#028 永久PING
記者会見から二週間後。律とカノンは、小さなライブハウスのステージに立っていた。
Project Resonanceの第一弾イベント。二人が47%の融合状態で創った音楽を、はじめて公の場で披露する日だ。
「緊張する」
カノンが小声で呟いた。でも、律には言葉以上のものが伝わってくる。期待、不安、そして——決意。
「大丈夫。僕たちの音楽を聴いてもらおう」
客席には、記憶支援センターで出会った人たち、高柳警部、そして事件を乗り越えた多くの若者たちがいた。
律がピアノの前に座り、カノンがマイクを握る。
そして——。
♪ ♫ ♬ ♪
最初の音が響いた瞬間、会場の空気が変わった。
*
それは、今までにない音楽だった。
律の論理的な構成力と、カノンの感性的な表現力。それが47%という絶妙なバランスで混ざり合い、新しい調和を生み出している。
『今、感じてる?』
演奏しながら、カノンが心の中で問いかける。
『うん。みんなの感情が、音楽を通じて伝わってくる』
不思議な現象だった。LINKで繋がっていない聴衆からも、かすかに感情が流れ込んでくる。音楽が媒介となって、一時的な共感の場が生まれていた。
曲が進むにつれて、その感覚は強くなっていく。
悲しみ、喜び、希望、不安——。
さまざまな感情が音楽の中で溶け合い、浄化されていく。
「これが……共鳴……」
客席の誰かが呟いた。
そして、クライマックス。
カノンが歌い始めた。
記憶は消えても
想いは残る
形を変えても
愛は続く
心にしみわたる
あなたの音楽
二人で奏でる
新しい世界
最後の音が消えた時、一瞬の静寂があった。
そして——爆発的な拍手。
*
ライブ後の楽屋で、二人は不思議な充実感に包まれていた。
「すごかった」カノンが興奮気味に言う。「みんなと繋がってる感じがした」
「音楽って、元々そういうものかもしれない」律が考え深げに答える。「記憶技術は、それを増幅させただけで」
ノックの音がして、高柳が入ってきた。
「素晴らしい演奏だった。まさに『心にしみわたる』音楽だったよ」
その言葉に、二人は顔を見合わせた。
あの日、カノンが律に言った言葉。すべての始まりだった言葉が、新しい意味を持って返ってきた。
「ありがとうございます」
高柳は真剣な表情になった。
「ところで、一つ聞きたいことがある。君たちは、この先どうするつもりだ?」
「どういう意味ですか?」
「47%の共有率。これ以上深めるつもりは?」
*
その質問は、二人も考えていたことだった。
夜の公園。ライブの興奮も落ち着き、二人はベンチに並んで座っていた。
「高柳さんの質問、どう思う?」カノンが切り出した。
「正直、迷ってる」律は素直に答えた。「もっと深く繋がりたい気持ちもある。でも——」
「今のままでも十分幸せ?」
「うん」
カノンは夜空を見上げた。星が瞬いている。
「ねえ、律」
「なに?」
「永久PINGって知ってる?」
律の心臓が跳ねた。もちろん知っている。一度設定したら二度と解除できない、究極の繋がり。
「それを……したいの?」
カノンは律の目を真っ直ぐ見つめた。
「47%は変えない。でも、この繋がりを永遠にすることはできる」
律は息を呑んだ。永久PING。それは、死が二人を分かつまで、いや、もしかしたらその先まで続く絆。
「一生、プライバシーはなくなる」
「知ってる」
「お互いのすべてを、ずっと感じ続ける」
「それでいい」
カノンの瞳に、揺るぎない決意があった。
*
二人はスマホを取り出した。
LINKの設定画面を開き、最深部のメニューへ。普通なら警告が山ほど出る場所。
[永久PING設定]
[警告:この操作は取り消せません]
[本当に続行しますか? ]
「ねえ」カノンが言った。「後悔しない?」
「するわけない」律は即答した。「君となら、どんな未来でも受け入れられる」
「私も」
二人は深呼吸をした。そして——。
『せーの』
心の中で合図して、同時にボタンを押した。
[永久PING申請中……]
[相互確認……]
[生体認証……]
[最終確認:これが最後の機会です]
もう一度、二人は顔を見合わせた。
そして、微笑んで、最後の確定ボタンを押した。
[永久PING確立]
[朝凪律 ⟷ 綾瀬カノン]
[解除:不可]
[状態:∞]
瞬間、世界が変わった。
*
それは、47%の共有とはまた違う感覚だった。
深さは変わらない。でも、繋がりの質が変化した。一時的なものから、永遠のものへ。
『わあ……』
カノンの驚きが、ダイレクトに伝わってくる。
『これ、すごい。なんていうか——』
『安心感?』律が言葉を補った。
『そう! もう離れることがないって分かってる安心感』
二人は手を繋いだ。物理的な繋がりと、精神的な繋がりが完全に一致する。
「これで」律が声に出して言った。「僕たちは本当の意味で、一心同体だ」
「でも、二人のまま」カノンが付け加える。
「そう、二人のまま」
永久PING。
それは、デジタル時代の結婚指輪のようなものかもしれない。
いや、もっと深い。魂の契約とでも言うべきか。
「帰ろうか」
「うん」
二人は立ち上がり、手を繋いだまま歩き始めた。
これから先、どんなことがあっても、この繋がりは切れない。
嬉しい時も、悲しい時も、すべてを共有しながら生きていく。
それが、二人が選んだ生き方だった。




