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#027 47%の融合

 朝の光が窓から差し込む中、律は不思議な感覚で目を覚ました。


 自分の部屋のはずなのに、どこか違う。いや、正確には——。


『おはよう』


 カノンの声が、外からではなく内側から聞こえてきた。彼女はまだ自宅にいるはずなのに。


『おはよう。今日も繋がってるね』


 律が心の中で返事をすると、温かい感情が返ってきた。


 記憶融合から一ヶ月。47%という共有率は、二人の生活を根本から変えていた。


 律は起き上がり、鏡を見た。自分の顔なのに、時々カノンの表情が重なって見える。彼女も今、同じように鏡を見ているのだろう。


『今日は記者会見だよね』カノンの不安が伝わってくる。


『大丈夫。一緒だから』


 そう、今日は二人にとって大きな日だった。


 *


 港南ニューシティ市民ホール。


 記者会見場には、多くのメディアが集まっていた。Dr.バグ事件から2ヶ月。はじめて当事者が公の場で体験を語る。


「緊張する?」


 控室で、カノンが律の手を握った。でも、聞くまでもない。お互いの感情は筒抜けだ。


「うん。でも、伝えなきゃいけないことがある」


 高柳警部が入ってきた。


「準備はいい? 無理はしないで」


「はい」二人は同時に答えた。


 もはや、それが普通になっている。同じタイミングで、同じことを考える。47%の融合が生み出す、奇妙な一体感。


「じゃあ、行こうか」


 *


 会見場のライトが眩しかった。


 カメラの列。緊張した面持ちの記者たち。そして、ネット配信を見ている無数の視聴者。


「本日は、Dr.バグ事件の被害者であり、現在は記憶支援活動をされている朝凪律さんと綾瀬カノンさんにお話を伺います」


 司会者の紹介を受け、律が口を開いた。


「まず、誤解を解きたいことがあります」


 会場がざわめく。


「私たちは、被害者ではありません。ある意味では、新しい可能性の体現者です」


 カノンが続ける。


「記憶を失うことは、確かに恐ろしい体験でした。でも、それを乗り越えて得たものがあります」


「それは?」記者の一人が質問した。


 二人は顔を見合わせ、微笑んだ。そして——。


「真の繋がりです」


 またも同時に答えてしまった。会場に驚きの声が広がる。


「お二人は、記憶を共有されているそうですが」別の記者が尋ねる。「それは危険ではありませんか?」


 律は真剣な表情で答えた。


「危険性はあります。だからこそ、正しい知識と規制が必要です」


「でも」カノンが付け加える。「恐れるだけでは、何も生まれません」


 *


 質疑応答の中で、ある記者が核心的な質問をした。


「47%の共有率ということですが、それはどんな感覚なんですか?」


 二人は少し考えた。どう説明すれば、この感覚が伝わるだろう。


「例えば」律が慎重に言葉を選ぶ。「今、カノンが少し喉が渇いているのが分かります」


 カノンが驚いて律を見た。確かに、さっきから水が飲みたいと思っていた。


「逆に、私には律が左足に体重をかけているのが分かります」カノンが続ける。「癖なんですよね、緊張すると」


 会場がどよめいた。


「でも、これは監視じゃありません」律は強調した。「共感の究極形です」


「プライバシーは?」


「ありません」カノンがきっぱりと言った。「でも、それでいいんです。信頼できる相手となら」


 すると、年配の記者が手を挙げた。


「失礼ですが、それは恋人同士だから言えることでは?」


 二人は顔を赤くした。そして——。


『恋人……かな?』

『もっと深い気がする』


 心の中で交わされる会話。それも、会場の緊張が伝播して、少し外に漏れた。


「あ、すみません」律が慌てる。「感情が高ぶると、時々……」


「制御が甘くなるんです」カノンも謝る。


 しかし、その人間らしい反応に、会場の雰囲気が和らいだ。


 *


 会見の最後に、二人は重要な発表をした。


「私たちは、新しいプロジェクトを始めます」


 スクリーンに、プロジェクト名が表示された。


『Project: Resonance(共鳴計画)』


「記憶技術の平和的利用を研究し、普及させる活動です」律が説明する。


「音楽、アート、セラピー」カノンが続ける。「記憶と感情の共有が生み出す、新しい表現の可能性を探ります」


 そして、二人は立ち上がった。


「最後に、一つだけ」


 律とカノンは手を繋いだ。その瞬間、会場の全員が感じた。


 言葉では説明できない、深い絆の存在を。


「私たちは、事故で繋がりました。でも今は、選択として繋がっています」


「これが、私たちの生き方です」


 深いお辞儀。そして、二人は壇上を降りた。


 *


 会見後、屋上で二人は夕日を眺めていた。


「疲れた〜」カノンが大きく伸びをする。


「お疲れ様」律が優しく言う。「でも、伝えられてよかった」


「うん」


 二人は並んで座り、オレンジ色に染まる街を見下ろした。


『ねえ』カノンが心の中で語りかける。『47%って、ちょうどいいよね』


『そうだね。お互いを感じられて、でも自分も保てる』


『もし100%になったら?』


『それはもう、二人じゃなくて一人だ』


『それは嫌だな』カノンが笑う。『律は律のままでいてほしい』


『僕も、カノンはカノンのままがいい』


 夕日が、二人の影を一つに重ねていた。


 47%の融合。


 それは偶然が生んだ、奇跡的なバランス。


 完全ではないからこそ、美しい。


 そんな関係が、この世界にはある。



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