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第二章 リオの過去と罪

老子が重く口を開いた。名を口にしてはならない。その掟を知っていながら老子は口にした。姫は驚いて老子とリオを交互に見る。お互いが渋い顔をしていた。

リオという女が、この村のものだったというのはわかった。だがそれが誰になるのかはわからない。だが、昔姿を消した同い年の女の子がいたのは父から聞いた。もう10年も前のことだ。唯一、この村から脱走した女だと。

「はい、そうです。先代が10年も前から刺客を送って殺そうとしたあの女です」

「あなたのお姉さんは、魔物に殺されたわ。あなたが出て行ったあとに」

「知っています。姉も私を殺すための、刺客でしたから」

夜中に女中が寒くないようにと、薪を暖炉にくべた。今はそれも完全な炭となって音を立てて崩れた。まるでリオの心と姫の心を表しているかのように。

「刺客?あなたの、姉が?…それも父が?」

「えぇ。あなたはご存じないでしょう、姫様。私がこの村でどれだけの大罪を犯したか」

リオは静かに目を閉じた。両腕で全身を守るように、足を抱え込んだ。


10年前

「これが…古文書」

まだ7歳になったばかりだったリオは、人一倍利口だった。だから村のあちこちに残る碑文をだれにも聞かず、読めることもできたし、意味もわかっていた。幼いころから好奇心が強く、村すべての碑文を書き写して家に帰っては自分なりに解読した。今では神官でも古来からの辞書がなければ読みこなせないものを、彼女はわずか7歳でやり遂げた。

大人たちもリオの行動はただの遊びだと思っていた。たかだか、子供のすることだと気にも留めなかった。それは姫の父の前神官とて同じだった。

やっと意味の繋がった文章になるまで2年かかった。どうしてもわからないときは時々、神官の屋敷に忍び込んで文字を調べた。一時、前神官に見つかりそうになったとき、わざと姫様と遊ぼうとした、と言ったことがある。神官の娘と一介の村人の娘が遊ぶことを彼はよしとはしなかった。だからそのあとこっ酷く叱られた。両親からも、神官からも。

けれど目の前の謎が解けるなら、この程度の説教などまったく応えない。そうやって2年が経ったとき、この村の秘密は古文書にあり、と記された碑文の解読に成功した。

村で唯一、誰にも入室許可が下りない場所があった。それが屋敷の地下だった。神官ですら、入室すれば災いが起こると言われ、近づかない場所である。古文書のことは誰も知らない。誰かに冗談めいて聞いても笑うだけだ。あの長寿の医師でさえ(このときの医師は今の医師おばばの先代に当たる)。

最後に見つけた文字のかすれた碑文は解読するのに一番時間がかかった。8歳になる直前、急に頭の中に文字が浮かんできて、その意味がようやくわかった。

『新月の夜に門は開かれる。楔の言葉は ムーテルノース』

そう書かれてあった。早速、新月の夜に、足音を殺して丘を登った。ちょうど人家の離れた場所にその碑文はあったので、多少音がしても聞こえはしない。今夜は少し風が強い。それと間違ってくれる。

リオにはそう言い切れる自信があった。今日は自分の誕生日だ。母がいつも、誕生日にはいいことが必ず起こる、と言っていた。だから今日一日、ほしいものもなにもねだらず、商人の売るきれいなアクセサリーも我慢した。ただ、古文書のある場所にたどり着くために。

『ムーテルノース』

膝をついて小声でつぶやいた。すると、碑文の文字の部分がくっきりと浮かんできた。青白い光を放って、静かに消えた。

先の光がだれにも見られていないか、後方をふりかえり、どの家にも明かりが点いていないことを確認する。少し息を吐いたが、別段、見た限りでは何も変わっていはいない。言い足りなかった言葉があるのだろうか、文字を指でなぞりながら、膝で碑文のまわりを歩いた。

「きゃっ」

強い風が、まるでリオの悲鳴をかき消すように吹いたと同時に、彼女は足を踏み外して階段を転げ落ちた。

「いたぁ」

碑文の裏側が階段状になって、地下へと続いていた。楔の言葉のあとは、これを書いていたのだろう。

「なに…、ここ…」

先ほどと同じように青く文字が光り、奥まで続いている。それは四方の壁を埋め尽くし、侵入者を奥へ誘っているようだった。明かりなくとも、自分の体と足元は十分見える。

リオは不安と好奇心を天秤にかけ、わずかに上回った好奇心に任せるがまま、足を恐る恐る進めた。

「この奥に、古文書があるのかな」

行き止まりになった壁を手でなぞる。なにかが指に引っかかった時、床に隠れていた燭台が現れて、そこには明かりの代わりに古い巻物がのっていた。

目の前にあるものが古文書だと、リオはすぐにわかった。そして同時に手に触れることがあまりに恐れ多いことも。

手を出しかけてはすぐに戻す。それを何度となくくりかえし、結局何もせずにその場を去った。隠し台の片付け方も、ましてや入り口の閉じ方もわからない。リオは見てはならないものを見てしまった罪悪感を胸の奥に抱えたまま、家に戻った。


