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第五章 セイの過去と出会い

「着いたぞ」

 歩いたのはほんの短い距離だった。それでもこれまでの疲労がたまっていたせいか、全員の息が上がっている。

 「うおー、なつかしぃ」

 セイは顔と両手を上げて叫んだ。今までの疲れが吹っ飛んで瞳が輝いている。

 「大きい…」

 セイの声につられて、リオは顔をあげ、一言漏らす。目の前にあるのは巨大な樹木。

 「ここは人間と共存を目指す魔族が集まった家だ。敵意はない」

 警戒していた老子に、オウカが言った。

 「変わってねぇなぁ」

 「オウカ、でいいのかな。随分魔族の匂いが濃くなったようだけど」

 シュンがあたりを見渡しながら言う。それだけ魔の森の中心に近付いたということだろう。

 「そうだよ、よく分かったね」

 新しい声が上から聞こえた。顔をあげると、木の枝からくるりと宙を舞って、1人の魔族が降りてきた。

 「ここは中心地からそれほど離れていないんだ。でも安心しなよ、結界を張ってある。敵意を持った魔族は入って来れないよ」

 「あなたは?」

 背はセイとおなじぐらいだ。赤い髪を後ろで束ねて、薄青い肌を持ったグラマーな身体を惜しみなく晒している。

 「あたしはジナ。オウカの妹よ」

 差し出された手をみて、シュンも手を出す。

 「やーん、人間ってチョー可愛い!!」

 つかんだ手をそのまま強引に引っ張ってその胸にシュンを抱きとめる。

 「うわ」

 衝撃的、ともいうべき出来事にシュンは顔を赤らめる。

 「ジナ!やめんか!!だいたいなんて格好だ!服を着ろ、服を」

 兄であるオウカも慌てて二人を引き剥がす。

 「あら、残念」

 シュンの赤らんだ顔を覗き込むように見て、にっこり笑ったジナは後ろに跳躍して、樹木の根元に開けた穴へと飛び込む。

 「すまん、妹が失礼を」

 「い、いや」

 やっと動悸が治まったシュンは首を横に振る。

 「さて、行こうぜ」

 セイは笑いながら穴へと入っていった。

 「シュン、鼻血」

 擦れ違いざまに、リオが少し怒った風に言った。慌ててシュンが鼻を隠すのを見て「嘘よ!」と叫んだ。どうやらジナの熱烈歓迎態度が気に入らなかったらしい。

 シュンはさらに顔を赤らめて、リオの後を追った。

 「この中は安全だ。ここにいるよりずっとね」

 オウカは立ち往生していた2人の人間を穴の中に促した。


 根が絡まってできた洞窟を抜けると、巨大な空間が広がっていた。見上げると、ずっと高く空間が伸びている。それが幹であることに気付くのに時間はかからなかった。

 「幹の中は空洞になってるのね」

 口をポカンとあけてリオは周りをずっと見ていた。所々から光が差し込んでくるため、靄がかかったような神秘的な場所を作り上げている。

 「太陽の光も届くのね…」

 直径50メートルはある幹の中に、湧き水があり、根で組み合わされた家らしきものがたくさんあった。幹の側面には螺旋階段状に筋が入っていて、上のほうまで行けるようになっている。

 「幹には食料を保存してあるんだ」

 シュンはずっと見上げたままのローズマリアにそう言った。

 「食料を…?」

 「地面が根で埋め尽くされているから、人間みたいに農作物はできない。だから木の実とか、外の森で取れるものを保存しているんだ」

 「くわしいな。…お主こそ魔族ではないのか」

 老子の言葉に、シュンはクスリと笑った。

 「ここまで人間らしい魔族なんていないだろ」

 あたりに視線を送りながら言った。周りの人型魔族の中に、黒い髪と肌色をした者はいなかった。

 「だいたい魔族だったら同族で気付くものだろ」

 ごく当たり前のことを言って、シュンは歩き出した。小さな子供が、といってもシュンより少し背の低い魔族が、シュンたちの近くによっては離れていく。珍しい人間に相当興味があるようだ。

