? 男子避けできてる?」
「そういえば、ちょっと減ったかも」
嘘だった。全然減っていない。だけど波知葉が減ったというのに、私だけそのままだってことがなんだか負けたような気がして、つい見栄を張った。なにより効果がないとわかったら、波知葉は私達の関係を『解消しよう』と提案するかも知れない。
「よかった。夏季、あたしより悩んでたもんね」
「波知葉のおかげだ。ありがとう」
「こっちこそ。夏季のおかげで、女子避けできて助かってるよ」
屈託なく笑う波知葉に、私は二重の意味で罪悪感を覚える。胸が、重い。最近、また少し大きくなった。これでさらに寄ってくる男子は増えるだろう。
私と波知葉は、多分学校で一番モテる女子と二番目にモテる女子だった。
どっちが一番かはわからない。なんせ同じモテるでも、私は男子から、波知葉は女子からモテているのだ。一時期はどっちが一番人気な女子かって、外野がさわがしかったこともある。だけど対象が違うから、比べるのは難しいし、当の私達は別に比べたいとも思っていない。
私達は二人とも、等しくモテることに不便していた。無闇矢鱈にモテるというのは相手が同性だろうと異性だろうと変わらず面倒で、なにより至極疲れるのだ。
自分が相手に微塵も向けていない感情を、相手からは思春期の熱意そのまま最大値で向けられるのだから当然だろう。
――半年前、放課後たまたま教室で波知葉と二人きりになったとき、彼女が突然こんなことを提案してきたのだ。
「あたし達が付き合ったら、みんな引くんじゃない?」
「えっ、ひくって、退く? 引く? ……どっち?」
「どっちって? もう恋人がいたら、他の人達から告白されることも好かれることも減るんじゃないかなって」
「いや、それはわかるけど。だってほら、私……」
同性だし、と口に出かかって、けれど普段同じ女子からたくさんの好意を寄せられる波知葉にそんなことを言うのはなにか失礼な気がした。
「そんな真剣に考えないでって。あたしは女子避け、夏季は男子避けのために付き合うフリするだけだって。そういうの聞くじゃん。一回本当に効果あるのかやってみたくって」
「正気? それに波知葉は私でいいわけ? どうせなら、普通にさ、好きな男子とか見つけて、そいつと正式に付き合いなって」
「うーん、いないんだよね。あたしがイケメン過ぎるからかな、妙に男子へのハードルあがっちゃうのかも」
「自分で言うなよな。これだからイケメン女子は」
スラリと背が高く、スタイルの良い波知葉は自分から言ってもうぬぼれじゃないってくらいにはイケメンだった。整った顔立ちに、薄い唇で笑うと本当にどこかの王子様みたいだ。なんとなく、ムカつく。
「それに、夏季は男子苦手でしょ? ならあたしがちょうど良くない? 女だけど、他の男子なんかよりずっといい彼氏だよ」
「あのね。私、苦手だけど、だからって女子と付き合いたいわけじゃないんだけど」
「ははっ、尚更ちょうどいいじゃん。フリでも男と付き合うと、本命ができたとき引け目になるから」
「引け目って」
フリであるなら、相手の性別なんて関係ないように思う。不思議そうにしていると。
「夏季は鈍いなぁ。男子ってほら、初心な女子好きじゃん。今まで男と付き合ったことありません、みたいな。そういう意味だと夏季はほんとストライクだよね。モテるのよくわかるよ。胸もデカくて、ちょっとうらやましいし」
「なにそれ、なんか嫌だ」
勝手に恋愛経験がないと決めつけられて、しかもそれで何か勘違いした男子達にモテていると思うと、無性に腹が立った。しかも、彼氏がいたことないのは、間違いようのない事実だ。モテるけど、男子は苦手だ。私の胸が、人より大きいからかも知れない。そんなもんだって気にするなって言われるけど、どうしても日々の視線が私の苦手を積もらせてしまう。通りざまに異性から、顔をじろじろ見られて、その後体も――なんて慣れるもんじゃないんだ。
しかも五人に一人くらいは、最初から体だ。なんだろう、胸が歩いてきたって思ったのかな。
「ごめんって」
「波知葉のこと嫌って言ったわけじゃないけど」
「あのね、外見だけじゃなくて、夏季は本当可愛いもん」
「もしかして、私に付き合うフリしてほしいからって、口説こうとしてる?」
私が半目でじっとりにらむと、波知葉は「バレた?」とわざとらしく舌を出して笑った。そんな子供らしい仕草も様になるのだから、やっぱりイケメンはムカついたけれど、それでももし少しでも男子からモテなくなるなら、と私は悩む。