「だが結局は盗ったのだろう?古文書を」

老子は膝を抱いたままのリオに冷たく言い放った。

「盗ってないわ。あのとき、私は何も持たずに出たもの」

そう、何も持たずに。あの時、家から持ち出したランプも、古代文字を記したノートも置いたままで。


翌朝になって、散歩と称してあの碑文のところまで歩いた。そこはなにも変わらぬ草の生い茂る場所だった。

リオはそれをみて安心した。ランプも、ノートもそのままだが、神官でさえ入るのを拒む場所である。たとえ見つかるとしてもそれはいまの神官の時代ではない。あの臆病な神官の時代に、自分が村の秘密に触れたことがわかることはない。すこし目を細めて初めて息をしたかのように、空気の味を確かめた。

だが、昼過ぎに事態は急変した。そのミスはリオがまだ生まれて8年しか経っていないことが原因だった。

50年に一度、村の安寧を願っての儀式があった。それは神官にしか関係なく、村人にはごく普通の一日を繰り返すだけだ。だからリオの両親がそのことを知るはずもない。もちろん、リオも。

カン、カン、カン。

村中に知らせの鐘が鳴り響いた。畑仕事をしていた農夫も顔を上げ、門兵たちも山門の出口を固めた。一泊を許された商人が帰ろうとするところをとめられて、門兵とすこし言い合いをしている。

「なんだろう」

リオもさっきまでの不安を忘れて丘を上り、姉と手をつないで神官が出てくるのを待った。

屋敷から出てきた神官は蒼白な顔をしていた。その顔は、恐怖とも怒りとも取れる顔だった。

「昨日、この村に賊がはいった」

側近がそういうと、村人がいっせいに息を呑む。

「これが遺留品だ」

そういって差し出したものを見て、リオは姉の手を思わず握り締めた。

「…このランプは商人が売るものだ。特定はできん。だが、こっちは」

そう言ってノートを出した。

リオは今にも走り出したい気持ちでいっぱいだった。ゆっくり姉の手を離そうと、自分の手を引いた。だがそれを姉が許さなかった。

びくっと震えて姉を見る。姉は無言のまま前を見ていた。それどころか、前に歩み出た。

「申し訳ありません、神官様。それは私の妹の物でございます」

一礼して堂々とそう告げた。

「朝、妹が落書き帳がなくなったと騒いでおりました。夕べ風の音にまぎれて扉が開く音が聞こえたのです。気のせいだとそのときは思ったのですが…、もしそれが遺留品なら賊がそれを盗んでおいていったのではないかと」