 「シュン、リオ、こっちだ。お嬢さんも来いよ」

 少し幹の螺旋階段を上がったところでセイが手を振っていた。

 そこは大きな部屋がくりぬかれていて、奥に年老いた魔族が静かに座っていた。葦の葉で編んだ座布団の近くに、木の実を利用して作ったコップと軽い食事が置かれていた。

 「長老さんだ」

 案内された場所に座って、頭を下げる。

 「やはりセイだったか。あの暴れようは…」

 別の入り口から、何人か魔族が入ってくる。

 「大叔父!まだ生きてたのか」

 「お前より先には死んでたまるか」

 長く伸び、淡い青をした爪が印象的なその魔族はセイの育て親だ。セイは照れ隠ししながらも、再会を喜んだ。

 「人の子よ、ゆっくりしていけ。相当道に迷ったらしいからな」

 ほかの魔族がセイの道案内の不出来を冷やかす。

 その場はそのまま宴会状態になって、人の出入りが激しくなった。子供たちはリオが気に入ったらしく、リオの食事を邪魔してまでじゃれついてきた。

 ローズマリアの周りには少し大人びた女性が集まってきて、珍しい金髪に触れたりしながら談話を続けていた。老子は警戒しながらも、友好的な魔族に酒を勧められ、いつのまにか酒豪っぷりを披露していた。


 一段楽したところで、シュンは少し酔いを醒ますために席を外した。

 「ねぇ、セイ。そろそろ話してよ」

 子供相手の遊びに疲れを見せたころ、リオがセイの側に座って言った。

 「え?」

 「ここに着いたら話してくれるって言ったじゃない。2人のこと」

 「あぁ…、…そんなことも言ったっけな」

 コップに残っていた酒を一気に飲み干して唇を湿らせた。

 「いいぜ。話してやるよ、俺の過去を」


 「大叔父、俺外に出るよ」

 セイがこの森に来て、12年がたった時だった。自分だけが、みんなと違う。肌の色も、顔も、瞳の色も。身体さえも、大叔父の半分にも満たなかった。

 「いつか、そう言う日が来ると思っていた」

 叔父はそれだけいうと、剣を手渡した。

 「それから、これを」

 セイが鞘から抜いて剣の刃を眺めていると、布を渡してきた。

 「何?」

 剣を脇に置いて、それを受け取る。

 「頭に巻いていろ。人間に見える」

 「…」

 セイは幼い顔を少し歪めた。

自分は魔族ではない、人間と酷似しているが人間でもなかったと、叔父の言葉から分かった。これまで人間を見たのは数回だったが、誰もとがった耳をした者はいなかった。

「ありがとう」

なんとかそれだけ言うと、足早にその場を去った。わずかばかりの食料と金を持って、セイは黙って家を出た。

本当の自分を見つけたかった、それがその時の彼の願いだったのかもしれない。


「兄ちゃん、着いたよ」

魔の森は12年過ごした自分の庭だ。どこへ行けば外に出れるかを知っていた。そのころはまだ、魔族が自由に魔の森を出ることができなかった。森の長が結界を張っていて、魔族が外に出て人を襲うことはない。人間を見たのも、森の中から横を通り過ぎたキャラバン一行だった。だがその結界もセイには効かなかった。一緒に遊んでいたオウカやジナは結界に触れてもそれ以上進むことはできなかった。だがセイは手が通り抜けた。少し外に出た指先が冷たかった。それを叔父に見つかってかなり怒られた。外に出たら二度と戻って来れない、そう言われたのを覚えている。今、自分はそれを覚悟で外に出た。

「ん、あぁ」

魔の森から南下して、点々とした町や村に立ち寄って、自分と同じ種族を探した。耳を晒すわけにもいかず、言葉だけでの説明は困難だった。ましてや情報のあまり回ってこない地方では有力な手がかりは得られなかった。ただ、大きな街の図書館に行けば分かるだろうと、地方学者が言ってくれた。それで街へ向かう業者の荷台に便乗してうたた寝をしていたころだった。

「ありがとな、オヤジ」

銅貨を2枚渡して街へと入った。比べものにならないほどの大きさだった。通りの幅も5メートルはある。森を出て三ヶ月目の初体験だ。

「すっげぇ」

ちょうど市がたっていて、セイの興味をそそるものばかりだった。だが路銀もそう多くない。これほど大きな街なら宿代も相当なものになるに違いない。そう思ったセイは見物程度にすむよう店から少し離れた場所を歩いた。

街に着いたときはまだ昼過ぎだったが、街を練り歩いているうちにいつのまにか夕暮れになっていた。まだ街の中心地にも達していない。とりあえず、宿をとろうと近くにあった宿へ入る。中心から離れているため多少は安くなるだろうと思いながら扉をくぐる。中はとても綺麗で、これまでの町でみた宿は犬小屋のようにさえ思えてきた。

