表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

22/31

#021 核心記憶の在処

 現実世界に戻った律は、激しい頭痛と共に意識を取り戻した。


「大丈夫か!」


 高柳警部が律の肩を掴んでいた。周囲では、警官たちが破壊されたサーバーの残骸を調べている。


「成功しました……」律が弱々しく答える。「榊原先生が……コピーたちを止めてくれました」


「榊原は?」


 律は周りを見回したが、榊原の姿はどこにもなかった。


「消えました。いえ、統合されました。分裂していた人格が、11つに戻ったんです」


 高柳警部は複雑な表情を見せた。


「そうか……彼なりの償いだったんだな」


「でも」律は立ち上がった。「カノンの核心記憶の在り処が分かりました」


 律は、榊原から受け取ったデータを説明した。


「カノンの記憶は、完全に失われたわけじゃありません。核心部分は、どこか別の場所に隠れています」


「どこに?」


「それが……」律は困惑した表情を見せた。「予想外の場所でした」


 律は、タブレットに表示されたデータを見せた。


 [核心記憶分析結果]


 対象:A-137(綾瀬カノン)

 核心記憶所在:複数箇所に分散


 ①自己同一性記憶:病院内(患者本人)

 ②感情記憶:R-404内(朝凪律)

 ③関係性記憶:不明な第三者内


 復元には全3箇所からの記憶回収が必要

 データをさらに詳しく調べていると、律は驚愕の事実を発見した。


「これは……」


 画面には、追加の情報が表示されていた。


 [警告: 記憶汚染検出]


 A-137記憶内に外部人格の感情データ混入を確認

 汚染源:SAKAKIBARA_SOICHIRO_ORIGINAL

 汚染内容:10年間の罪悪感・後悔の感情

 汚染レベル:深層(人格形成に影響)

「カノンの記憶に、榊原先生の後悔の感情が混入しています」


 高柳警部が眉をひそめた。


「どういうことだ?」


「10年間の罪悪感が、A-137の記憶と結合しているんです。これが、カノンの人格分裂を複雑にしている原因かもしれません」


 律は理解した。カノンが3つの人格に分裂したのは、単なる記憶の断片化だけではなかった。榊原の深い後悔の感情が、彼女の記憶に寄生していたのだ。


「榊原先生の罪悪感が、カノンを苦しめていたということですか?」


「恐らく。だから、先生が統合された今、この汚染も除去できるはずです」


「僕の中に、カノンの記憶が?」


「そうです。スワップ実験の時に、お互いの記憶の一部が混ざり合ったんです。カノンの感情記憶の核心部分が、律さんの中に保存されています」


 高柳警部が眉をひそめた。


「第三者とは?」


「それが問題なんです」律は画面をスクロールした。「関係性記憶……カノンが他人との関係で形成した記憶の核心部分。これが、見知らぬ誰かの中にあります」


 データには、さらに詳細が記されていた。


 [第三者の特徴]

 ・年齢:40代後半~50代前半

 ・性別:男性

 ・職業:研究者または医療関係者

 ・カノンとの接触:過去24時間以内

 ・記憶接触レベル:深層

「過去24時間……」律は考え込んだ。「カノンが病院にいる間に、誰かと深い記憶的接触を?」


 その時、律の脳裏に不安な考えが浮かんだ。


「まさか……」


 高柳警部も同じことを考えていた。


「病院の医師の可能性があるな」


「急いで病院に戻りましょう」


 二人は車で病院に向かった。道中、律は榊原から受け取った復元プロトコルを確認していた。


 [記憶復元プロトコル v11.0]


 必要条件:

 ①核心記憶の全回収

 ②強い感情的結合(愛情・友情など)

 ③患者の意識下での承認


 成功率:85%(全条件充足時)