「エールの娘、か。そなたは賊が家へ侵入したと申すか」

「はい」

「ではなぜ確認しなかった」

「風の音かと思ったのです。現にそのとき、風は強かったですから」

「これはどこにおいてあった」

「夕べ妹は夜遅くまでそれを眺めていて、途中で寝てしまったので私が妹を寝室まで運びました。そのノートはそのままリビングに」

家の構図はどこも玄関とリビングは繋がっている。侵入してリビングのものを盗るのは現実問題、朝飯前である。

「私もそのあと寝入ってしまったので、玄関の鍵を閉め忘れたかもしれません」

「ほう…。ではなぜ、このノートが必要だと、賊は思ったのであろうな」

神官は以前リオが屋敷にはいったこともあり、どうしても素直に姉の言い分を聞かなかった。

「それは…」

「そなたらの家を検める。衛兵」

言いよどんだ隙に、神官は手を振り上げて神官をリオの家に向かわした。

リオは嫌がりはしなかった。自分は盗っていないのだ。なにも咎められることはない。

姉の作り話に合わせていれば、自分は被害者になる。良心の呵責を感じないわけではなかった。だがここでそれは作り話だと、言い切る勇気はなかった。

結局、リオの家からは古文書は出てこなかった。事件解決にもならず、商人までも出入りを禁止されて、村を出遅れた商人はぼやいていた。


「ごめんなさい。おねぇちゃん」

リオは両親のいないところでそっと謝った。

「なにを謝るの?なにか悪いことをした?」

さらりと受け流して、食器を洗う手を止めなかった。

「その…昼の」

「あれは神官様が勘違いしていたのよ。あなた以前屋敷に入ったでしょう。それでついそう思っただけよ。あなたは何もしていないのだから、心配しなくていいのよ」

笑いかけてきて、リオもつられて笑う。だが心の中でなにかわだかまりができるのを感じた。


「で、古文書は見つからず、か」

「…」

セイの言葉にリオは目を開けた。

「いいえ。見つけたわ」

そのはっきりした声に老子が再び腰を上げた。声にも出さずとも、表情がすべてを物語っていた。

「商人が、持っていたのよ。あの夜、商人が闇にまぎれて私のあとをつけていた。私が家に帰ったあとあの洞窟に入ったのよ」

リオは自嘲気味に笑った。

「数日して、両親が死んだわ。…村中に、私が村の宝を盗ったからだと、うわさが広まって…。姉も日に日にやつれていった。この村の中なら誰よりも評判のよかった姉が無意味な中傷を受けた。…私が、妹だというだけで!」

語尾を荒げて背にした壁を思い切り殴った。ドンッと部屋全体が揺れた感じがした。

「そんな姉を見るのが嫌だった。だから私は村を出たのよ。大きな書置きをしてね」

「大きな、書置き?」

「古文書はもらった。姉は何も知らない。私が彼女を利用しただけだってね」

「そんなの、信じるのかよ」

「神官が信じればみな信じる。あの人は、ただ私を陥れたいだけだから」

「父がそんなこと!」

今まで黙って聞いていた姫が声を荒げた。

「するはずないわ。いつも、いつも、民のことを考えて」

リオはちらりと視線を姫に送って話を続けた。

「夜中に、村を抜け出そうとした。ちょうど、雨も降っていたし、絶対にばれないって思ったから」


山門の様子を伺った。雨のおかげで篝火の勢いも弱まっている。高台にも人はいない。

だが飛び出そうとする瞬間、ずっと足止めを食らっていた商人がリオを止めた。

「無茶はいけねぇ、お(おじょう)ちゃん」

ひげを生やしたふくよかな男だった。頭にはターバンを巻いて、その額には宝石が雨にぬれて鈍く神秘的な輝きをしていた。リオをつかんだ手のひらはか細いリオの二の腕を軽々と包み込む。

「だれ」

「村を出ようってのかい。そいつは危険だ」

「なぜ知ってるの」

男は自分の馬車にリオを連れて行って、タオルを渡した。

「おいらはもうここに4日もいるんだ。村の噂ぐらいすぐに入るさ」

「…神官に、突き出すの?」

「いいや、子供を見殺しにするようなことはおいらはしたくねぇ。これを神官の屋敷に投げ込むんだ」

そういって渡されたのは石を紙でつつんだものだった。

「これは」

紙を広げると、自分が犯人で逃げる、といった文章だった。

「助けてくれるの?」

「あぁ、もちろんだとも。そのあとは馬車の荷台に隠れていればいい。なに、見つかりやしねぇよ」

「でも…見られたら」

「大丈夫だ。今夜は嵐が来る。窓からみても誰の人影もみれねぇよ」

商人の予想は当たっていた。一時間も経たないうちに、馬車の荷台が風でギシギシと軋みだした。

リオは商人を信じて地を這うようにして神官の家に近づいた。幸い、馬車を止めていたのが丘の頂上付近で、そんなに時間はかからなかった。思いっきり足に力を込めて踏ん張り、右手を振り上げた。石が手から離れた瞬間、きびすを返した。丘を一気に駆け下りる勢いで商人の馬車に駆け込んだ。すでになかは寝袋を敷いて、商人はすぐにリオを荷台の奥に隠した。そして小声で話す。