「…銀貨で足りるかな」

腰に下げた硬貨の入った袋を握り締めてカウンターへ向かった。

「いらっしゃいませ、ご予約のほうは?」

制服を着た男の話し方に一瞬驚いて、こんな人間もいるのだと感心した。

「いや、してないけど」

「失礼ですが、年齢は?」

「え…1…6、7だったかな」

「ご両親は?」

「…1人ですけど」

「申し訳ありません、18歳未満でお1人の宿泊はお断りしていますので」

「えー、まじで?」

「申し訳ありません」

愕然としているときに横に別の客が来た。どうみても自分より年上とは思えない。なのに小さなカードを提出すると、男の態度は急変して部屋のカギを渡してしまった。

「なんであいつはいいんだよ」

客が去った後で小さく文句を言う。

「あの方は明日の武道大会のスポンサーだよ」

「武道大会?」

「兄ちゃん、剣を使えるのかい」

後ろを振りかえると、若い男が立っていた。少しこの宿には不似合いの格好をした男だった。背はセイより少し高く、無精ひげを伸ばして、靴ではなくボロボロのサンダルを履いている。着ている綿の服もくたびれている。

「あ、あぁ」

「結構腕は立つか?明日武術大会があるんだよ、そこで優勝すれば金儲けできるぜ」

「金儲け?」

男は腕をセイの首に回して耳打ちしてきた。

「そう、宿はもっと高いトコへ行けばいい。あんたが勝ち進んでいけば宿代は安くなる。優勝すりゃタダだ。3食付きで3日間豪華な暮らしができるぜ」

「優勝賞金はいくら?」

「金貨20枚。一生遊んで暮らせるぜ」

「そんなに」

大声を上げかけたところを思い切り口を塞がれる。

「どうだ、出るか?」

路銀が少ないのは確かだ。ここでしばらく情報を集めようとすればどの道金は稼がなければならない。セイは迷わず首を立てに振った。

「よし、決まりだ。鐘が鳴るまでに登録を済ませなきゃならねぇ。急ぐぞ」

「え、え?」

腕を引っ張られて宿から連れ出され、街の中心に向かって走らされた。闘技場が見えてきて、その入り口に大きく受付とかかれた看板を見つけた。

「おい、登録者だ。まだ間に合うな」

駆け込んで男は机を思い切り叩く。

「登録って、あんたがかい?」

受付の男が目の前の細い男を見て鼻で笑った。

「ちがう。こっちのヤツだ」

また腕を引っ張られてセイは受付前に立つ。

「まだ子供じゃないか」

「いいから、登録用紙だせよ」

ひったくるように紙を受け取ると、ペンをセイに渡す。

「ここに書きな」

セイはわけも分からず用紙を眺め、名前などを順に書いていく。そのとき、後ろから小声で話す会話が聞こえた。

「またあの男だよ。こんどはあの少年かい」

「可哀想にね、まだ子供じゃないか」

「しかし懲りないね、あの男も」

どういう意味だと、後ろを振り返ると慌てて会話をしていた連中は視線をそらして去っていく。

「書けたか」

男がセイの手元を覗く。

「名前しかわからない」

「はぁ?」

「だって住所なんてないし」

まさか魔の森なんて書くわけにもいかない。

「剣術学校なんて行ってないし、親もいないし」

「でも剣は使えるんだろ?」

「まぁ人並みには」

セイの言葉に男はがっくり肩を落とした。その様子にセイは直感が働いた。

「俺、賭けの対象になるんだね」

その言葉に男はびくりと顔をあげた。

「俺が優勝すればあんたも金持ちになるってわけだ」

用紙の名前以外のところをすべて無と書いて、受付係りに渡す。

すると隣の看板に自分の名前が登録され、数字が並んでいる。

「数字の大きいのが優勝候補なんだね」

50人近くの名前が並んでいて、その中でもセイの数字だけがダントツで低い。

「言っとくけど、俺負けたってあんたの賭けた金なんて返せないよ」

そう言った時、鐘が鳴り響いた。受付の締め切りが来たのだ。すると周りにいた人が、登録者の看板を眺めている。どんどん数字が上がっていく名前もあった。多くの人がその人に賭けているのだ。一方、セイの数字は上がる気配はない。ビラには登録者の個人情報が書かれている。名前しか書いていないセイに賭けるような、あぶない橋を渡る馬鹿はいないということだ。