 副作用:一時的な記憶混濁

 リスク:復元者の記憶も一部変化

「復元者の記憶も変化……」律は複雑な気持ちになった。カノンを救うために、自分の記憶も変わってしまうかもしれない。


 でも、それでも構わない。


 病院に到着すると、看護師が慌てた様子で迎えた。


「カノンちゃんの様子が変なんです」


「どう変なんですか?」


「朝から、知らない人の名前を呼び続けています。『田中先生』『佐藤先生』って」


 律と高柳警部は顔を見合わせた。


「その先生方は、実在する人物ですか?」


「いえ、この病院にはそんな名前の医師はいません」


 カノンの病室に向かうと、彼女は不安そうに宙を見つめていた。


「田中先生……どこ? 佐藤先生も……あれ? なんで名前だけ覚えてるんだろう」


 律が近づくと、カノンは振り返った。


「あ、律……よね? なんか、すごく大切な人な気がするけど……」


「僕だよ、カノン。覚えてない?」


「ごめん、ぼんやりしてて。でもね」カノンは困ったような笑顔を見せた。「田中先生と佐藤先生のこと、なぜか鮮明に覚えてるの。でも、どこで会ったかは思い出せない」


 高柳警部が看護師に確認した。


「この24時間で、カノンさんと接触した医師は?」


「担当医の山田先生と、心理カウンセラーの鈴木先生だけです」


「田中、佐藤という名前の人物は?」


「心当たりがありません」


 その時、律はあることに気づいた。


「カノン、その田中先生と佐藤先生は、どんな人だった?」


「えーっと……」カノンは額に手を当てて考えた。「田中先生は優しくて、いつも笑顔で……佐藤先生は真面目で、でも温かい人だった気がする」


「どこで会ったの?」


「それが分からないの。でも……なんか、すごく楽しかった記憶がある。三人で一緒に何かを……」


 律は愕然とした。


「もしかして……」


 律は急いでタブレットを操作した。榊原から受け取ったデータの中に、被害者リストがあったはずだ。


 [記憶汚染被害者リスト]

 ……

 田中健一(45歳・研究者)失踪日:2035年3月

 佐藤正樹(52歳・心理学者)失踪日:2037年8月

 ……

「いた……」


 高柳警部が覗き込む。


「この二人も、Dr.バグの被害者だったんですね」


「そうです。そして、カノンの記憶の中に、この二人との関係性記憶が残っている」


 律は理解した。記憶を抽出される過程で、過去の被害者たちの記憶の断片が、カノンの中に混入していたのだ。


「つまり、カノンの核心記憶は、この二人の記憶の中にあるということですか?」


「その可能性が高いです。でも……」


 律は暗い気持ちになった。


「この二人は、8年前と5年前に失踪しています。今どこにいるか分からない」


「いえ」高柳警部が希望を見出した。「手がかりがあります」


 彼女は、先ほど押収した資料を取り出した。


「VOIDクラブで発見した取引記録です。最近の売買履歴に、この二人の名前があります」


 [最近の取引履歴]

 T-203(田中健一):レンタル中

 利用者:港南精神医学研究所

 期間:2週間


 S-089(佐藤正樹):レンタル中

 利用者:同上

 期間:1ヶ月

「港南精神医学研究所……」律は聞いたことがある名前だった。


「湾岸大学病院の関連施設ですね」高柳警部が確認する。


「そこで、この二人が『レンタル』されているということですか?」


「恐らく。研究目的で、一時的に記憶を利用されているんでしょう」


 律は立ち上がった。


「すぐに行きましょう」


「でも、危険かもしれません」


「構いません。カノンの記憶を取り戻すためなら」


 カノンが、ベッドから声をかけた。


「律、行っちゃうの?」


「すぐに戻るよ。君を元に戻すために」


「元に戻す?」カノンは首を傾げた。「あたし、何か変なの?」


「大丈夫。君は君だよ。ただ、忘れてしまったものを取り戻すだけ」


 律はカノンの手を握った。


「『心にしみわたる』って言葉、覚えてる?」


 カノンの表情が、一瞬だけ明るくなった。


「なんか……すごく大切な言葉な気がする。でも、なんで大切なのか分からない」


「それを思い出させてあげる。約束する」


 律は、高柳警部と共に病院を出た。


 港南精神医学研究所に向かうために。


 カノンの最後の記憶を取り戻すために。


 車の中で、律は決意を新たにした。


 田中先生と佐藤先生。この二人も、Dr.バグの被害者だった。


 彼らを救うことができれば、カノンも完全に元に戻せるはずだ。


「待ってて、カノン。田中先生も、佐藤先生も」


 律は夕日に向かって呟いた。


「みんな、一緒に帰ろう」


 最後の戦いが、始まろうとしていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