「どうだ、うまくいったか」

「わからない。投げたけど、ガラスが割れたかどうかは」

がちがちと寒さと少しばかりの恐怖に震える。

「もう安心しな、あとはおいらがうまくやってやるよ。今夜は眠るなよ。酷な話だが、衛兵が来たときに寝息を聞かれちゃまずい」

「う、うん」

「それから衛兵が来たらその木箱の中に隠れろ。お娘ちゃんなら隠れれるだろう」

自分が座っていた木箱を見る。たしかにやせ細った自分の体なら、難なく入るだろう。

「無事に外へ出してやるよ、あぁ、礼なんかいらねぇよ。これも取引だ」

「取引?」

商人の口からすこしうれしそうな笑いが漏れる。

「そうさ。おいらはここで4日も足止めを食らっている。このままここで滞在なんてことになりゃ商売上がったりだ」

「そっか、おじさんもたいへんなんだね」

気さくな言い方にリオも自然と緊張がほぐれた。

このとき、リオはもう後戻りできなかった。あの石を投げ込んだときから、もうこの村に帰ってくることはできないと、心の底から思った。


「翌朝は、いい天気だったわ。まぁ、私はほとんど箱の中にいたからその光も拝めなかったけど」

商人は大げさな演技で、リオ脱走に騒ぐ村中を尻目に、村を出た。夕方になってようやく箱から出た。

「はじめての世界だったわ。木々のない、広大な大地。どこまでも続く川。そのさきに繋がる海。人々があふれ返るほどの市場」

まるでそのころの情景を思い浮かべるように、リオは瞳を輝かせた。そしてすぐに顔を膝に埋めた。

「でも・・・見つけてしまったのよ、そこで。古文書を」

しばらくは商人とともに行動した。やはり商人だけあって顔は広かった。

「いろいろな人を知って、たくさんのことを学んだわ。機械のことも」

今の時代、機械はあまり市場に出回っていなかった。機械工が発達していなかったし、まだまだ工学者の数が少なかったせいもある。

頭はよかったおかげで物事の吸収は早かった。

ある日、馬車の中で片づけをしているとき、小さな木箱を見つけた。それを開けたとき、すべてが足元から崩れていくような衝撃を受けた。

あの運命の夜に手を出さずにおいた村の宝が、目の前にあった。

「そこですべてが繋がった。商人は私を犯人に仕立て上げて、自分はうまく逃げるつもりだったと。私がみすみす捕まって古文書を持っていないことがばれたら自分はずっと村の中にいなければならない。本当の犯人が見つかるまでに」

「それで…その商人は?」

セイが先を促した。

「死んだわ」

「なに、事故とか?」

リオはセイの台詞に黙って首を振った。

「魔族に、襲われた」

シュンが膝に腕を立て、その手のひらにあごをのせて言った。

「10年ぐらいからだよ。魔族が人を襲い始めたのは」

「そうよ。いきなり鳥族が襲ってきて、男はえさになったわ」

あっさりとした言い方に、姫は少し口元を押さえた。

「わたしは逃げた。古文書を持って。今まで知り合った人を頼りに」

「古文書を村の外に出すからだ。それは一種の封印だったのだ」

老子は重く息をついた。

「それで、古文書は持っているのか」

「…えぇ」

その返事に老子が今にも飛び掛ろうとした。それをセイが剣を出す。老子の手があとすこしでリオの髪にふれるときに動きは止まる。両刃の剣をそのまま老子の腹に押し当てる。

「黙って聞けよ」

「いまさら戻しても手遅れよ。魔族は止められないわ」

リオはため息をついて窓辺に立った。ジッと、魔の森を見つめる。

「古文書のあるところに魔族は現れる。それが逆に私の目印になった。結局、あの書置き通り、私が古文書を持っているのだから。刺客は魔族が現れた場所を調べ、私を探した。村を出て、三年がたった時、初めて刺客が私の前に現れたわ。見たこともない男だった。でも私が殺さなくても魔族が先にやつらを殺したわ。そのおかげで私は殺されずにすんだ。なぜか、魔族は古文書を持っている本人には手を出さなかったから。でも、それが逆に私の罪を重くした。…古文書を持って逃げただけでも死刑に値するのに、村の長の代理人とも言える刺客を殺したのだから。…それから私は休む暇もなかった。自分でも身を守れるように、剣を覚えて。機械工を生かして武器も作った。13歳になったとき、姉が現れた」