「…」

「いいさ!毎年のことだ!!」

男は半ば自棄になって、セイのスポンサーになることにした。

二度目の鐘が鳴って、数字の変動は止まった。セイの数字は100のままだ。少し落ち込んだように男が帰ってくる。

「これで変更はできねぇ。お前にはイヤでも優勝してもらうぜ」

「だから」

「これで優勝すりゃ大穴だ。俺は一気に大金持ちだ!」

自分を励ますように男は叫んでセイの肩をバシバシと叩いた。

「責任はとらないからね」

セイはそういうと、また宿を探し始めた。

「宿ならあそこに泊まりな」

後から男が追いかけてきて、近くの先ほどより立派なホテルを指した。

「あんなとこ?」

「そうさ、優勝すりゃいいんだからよ。どの道もうあそこしか空いてねぇぜ」

そう言われると目に入る宿泊所には「武道大会出場者満員」と書かれている。

「いくぞ」

強引に腕を引っ張られて、勝手に手続きを取っていく。もう誰もその男を止められなかった。

これも男の作戦のひとつだった。自分と登録者を同じ部屋にして、セイが優勝すれば問題なし、もし負ければセイが帰ってくる前にトンズラすればいい。そうすればどの道このホテル代はセイ持ちになる。


「俺の名前、言ってなかったな。ホーンって言うんだ」

「ホーン…ね」

 豪華な部屋に案内されて、ふかふかのベッドで2人は話をしていた。

 「いまいち仕組みがわかってないんだけど。武道大会と賭けの」

 「いいぜ、教えてやるよ。まず、優勝者には金貨20枚。これは間違いない。要は勝ち進めばいい。それだけだ。大会は3日間ある。明日は3回戦まで。組み合わせはトーナメント式で明日発表される。2日目は準決勝のみ。3日目は優勝戦だ。この大会にはいくつかの特典が優勝者以外にも付く。まず賭けだが、これは誰でもできる。賭けるやつが多いほど上がっていく。ただし、賭けるやつをスポンサーというんだが、それは一人しかなれねぇ。優勝候補の奴のスポンサーはセリ状態で落とされる。去年優勝したヤツは15万、金貨10枚だ。それで総額の5割をスポンサーに返金される。今回は総額が金貨70枚ほどいっている。過去最高だ。一方のあんたは俺しかスポンサーがいねぇ。だからセリもする必要もなく、銅貨5枚で落とせたってわけだ」

 「ちょっと待って、5割って金貨35?俺より高いじゃないか」

 「あたりまえだよ、それが武道大会のメインなんだからよ」

 「んなのありかよ」

 セイはガシガシと頭をかいてベッドに倒れこむ。ホーンは話を続けた。

 「それで残った35枚の金貨だが、その半分がこのホテルに支給される。だからどこの宿も登録者を優遇するんだよ。そのかわり敗者には結構きびしいがな」

 「そりゃそうだよな。金の卵がいきなりただの卵に変わるんだからな」

 「ただ、それだけじゃねぇ。まぁ、勝ち進んでみろや。金貨20枚といわず、金持ちになるぜ」

 「なんだよ、それ」

 「まぁそれは勝ってからのお楽しみだ」

 落ち着かない豪華な夕食を取って、早々と部屋に引き上げた。そうやらこのホテルには優勝候補とそのスポンサーが数人いるらしい。大広間はスポンサー同士が自慢話に明け暮れていた。

 