しばらく考えてから、私の目をじっと見て話す彼女と付き合っているフリをすることに決めた。
お互い、利害の一致というやつである。
――ただ残念なことに、ここ半年でその利に関してはずいぶんと差が出てしまったようだ。
「付き合ってるのって、どうせ冗談の延長みたいなもんだろ? 男のが絶対いいって」
「ごめんなさい」
「絶対楽しいから。試しにさ、向こうも直ぐ男のがいいって気づくだろ?」
「……本当、ごめんなさい」
何人目かもう数えていないけれど、波知葉と付き合うフリを始めてからも、全然変わらず男子から好意を寄せられていた。
それも、決まってみんな同じようなことを言う。よく考えてみればそうだ。女子からモテる波知葉には、私という可愛い女子の存在は女子避けになる。でも男子からモテる私には、いくらイケメンでも本当に男子ではない波知葉は不完全な男子避けでしかない。
だったら、私から解消したいって言えばいいだけだ。
一方的に利用されるのも、不公平だと思う。だけど半年、フリとは言え二人でいる時間が長くなって、どことなくこの関係に居心地の良さを感じていた。
あとは単純に――。
「なあ、俺と付き合おうって。そうだ、今度の試合、スタメンで。あ、バスケな? 試合見に来てくれよ、絶対かっこいいから。惚れるって」
――っさい! バスケなんて興味ないし、まず鏡見て来いっ!! 波知葉の千分の一でもイケメンになってから出直せっ!!
とはさすがに言えず、心の中でだけ叫んでもう一度深々と頭を下げて逃げ出した。
付き合うフリをするとき波知葉が『あたしがイケメン過ぎるからかな、妙に男子へのハードルあがっちゃうのかも』と言っていたのを思い出す。
波知葉っ、私の男子へのハードルも上げやがった!! 他の男子が全然かっこよく見えないよ、あのイケメンめっ!!
無駄に上がったハードルをどうこうするまで解消なんてできない。一人理想だけむやみに高い私が取り残されてしまう。
私が男子避けできていないのに私の男子避けをしてくるイケメン女子は、これだけ私に迷惑をかけてきておいて、あろうことか――。
土曜日、ショッピング街で、男と二人で歩いていたのだ。
仲良さそうに手をつないで、しかも自分よりイケメンを連れている。まさか自分というハードル越えのイケメンを見つけて、抜け駆けしやがったっ!?
私には似合わないだろう大人っぽい服屋に、並んで入る二人を無意識に追ってしまった。
店には入らず、ショーウィンドウ越しに見える店内で楽しそうにしている二人をただただ眺めている。
私が男子避けのために付き合っているフリをする相手、波知葉は私という女子避けがいなければ日替わりで女の子から告白されるようなイケメン女子だ。
そんな恩人であるはずの私を余所に、彼女は彼氏と二人でショッピングの最中らしい。
丈直しなんて必要なかっただろう白いスキニーを履いて、大学生かもっと年上の女性が好んで着るような衣服を物色している。手に持ったブラウスを彼氏に見せて、微笑む。彼氏も波知葉に笑い返す。煮えくり返りそうになるくらいイケメンだ。
波知葉だって文句なしのイケメンなのだけれど、それでも彼女は女子高生で、どこかあどけなさのようなものが残っていた。一方で、彼氏はとお目々にも大人っぽく、思わずくらっとなるような魅力がある。
顔の系統は似ているが、並んでどちらがイケメンかと言えば、間違いなく彼氏の方だろう。
まさか波知葉よりイケメンがこの世に実在したなんて。待て、もしや実は『波知葉のお兄さん』ということでは――でも兄弟はいない、一人っ子って言っていたからな。
兄弟いたら絶対イケメンだし、紹介してもらおうと思って前に聞いたことがあった。嘘をつかれる意味もないし、あの彼氏が兄か弟ということはないだろう。となると父親? うーん、もっと若く見える。彼氏は、どうつくろっても三十代四十代の男性には見えない。義理でもなければ、二十代ということもありえないし。なにより父親とあんな風に手をつないだり、腕を組んだりするんだろうか。する人もいるんだろうけど。
無意識に、眉間にしわが寄っていた。理解しがたい光景に、胸が重くなってきた。成長はしてないから、気分的なものだと思う。ちょっと小さくなってきて苦しいのは、数日前からだし。
このまま黙っていられなくなって、私は波知葉にメッセージを送ることにした。羽織っていた薄手のカーディガンのポケットから、スマホを取り出す。物を入れると形が崩れるよ、と母に注意されたけれど、ポケットにスマホも入れられないとしたら服の方に欠陥がある。
――今、何している? 誰かと一緒?