「…おねぇちゃん」

「元気そうね」

姉は変わっていなかった。少し痩せてはいるものの、相変わらず大好きな笑顔を向けた。

そしてすぐにあたりを見渡した。誰かに見られていないかどうか。

「大丈夫よ。神官様に言って、2人だけにしていただいたわ」

そういうと姉は優しくリオを抱きしめた。

「大きくなったわね、リオ」

涙が肩をぬらした。そしてはじめて名前を呼んだ。いつの間にか姉と身長は同じになっていた。

「リオ、一緒に逃げよう」

突然の申し出だった。驚きのあまり、声が出なくなる。

「今は本当に2人きりなの。連絡係がきたらうまく言うわ。あなたを誰かに殺させたりしない。おねがい、信じて」

再度、今度は強く、抱きしめた。

「おねぇ…」

涙で言葉にならない。ずっと一人が怖かった。いままでのつらさを忘れてしまえるような、そんな抱擁に自分がどんな立場にいるのかを見失いそうになる。

「この先に川がある。神官様はそこまでしか追ってこれないから、川を越えれば大丈夫よ。あなたを川までに捕まえるように言われたの」

「本当に?」

この言葉は様々な意味を含んでいた。自分と来てもいいのか、とか、神官の言っていることは本当なのか、とか。

「ええ。今夜、夜明け前に出発しましょう。連絡係は明日の朝に来るの。その前に抜け出せば」

「でも、そうしたらおねぇちゃんも」

「川を越えれば大丈夫。ね、だから一緒に行こう」


「自然と、魔族は彼女を襲わなかった。姉も無事だったのよ」

窓枠に手を乗せ、硬くこぶしを握った。シュンはそれを黙って見て、目を伏せた。

先は読めた。

リオが口にする先は、『裏切り』。

「橋を渡ってあと少しで本当に新しい生活が始まるはずだったのよ」

そう言って口を閉じた。しばらくの沈黙の後、セイが先を促そうとする前に、シュンが言った。

「でも、裏切られた」

その言葉にリオが振り返る。顔にはなぜ知っているのかと書いてある。

「後ろから、切られたんだろう。姉に」

リオは右肩を左手で覆った。この傷は誰にも見られないように、どんなに暑くてもこの部分だけは誰の目にも晒さず、隠してきた。


「やめて!おねぇちゃん」

血が吹き出るのを抑えて、叫んだ。足元がふらついて立っていることができない。

「安心して。あなたが息を引き取ったら私もあとを追うわ」

そういって再度短剣を振り上げた。

一瞬でも姉を信じた自分が憎かった。そして自分を騙した姉も同じだ。

「いやぁあああっ」

目を閉じて、すべてを拒絶しようとした。待っていた痛みは来なかった。恐る恐る目を開けると目の前に姉の姿はなかった。ただ、川を赤く染めて流れる液体だけが残っていた。

「え…」

頬を触るとねっとりとしたものが指につく。姉の血だと、気づいたのは上空から姉の頭が落ちてきたときだった。

声のない叫びを上げた。すると、板を敷き詰めた橋を大きく音を立てて、数人の男たちが来た。二人を見張っていたのだ。

歯を食いしばって、にらみあげた。今にも切り殺されそうな瞬間を、背から現れた魔族に守られた、気がした。

魔族の中でもいちばん凶暴な獣族だった。水牛のような角をもち、でも実際のそれよりも鋭く光っている。あまりにも派手に暴れたものだから、手にした手すりが崩れリオは呼吸を止めるまもなく川の中へ落とされた。


「こうして流れ着いた先で手当てを受け、無事17歳になってこの村に帰ってきましたとさ」

自嘲してリオはおとぎ話風に最後を締めくくった。

「魔族が、お前を守った?」

老子は信じられない様子で膝をついた。

「さて、と。長い話だったが…本題を忘れちゃいねぇな」

「北の要を開いてくれれば、さっさとこの村からはおさらばするわ」

セイとリオの2人はすこし面白半分に言った。

「森に入ってなにをしようというのですか。これ以上罪を重ねるの?エールの娘」

「私にはリオって名前があるんですけどね、お姫様」

少し小ばかにしたようにリオが言う。少し自棄になっているのがシュンにはわかった。

「それに今さらでしょう。お宝盗んで逃げ出すなんて大罪犯して、いまさらなにを恐れるというの」

窓から離れて部屋を歩き回った。

「それに、こうやって頼んでいるあたり、この村のことを考えていると思いませんか?別にあなたたちについて来いといってるわけではない。ただ要を開けて、あとは閉じればいいんですから」

「それでは村に影響が」

「でないよ。そう自分が証明したじゃないか、お嬢さん。『なぜそれを』ってね」

セイも悪乗り状態で、姫にからむ。

シュンはため息をついてベッドから立ち上がった。

「俺たちにはそれぞれ魔の森でやらなければならないことがあるんですよ」

その言葉に、リオもセイも黙る。

「リオが言ったはずですよ。俺たちは古文書を読んだ。だから封印を解くためのお嬢さんの名前を知っている。だけど俺たちが言ったらこの村も魔族に襲われる。それを避けたいと願うリオのためにも、こうやって来た。…さあ、どうする?」


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