 「それで、どうなの?優勝した?」

 誰もがセイの話に聞き入って、ジナが先を促した。

 「落ち着けって。順に話してやるから。…その大会であいつに会ったんだ」

 「あいつ?」

 リオが不思議そうに首を傾けた。


 「よく眠れたか」

 「ん、まぁ」

 少し重い目蓋をこすりながらセイは大きく背伸びをした。

 「頼むぜ、兄ちゃんよ。俺のバラ色の人生はあんたにかかってるんだからな」

 「がんばるよ」

 適当に返事をして、身支度を始める。軽い朝食を終えたあと他の出場者と一緒に闘技場へと向かった。

 「これがトーナメント表になります」

 入り口にいた若い女が、派手な格好をして表を渡してきた。右隅に彼女のだろうか、名前と店の名前がかかれてある。

 「がんばってね」

 擦れ違いざまの女にも小さな紙を渡される。どうやら遊女も稼ぎ時らしい。

 セイの名前は右隅のDブロックに入っていた。一番人数が多い上に3回戦までいけば第2シード、去年の準優勝と当たる。

 「優勝なんて、できるのかな」

 ボソリと呟くと、後ろに立っていた男たちが笑い声を上げた。

 「お前みたいなガキに優勝は無理だよ。腕をへし折られる前に帰りな」

 「ご忠告、どうも」

 このころのセイはどうやら今よりもずっと落ち着いていたようだ。相手の挑発に乗らない程度に。

 「キミ、はじめて?」

 その男たちから離れて、開会式が始まる時間まで壁際に立っていると、また男に声をかけられた。

 「あ?」

 面倒くさそうに顔をあげると自分と同じぐらいの背をした少年だった。

 「俺も初めてなんだ。よろしく」

 自分よりもずっと小さい手を出してきた。セイはその様子に警戒心を解く。

 「こっちこそ。俺はセイ。よろしくな」

 「シュンだよ」

 握手を交わしたところで、大きな銅鑼の音が鳴った。

 「はじまりだ。じゃあ」

 シュンはそういってその場を去った。


 「2人の出会いって、闘技場で?」

 「あぁ、はじめ女かと思ったよ。めちゃ細かったし」

 「えー、それってどれくらい前?見てみたい」

 ジナは興奮して身を乗り出してくる。

 「5年前かな。まぁ、その時はそれっきりだったけどな」


 A、B、C、D、すべてのブロックが同時進行で行われた。正直言って、2回戦までの相手は雑魚だった。叔父に鍛えてもらったせいか、どうやら人間の間では腕の立つほうに入るようだ。3回戦が始まる前に、ホーンが控え室に入ってきた。

 「大丈夫か?」

 「次、準優勝の人だからね。油断はできないよ」

 2回戦の時にその戦いぶりを見た。これまでの相手とは比べようがない。長槍を使っていて、間合いに入るのが難しい相手だ。

 「がんばってくれよ」

 ホーンはセイの肩を揉みながら励ます。

 「俺だってお金は欲しいしね。ホテルからたたき出されたくないし、努力するよ」

 名前を呼ばれて、セイは立ち上がった。

 「じゃあね」

 ホーンはセイの背を見送って、荷物もまとめるか、試合を見るか悩んだ。毎年、大穴を狙って賭けをしてきたが、いつも1回戦か2回戦で逃げた。今回は優勝候補と当たる。逃げる理由はどの年よりも強い。だが、ホーン自身多少の剣は使える。セイの強さもわかる程度にはある。一か八かの賭けだった。自分の人生を、あの少年に預けてもいいのかどうか。思い悩んでいると、どっと歓声が響いた。慌てて階段を駆け上がり、客席に出た。

 「…」

 ホーンは喉を鳴らした。長槍を振り回して、うなる音が歓声を書かき消しているように聞こえた。長さ10メートルの闘技場の隅っこで、セイが倒れこんでいる。

 足が自然と後退りした。振り返ろうとしたとき、少年が真後ろに立っていた。

 「大丈夫だ。彼は勝つよ」

 優しくそう言って、少年は客席の一番下まで降りていった。

 「…な、なんだ?」

 少年を目で追いかけていると、ざわめきが起こった。はっとして場内へ視線を戻す。

 セイが立ち上がっていた。


 「あ、あぶねぇ」

 セイは自分の腹に手をやった。服が真横に裂けているが、血は流れていない。相手の間合いに飛び込もうとしたとき、槍を短く持ち直した男は近付いたセイをなぎ払おうとした。間一髪で踏みとどまり、大きくうしろへ跳躍したが服が槍先に引っかかり、その勢いであわや場外負けというところまで吹き飛ばされた。

 「あんなに身体でかいのにスピードあるんだ」

 2メートル近い巨体に似合わず、動きはすばやい。

 セイは柄を逆手に握りなおした。両刃の剣は音を鳴らしてセイの背に隠れる。

 「武器破壊、しなきゃな」

 セイはまた男に向かって走った。視線をそらさずに、まっすぐ男だけを見た。男は槍を引いて、構えた。セイが跳躍しようと踏み切った右足を見逃さずに、槍を伸ばした。空中では身の動きは固定されたも同じ。コースさえ読んでいれば槍は真直ぐにセイの足に当たる。セイはそれを見切っていた、というよりそれを待っていた。右足で槍が当たる直前に突き出してきた槍を踏みつけて身体を右に向ける。その反動で背から勢いよく剣を下から振りぬいた。槍は押さえられた足の重みで上に動かず、下から突き上げられた剣のせいで下へ動かすことができない。武器破壊だと気づいたときにはもう遅く、槍先は宙に舞った。

 息をつかせぬ、一瞬の出来事だった。慌てて槍を引き戻した男は驚きを隠せない。完全に槍は棍棒となって男の手の中にある。

 「おっけー」

 相手の驚いた顔を横目で見て口の端をあげた。着地と同時に横に飛んで、槍先を場外へ蹴り落とす。

 勝敗は、場外か、ギブアップか、気絶か。相手の闘志からみて、ギブアップはありえない。あの巨体を場外まで吹き飛ばす力はセイにはない。

 「気絶、させれるのかな」

 向き直って、剣を前に構えなおす。

大叔父と勝負して勝った事は一度もない。いつも自分が参ったというばかりだ。だが相手は大叔父ではない。勝てる、その思いが自分の中で強くなった。

『キミには見えるはずだよ、セイ』

ふっと頭に声が飛び込んできた。視線をそらすとそこにはシュンがいた。観客席の一番前で、笑っている。

セイはスッと目を閉じた。全神経を相手に集中する。昔から気の流れを読むのが得意だった。気の流れを止めるか、変えれば相手は気を失う。その止める場所さえ間違わなければ一瞬で勝負がつく。セイは剣を片手で短く持った。柄でその場所を突くことにしたのだ。