送ってしばらくすると、店内で波知葉がスマホを操作し始めた。ふーん、彼氏と一緒でも私への返信を優先してくれるんだ。
『服見に来てるよ。家族と一緒。夏季どうしたの?』
家族? そうだ、もしかしたらブラコンなのを隠したくて、兄弟がいないと嘘をついたのかも知れない。
――家族って、お兄さん? 弟さん?
『え、違うよ。前に一人っ子って言わなかったっけ?』
――聞いたけど。じゃあお父さんとか?
『お父さんって、お父さん? 何なに、夏季、お父さんと服買い行ったりするの?』
しないよって返すと、『だよね』と短く返ってきた。はぐらかされているのか、単に会話の流れなのかわからないが、イラだってくる。メッセージのやり取りをしながらも、店内では波知葉が彼氏の横で楽しそうに笑っているからだろうか。
もし、わざと答えていないのだとしたら、家族というのが単純に言葉通りではなく、もっと広い意味だとしたら。
例えば、将来的に家族になる人ということ。いつから付き合っているのかわからないけれど、それくらい好きな相手なのかも知れない。付き合っているフリをする私に対して、あなたよりも大事な人、という意思表示ということもありえる。
逆に、巷でよく耳にするような隠語という可能性も――いやいや、ないって。波知葉ああ見えてけっこう真面目だし、お金に困っているとか聞いたことないし、ない……よね? 彼氏ならいいんだよ。黙って抜け駆けされて、腹立たしいけど、それでもおめでとうって言いながらパンチするくらいの寛容さはある。だけどさ、もし今一緒に居るのが、不誠実な相手だったら「ふざけんなっ!」って本気パンチになる。複雑な事情があるならともかく、親御さんと私を泣かせるなよ。
――あのさ、波知葉が今一緒に居るのって大事な人?
『え、大事だけど。だから家族だって』
――私より?
『何、本当にどうしたの夏季? っていうか、あれ? 外にいるの、夏季?」
しまった。
ひりつくような気持ちで、波知葉からのメッセージを読んでいて、内容を理解したときには手遅れだった。私が店の外から、彼女を見ていたのがバレてしまったのだ。焦るあまり、周囲への警戒がまるでできていなかった。すっかり目立つ場所で仁王立ちになり、スマホで一心にメッセージを送っていた。
「どうしたの、夏季?」
そんな私を見て、店内から出て来たばかりの波知葉が不思議そうな表情を浮かべる。
「嘘っ、なんでこっち来て」
「声かけてくれたらよかったのに」
「声って、だって! それより彼氏はっ!?」
「え、彼氏? なに? あたしが、夏季の彼氏だってこと?」
こいつ、なにをすました顔でよくわからないこと言って。決定的瞬間を抑えられたって言うのに、呑気なやつだ。グッと、私は拳を握る。
「意味わかんないこと言ってごまかそうとして、あのね、フリとは言え半年も付き合ってた立場から言わせてもらうけど――」
「あ、お母さん!」
「私はお母さんじゃないっ!! って、お母さん?」
さっきのイケメンが、波知葉を追うようにして店から出て来た。私達へ向かって、ゆっくり歩いてくる。
「お母さん、えっと……この子、友達の夏季。で、夏季、こっちはあたしのお母さん」
「お、お母さん!?」
「へへ、イケメンでしょ。自慢のお母さんだよ」
「イケメン過ぎるって!?」
波知葉よりもイケメンで、まさか女性とは思いもしなかった。しかし冷静になって改めて見れば、やはり背は高いし格好も中性的ではあるけれど、どことなく女性だ。いや、女性だと思うと、女性でしかない。別に、男装しているってほどでもないし。
「波知葉のお友達? すごく可愛い子ね。はじめまして、母の八知です。ごめんなさい、もしかして驚かせちゃった?」
波知葉の母、八知さんはこれまた美形な顔でアンニョイに微笑んだ。ムカつくぐらい、絵になる。
「そ、そうですね……驚きました」
