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#016 MEMORY MARKET―記憶の闇市場

 翌朝、律が目を覚ますと、隣のベッドが空だった。


「カノンは?」


 看護師が慌てた様子で説明する。


「朝方、突然いなくなって……防犯カメラには映っていたのですが」


 映像を見せてもらうと、そこには機械的な動きで歩くカノンの姿があった。表情は無表情で、まるでプログラムされた通りに動いているようだ。


 午前4時32分。カノンが一人でエレベーターに乗る姿。


 午前4時37分。病院の正面玄関から出て行く姿。


 すべて、人形のような動作だった。


「A-137人格が主導権を握ったんだ……」


 律は慌てて病院を出た。カノンを探さなければ。


 でも、どこに行ったんだろう。


 手がかりは、彼女のスマホの位置情報だけ。でも、それもすでに圏外になっている。


 律は必死に考えた。A-137人格なら、どこに向かうだろう。


 そして、嫌な予感が頭をよぎった。


「まさか……購入者の元に……」


 でも、どうやって探せばいい?


 律は、Dr.バグの痕跡を辿ることにした。


 スマホでダークウェブにアクセス。Torブラウザを起動して、深層に潜っていく。


 BUG.CHURCHはすでに消えている。でも、関連サイトがあるはずだ。


 30分ほど探し回って、ついに見つけた。


『MEMORY MARKET - 記憶と人格の取引所』


 真っ黒な背景に、不気味な赤い文字。


 入口には警告文が並んでいる。


『18歳未満入場禁止』

『違法行為の報告・通報禁止』

『すべての取引は自己責任』


 律は震える手でクリックした。


 サイトが開くと、そこには戦慄すべき光景が広がっていた。


 まるでオンラインショッピングサイトのように、人間の記憶が商品として並んでいる。


 カテゴリ分けまでされている。


『年齢別』『性別』『職業別』『体験内容別』


 そして、『人気商品ランキング』という項目があった。


 律は息を呑んだ。


 第1位に、カノンの写真があった。


 ★第1位★ 【期間限定】A-137完全制御パッケージ


 商品詳細:

 ・対象:綾瀬カノン(17歳・女性)

 ・職業:LINK-FLUENCER(フォロワー20万人)

 ・制御レベル:完全(人格上書き可能)

 ・利用可能時間:24時間

 ・特典:SNSアカウントアクセス権付き


 現在価格:¥2,500,000

 入札件数:47件

 終了時間:本日12:00


 ※人気につき価格急上昇中!

 ※リピーター様には特別割引あり

 律は吐き気を覚えた。


 カノンが、完全に商品として扱われている。


 しかも、値段が異常に高い。普通の大学生には手が出ない金額だ。


 でも、入札している人たちのプロフィールを見ると—


『実業家・65歳』

『元政治家・72歳』

『医師・58歳』


 全員、富裕層の中高年男性だった。


 律は理解した。彼らは若い女性の体を「レンタル」して、失われた青春を疑似体験しようとしているんだ。


 さらに下にスクロールすると、もっと恐ろしい商品が並んでいた。


 ▼B-245 (氏名非公開/19歳/男性)

 ・アスリート人格

 ・運動能力アクセス可能

 ・レンタル料金:¥300,000/24時間


 ▼C-091 (氏名非公開/16歳/女性)

 ・天才プログラマー人格

 ・技術知識アクセス可能

 ・レンタル料金:¥500,000/24時間


 ▼D-028 (氏名非公開/20歳/男性)

 ・芸術家人格

 ・創作能力アクセス可能

 ・レンタル料金:¥400,000/24時間

 そして、律は自分の記憶も見つけた。


 ▼R-404 (朝凪律/16歳/男性)

 ・音楽的才能パッケージ

 ・思考作曲能力

 ・感情表現特化型


 ※現在オークション中

 開始価格:¥300,000

 現在価格:¥850,000

 入札件数:23件


 商品説明:

「純粋な音楽愛に満ちた記憶です。

 とくに、17歳女性への恋愛感情が

 音楽表現に昇華された部分は絶品。

 創作活動に行き詰まった方に最適」

 律は怒りで震えた。


 自分の一番大切な気持ちが、お金で売買されている。


 しかも、カノンへの恋心まで「商品の特徴」として宣伝されている。


「許せない……」


 でも、怒っている場合じゃない。カノンを見つけなければ。


 律は「購入者情報」のページを探した。


 普通は個人情報保護で見られないはずだが、このサイトには抜け道があるかもしれない。


 しばらく探すと、「配送状況確認」というページを見つけた。


 そこには、恐ろしい情報が表示されていた。


『A-137配送完了 - 港南ニューシティ歓楽街・VOIDクラブ』


 VOIDクラブ。


 聞いたことがある名前だった。港南ニューシティの歓楽街にある、会員制の地下クラブ。


 表向きは普通のクラブだが、裏では違法な取引が行われているという噂があった。


 律は急いで住所を調べた。


「見つけた……」


 でも、一人で乗り込むのは危険すぎる。


 律は迷った末、高柳警部に電話をかけた。


「もしもし、高柳警部ですか? 律です」


「どうした? 何かあったのか?」


「カノンが……連れ去られました。居場所が分かったんですが」


「何だって!? 詳しく説明してくれ」


 律は、MEMORY MARKETで見つけた情報を説明した。


 高柳警部の声が、だんだん険しくなっていく。


「VOIDクラブか……以前から噂はあったが、証拠が掴めなかった」


「今すぐ突入できませんか?」


「令状なしでは難しい。でも……」


 高柳警部は少し考え込んだ。


「君が先に現場を確認してくれるか? 内部の状況が分かれば、緊急事態として動ける」


「分かりました。でも、僕一人で大丈夫でしょうか」


「無理はするな。あくまで偵察だ。危険を感じたらすぐに連絡しろ」


「はい」


 律は決意を固めた。


 カノンを救うためなら、どんな危険でも冒す。


 そう思って、歓楽街へ向かった。


 電車の中で、律はもう一度MEMORY MARKETを確認した。


 そこには、さらに衝撃的な情報が追加されていた。


『本日限定・特別企画』


『A-137 × 複数購入者によるシェアプラン』


『1時間交代制で最大6名様まで利用可能』


『1名あたり ¥500,000』


 律は絶句した。


 カノンが、複数の人間に順番に「使われる」予定になっている。


 時計を見ると、午前11時。


 オークション終了まで、あと1時間しかない。


 急がなければ。


 電車が歓楽街の最寄り駅に到着した。


 律は走って、VOIDクラブに向かった。


 ビルの地下にある、小さな看板。


『VOID - Members Only』


 入口には、屈強なボディガードが立っている。


 律は一度素通りして、周囲を確認した。


 裏口がある。でも、そこにも警備員がいる。


 どうやって潜入すればいい?


 その時、配達のトラックがやってきた。


「チャンスだ」


 律は配達員のふりをして、荷物を持って裏口に向かった。


「配達です」


 警備員は面倒くさそうに荷物を確認して、ドアを開けてくれた。


「地下の倉庫に置いといて」


 律は心臓をバクバクさせながら、建物の中に入った。


 薄暗い廊下。低い天井。湿った空気。


 そして、どこからか聞こえてくる音楽と話し声。


 律は恐る恐る奥へ進んだ。


 すると、衝撃的な光景が目に飛び込んできた。


 廊下の両側に、個室がずらりと並んでいる。


 ガラス窓から中を覗くと—


 そこには、うつろな目をした若者たちが座っていた。


 みんな、まるで人形みたいに動きがない。


 年齢は、16歳から20歳くらい。


 男女半々。


 でも、全員の目に生気がない。


「これが……記憶を奪われた人たちか……」


 律は戦慄した。


 こんなにたくさんの若者が、Dr.バグの犠牲になっている。


 その時、一つの個室から声が聞こえた。


「新入りか?」


 振り返ると、20歳くらいの青年が立っていた。でも、その口調は明らかに老人のものだった。


「お前、まだ自我が残ってるな。珍しい」


「あなたは……」


「俺の本体は75歳だ。でも、この体なら何でもできる。素晴らしいだろう?」


 青年は、自分の若い体を見下ろして満足そうに笑った。


 律は吐き気を抑えながら聞いた。


「A-137……カノンはどこですか?」


「ああ、あの上物か。VIPルームにいるよ。今日は特別な日だからな」


「特別な日?」


「シェアプランの実験日だ。複数の客が順番に楽しむ。贅沢な企画だよ」


 律の血が凍った。


 急いでVIPルームを探さなければ。


「どこにあるんですか?」


「この奥だ。でも、一般客は入れないぞ」


 律は青年を押しのけて走った。


 廊下の奥へ、奥へ。


 そして、ついに見つけた。


『VIP ROOM - A』


 ドアに手をかけた瞬間、中から声が聞こえた。


「製品番号A-137、調子はどうだ?」


 男性の声。50代くらいだろうか。


 そして、答える声。


「ええ、快調ですわ。この若い体、本当に素晴らしい」


 カノンの声だった。でも、話し方が全然違う。まるで、上品な中年女性のような口調。


 律は、ドアの隙間から中を覗いた。


 そこには—


 カノンがいた。


 でも、それは律の知るカノンではなかった。


 派手なドレスを着て、大人びた仕草で酒を飲んでいる。


 向かいには、太った中年男性が座って、ニヤニヤと笑っている。


「17歳の感覚、どうだ? 久しぶりだろう?」


「ええ、もう30年ぶりですもの。この瑞々しい肌、軽やかな体……すべてが新鮮です」


 カノンの体を使って、中年女性の人格が会話している。


 律は怒りで震えた。


 でも、その時—


 カノンの表情が一瞬苦しげに歪んだ。


「助け……て……」


 かすかな声。本来のカノンの人格が、一瞬だけ表面に出てきた。


 でも、すぐにまた中年女性の人格に戻る。


「あら、失礼。商品に不具合が」


「大丈夫だ。完全制御にはもう少し時間がかかる」


 男性が手にした端末を操作すると、カノンの表情が再び無表情になった。


「これで、オリジナルの人格は完全に沈黙する」


 律は絶望した。


 カノンの意識が、完全に奪われてしまった。


 でも、諦めるわけにはいかない。


 律は、スマホで高柳警部に連絡した。


『緊急事態です。すぐに来てください。証拠も撮りました』


 そして、隠れながら動画を撮影し続けた。


 これが証拠になる。


 必ず、カノンを救い出す。


 そう誓いながら、律は警察の到着を待った。


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