男は目を閉じたセイを訝りながら、槍の棒を握り締めた。

セイが一歩を踏み出して、剣を振り上げた。男がその剣先に視線を寄せた瞬間、セイが消えた。一瞬、自分の上に影ができた。顔をあげるとセイが剣先を上に向けて落ちてくる。避けようとしたが、柄が肩に当たるほうが速く、男は肩に激痛が走った後、泡を吹いて前に倒れこんだ。歓声が場内中に響いた。優勝が決まったかのように、場内中に紙ふぶきが舞った。そしてコインがどんどん投げ込まれてくる。金貨20枚といわず金持ちになれる理由のひとつだ。投げ込まれたコインを集めればそれ相応の額にはなりそうだ。

審判が駆け寄って、セイの手を高々と上げた。客席からホーンが飛び出してきて、涙を流してセイに抱きついてきた。たぶんここにいる人間のなかで一番心臓に悪い思いをしたのはホーンだろう。


 「ほんとに勝っちまうとはなぁ」

 ホテルに戻ってくると、すでにセイが優勝候補に勝ったという情報は流れ込んできていて、宿泊していた人みんなが出迎えてきた。

 「俺もびっくりした」

 セイは笑ってそういった。勝ってしまったことよりも、あのシュンの言葉に。

 昨日よりも豪華な食事をしていると、画材道具を持った連中が詰め寄ってきた。

 まだ機械工が発展していないため、新聞に載せる顔も手描きになる。セイはペースを崩すことなく食事を続け、適当にインタビューに答える。ホーンの方は食事をとめて色々と答えている。