「波知葉と一緒に歩いていると、よく兄弟って間違われるのよね」
「兄弟って」
確かに、二人は並んでいるとイケメン兄弟なのだけど。
「あ、夏季もしかして、お母さんのことあたしの彼氏と勘違いしたの? だから彼氏って、それにメッセージも……」
「違うっ。あれは心理テストだからっ!!」
「心理テストって……結果は?」
「波知葉は地獄送りっ!!」
波知葉は顔以外何一つ悪い事なんてなかったのだけれど、それでも無性に腹立たしかった。私は吠えるようにして、やっと気分を落ち着けた。
二人はちょっと驚いていたけれど、「本当に可愛いお友達ね。よかったらご一緒にお茶しない?」と八知さんに誘われて喫茶店へ入った。本当なら早く家へ帰って、ベッドの上で転がり回りたかったけれど、暫定一位のイケメンに「どうかな?」って微笑まれると、断れなかった。大人のイケメンなんて、やっぱり許せないよ。
「八知さん、女優さんだったんですか!?」
「元だけどね」
「うわっ、通りで……あっ、すみません。そのすごく美形なので」
「ふふ、いいのよ。ありがとうね」
薄らと敵視が残っていたはずなのに、八知さんの顔と口で私はすっかり打ち解けてしまった。飲んでいたカフェオレがなくなる頃には、すっかり仲良しだ。八知さんがそろそろ解散にしましょうか、とお手洗いに立ったときにはもう連絡先まで交換していた。
「お母さんがイケメンなのいいな。うらやましい」
ぽーっとつぶやくと、何故か不機嫌そうな波知葉が唇を尖らせた。でっかいサイズで甘ったるものを飲んで、なんでそんな顔しているのか。
「……あたしも、イケメンだよね?」
「そうだけど、なに?」
「なんか夏季がお母さんばっかと仲良くなるからっ、あたしもいるのにっ!」
「いや、意味わかんないんだけど」
イケメンの母親にぬくぬく育てられて温室イケメン女子が、言い掛かりのように怒ってくるが被害者は絶対に私だ。
「……怒りたいのはむしろ私だし、勝手に自分一人彼氏つくったのかと思った。勘違いだったけど。でも全然、男避けしてくれてないくせに抜け駆けしたのかって」
「え? だから彼氏じゃなくて……え、男避けって、ごめん、できてないの? 減ってるって」
「減ってない! あーもうっ」
つい隠していたことを正直に言ってしまい、私は頭を抱える。最悪だ。さっきからずっと、言い掛かりは私の方なのに。
「ごめん。効果、なかったんだね」
「うん」
「じゃあ、フリするのやめる?」
「…………波知葉は、減ったんでしょ?」
私が聞くと、波知葉はこくりと頷いた。
「だったら――」
片方だけ不釣り合いな関係をどうするべきか。
波知葉が珍しく、整った顔を曇らせている。付き合っているフリでも半年もするといろいろな顔を知った。
いつも涼しげな王子様なくせに、実は不安だと顔に直ぐ出るんだ。そうなると、イケメンというよりちょっと情けない可愛らしさ出てくる。イケメンは嫌いじゃないけど、こっちの顔の方が好きだ。だってイケメンってむやみにムカつくし。
「続ける。その代わり波知葉は私のこと、大事にして」
「え、大事って?」
「大事な人! それで男避け頑張ってよ」
「頑張るって……もしかしてあたしに、もっとイケメンになれってことっ!? 夏季は無茶言うなぁ。でもうん、大事にするね」
別にそういう意味じゃないけど、と苦笑いした。大事にしてくれればそれで十分だ。
私が苦手な男子を好きになる必要がないくらいに。
「男避け、してよね。波知葉」
次の休日は、二人で遊ぶ約束をした。付き合っているフリをしているのだから、当然だ。
FIN.
最後まで読んでいただきありがとうございます。
他にも百合小説をいくつか投稿予定ですので今後ともチェックしていただけますと喜びます!
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