 「セイ~っ」

 部屋に戻って落ち着いたと思ったら、外から自分の名前を呼ぶ若い声がする。

 何かと思って窓から顔を出すと、女たちが数人こっちを見上げて歓声を上げた。そのうちの2人は見覚えがあった。名前を渡してきた遊女だ。

 「これも金貨20枚以上の特典?」

 顔を引っ込めて、酒に酔っているホーンに訊ねた。

 「明日も勝って、明後日も勝ちとなると、女の数はどんどん増えてくぜ」

 「…どうすればいい?」

 まだ少年といっていいセイにとって、この対処法がわからなかった。

 「遊びたいなら遊べばいいし、イヤなら手でも振ってまた今度って言っとけよ。早くしないと乗り込んでくるやつもいるからな」

 「う、わかった」

 セイは言われたとおり、窓から顔を出して、手を振った。

 「しかし…」

 急に真剣な顔になって、ホーンがトーナメント表を取り出した。

 「明日はシュンってやつだ。こいつがまた謎だな。スポンサー無しの新顔だ」

 「え?シュン!?」

 セイは驚いてトーナメント表を覗きこんだ。

 「知ってるのか?こいつなぁ、まだ15歳でよ。しかも俺に助言しやがったんだよ。お前が吹っ飛ばされたとき、お前は勝つってよ」

 「え?」

 「驚いたぜ、あんな落ち着いたガキは初めてだぜ」

 ホーンはくわえた煙草に火をつけて、頭をかいた。

 「そっか、シュンか」

 セイは初めて胸が躍る感じがした。こんなにわくわくする感情がまだ自分の中に残っていた。

 「なんだ、うれしそうだな。勝てるのか?」

 ホーンもまた、セイの顔につられて笑う。闘っているときはあんなに大人びた顔で、少年であることを忘れてしまうのに、目の前にいる少年は本当に少年の顔をしていた。

 「わかんねぇ。シュンは強いよ、絶対」

 「なんだそりゃ。だめじゃねぇか」

 あまりに嬉しそうな言い方に、ホーンは煙草を落としかける。

 「うん。そうかも。おやすみっ」

 バサッとベッドの中にもぐりこんで興奮を静めた。

只者じゃない、きっと大叔父より強い。セイはそう思った。


目覚めはいつもより早かった。ホーンは起きてひげを剃っているところだった。

「お、今日は早いじゃねぇか」

「うん。今日の試合、めちゃくちゃ楽しみなんだ」

そう言って、セイは部屋を飛び出した。

「おいおい…、なんだよ。あのハシャギようは」

部屋の戸から、泡を顔半分に残したままセイの背中を見ていた。


「シュン!!」

ホテルから出ると、シュンがちょうどホテルの前を通りかかった。

「やぁ、おはよう。昨日は大活躍だね」

シュンは新聞の一面を広げていった。昨日の試合の様子が綺麗に描かれている。

「うわぁ、すげぇ」

「よく眠れた?」

「おう、今日シュンとだよな?俺めっちゃ楽しみなんだけど」

「俺もだよ」

興奮して早口で喋るセイに、シュンは苦笑する。

「それじゃ、また闘技場で」

フッと顔をあげたシュンは一瞬厳しい顔をして、手を上げてセイから離れていった。

「おう、またな」

その一瞬の表情の変化に気付かず、セイはそのままシュンを見送った。


「がんばれよ、坊主!!」

「今日も勝てるわよ~」

朝食を済ませた後、身支度をしてロビーにでると、いろんな人が声を掛けてきた。

ずっと新聞画家はセイに付っきりで、忙しなく手を動かし続けていた。

「よし!!」

頬を両手で叩いて気合を入れた後、外にいたホーンと共に闘技場へ向かう。


もう一方の準決勝戦が長引いて、セイの試合は昼前になった。夏でもないのに場内は異様な蒸気に包まれていた。

「がんばれよ、セイ」

セイはホーンの手を叩いて、まかせろ、と言った。

闘技場に出ると、場内が一気に盛り上がった。シュンのスポンサーはなし、セイはホーンだけ。どちらも貴族にとってはどうでもいい試合であるのに、だれもが2人に声援を送った。

シュンは石畳の場内の隅に座って空を見ていた。セイが入ってきても振り返りもしない。

「シュン!!」

審判が彼の名前を呼んだ。ゆっくりと振り返る彼の表情に、朝の笑顔はなかった。

「っ…」

セイは息を呑んだ。これほどの殺気をシュンは持っている。楽しみだと、朝告げた彼の面影はどこにもない。

ゆっくりと近付いて、お互いに礼をする。一瞬の隙でさえも見せられなかった。

「なに、そんなに怒ってるんだよ?」

「真剣勝負をしたいんだ、キミとね」

細身の剣を抜いて、シュンは構えた。うっすらと汗が滲んでいる。そんなにここは暑いのかと思う程。

「俺もだ」

セイが剣を抜いて同じように構えた瞬間、場内は一気に静まり返る。

はじめの一歩は同時だった。2人は同じように右から斬りこんでいく。刃のぶつかり合う音が響き渡る。刃が離れても、すぐにぶつかり合う。誰も声援などおくれなかった。場内はただ、剣の響きあう音しかない。本当に、真剣勝負だ。

また、剣が交わって、お互いが距離をとった。このとき初めて歓声が沸きあがる。息もつかせない勝負に場内は割れんばかりの声を上げていた。

「なかなかやるじゃん。やっぱ只者じゃないね」

その言葉にシュンは答えず、口の端をあげるだけだった。そしてまた間合いを詰める。

「っ、速い」

真横に振りぬく剣をなんとか剣の峰に左手を添えて受け止める。高く後ろに跳躍してさらに間合いを取ろうとするが、それを上回ってシュンは飛んできた。

「にゃろっ」

空中での身の動きは得意だった。剣を逆手にとって、シュンのわき腹を蹴った。

「ぐっ」

シュンは苦痛に顔をゆがめて失速、そのまま落下していった。着地するとき、わき腹を押さえ、片手までついて痛みを堪えていた。

「俺に空中戦なんて、百年早いよ」

シュンは立ち上がって、汗をぬぐった。

「そうだね、忘れていたよ」

今度は左手でわき腹を押さえたまま、片手で剣を構えた。

決着は次の一瞬でついた。シュンのふらついた足元を見逃さずに、セイが間合いを詰めた。第一撃目をなんとか剣で避けたが、片手では支えきれず、反動で後ろに押された。構え直す間もなく、二撃目で剣を弾き飛ばされ、それを目で追った瞬間、思い切り腹に蹴りが入った。

「っ」

痛みの声を上げることもなく、そのまま場外へと落ちた。

すぐに審判が駆け寄ってセイの手をつかんだ。場内はこれまでにない音に揺れた。

セイは笑って息をついたあと、シュンのほうを向いた。シュンが起き上がってくる気配はない。そんなに強く蹴りすぎたのか、と心配になって駆け寄った。

「シュン!!」

シュンの近くにいた観客は小さな悲鳴を上げた。

お互いに刀傷はなかったはずだ。なのに緑の芝生が赤々と染まっている。

「シュン!!」

慌てて場外へ降りてシュンを抱き起こした。場内は一気に騒然とした。

「はやく!医者を!!」

わき腹から血が流れていた。ホーンも飛び出してきて、様子を伺う。

「シュン、お前怪我して」

シュンはただ苦痛に顔をゆがめ、額から汗を流していた。そして抱き上げたセイの服を強く握り締めていた。


「まだ新しい傷ですな」

医務室に運ばれて、年老いた医師がそう告げた。わき腹の傷は鋭利な刃物のようなもので10センチにわたって切られていた。布で圧迫止血をしていたものの、セイが蹴った衝撃で傷口が開いたようだ。怪我を負った状態であれほどの運動を見せたシュンの精神と体力に医師も驚きは隠せなかった。

「まぁ、安静にしておくことじゃ。今は麻酔を打って眠っているが、しばらくすれば目も覚めるじゃろ」

医師はそういうと部屋から出ていく。

「ホーン、俺はここにいるよ。先に帰って…、外野を帰らしてくれないかな」

いたたまれない顔をしたセイは弱々しくそう告げた。視線はずっとベッドに横たわる少年に向いている。

「わかった。だがちゃんと帰って来るんだぞ」

ホーンはそう言って、セイが頷いたのを確認すると医務室から去っていった。

「ごめん、傷のこと…気付かないなんて…」

いすに座って身を折り、指を組んでその手を額に当てる。

「キミが…あやまることじゃないよ」

声が聞こえて顔をあげた。まだ少し青白い唇をうっすらと開けて笑うシュンの顔が見えた。

「シュン!」

「ごめんな、キミにそんな思いをさせるつもりじゃなかったんだ」

セイは黙って首を振った。震える唇で、何かを言おうとして、言葉に詰まる。それを見てシュンは指でその唇を押さえた。セイは驚いた顔をした。

「謝らないで。キミのせいじゃない。これは俺の問題だから…」

「何が、あった?」

手を身体の上に戻して、シュンは静かに笑った。

「ごめん、言えないよ。…キミに聞きたい事があるんだ」

そういうと、痛みを堪えながら上体を起こした。

「動いたら」

「平気だよ」

背をベッドに預けて笑った。シュンの瞳がすこし揺れて、困ったような顔をして口を開いた。

「キミは誰?」

「え?」

一瞬と惑った瞬間、シュンの伸びた手に耳を隠していた布を取られた。

「あ」

声を上げたのはセイのほうだった。慌てて両手で耳を隠した。放した剣が音を立てて床に落ちた。

「魔族じゃないんだね…」

「知って…」

「キミの剣には魔族独特の振りがあったから、そうかもって思ったんだ。でも違うね。キミは妖族の生き残りだね」

「妖族…?」

「あの跳躍力、空中での身のこなし、気の流れを読む力…妖族の元長、妖精族の生き残りだよ」

「妖、精族?」

ゆっくりと手を耳から離した。

「生き残りはほとんどいないと言われていたんだけどね。…まさか人族に紛れていたとは」

その言葉にセイは首を振った。

「俺、覚えていないんだ。いまから12年前ぐらいに魔族に預けられた。魔族って言ってもすげぇ人間に友好的な人たちで」

「あぁ、『家』に住む魔族だね」

セイは驚きを隠せずに、食い入るように見た。

「そうか、キミは…あの」

シュンはそれだけ言うと、静かに涙を流した。セイは戸惑いを隠せずにいた。

「ゴメン。気にしないで」

「なにか、俺のこと知っているのか?知っていたら教えてくれ。俺は魔族でもない、人間でもなくて。シュンが言う妖族の妖精族だというならそれを信じよう。ほかに何を知っている?俺の何を知っているんだ!?」

セイは必死になっていた。それが自分の森を出た理由だ。必死になってシュンの腕を掴んだ。その必死の様子にシュンは黙って首を振るだけだった。

「俺からは何も言えない。…真実は、自分で探して」

「シュン…」

掴んでいた手から力が抜けていった。

「ゴメン。言えばキミは俺を軽蔑するから…俺は、キミを失いたくないから」

「軽蔑なんて、そんな」

慌てて首を振るセイに、シュンは叫んだ。

「分からないだろう!!真実を知ったときに、キミはっ…俺を恨むよ」

言葉の最後はとても弱々しく、消えるような囁きだった。セイはそのまま、何も言えず、黙って医務室を出た。布を頭に巻いて、俯いたままホテルへと足早に向かった。

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