表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

13/31

#012 限界への挑戦―視聴者10万人の狂騒

 融合から12時間が経過した。


 カノン——いや、もはやカノンとも律とも呼べない存在は、奇妙な感覚の中を漂っていた。


 二つの意識が完全に混ざり合い、新しいハーモニーを奏でている。カノンの感受性と律の論理性が絡み合い、今まで見えなかった世界が見えてくる。


 そして、気づいた。


 自分たちが、配信されていることに。


『fusion_experiment_live』


 どこかの画面に、その文字が浮かんでいる。いや、「見えている」というより「感じている」。融合した意識は、電子の流れすら知覚できるようだった。


 そして、恐ろしい事実を理解した。


 榊原が、この実験を生配信している。


 視聴者数が、リアルタイムで増えていく。

 1,000……5,000……10,000……


 コメントが、意識に直接流れ込んでくる。


『これマジ?』

『完全融合ってこんな感じなのか』

『美しい……』

『いくらで体験できる?』

『次は俺も参加したい』


 カノンの部分が反応した。フォロワーたちの声。でも、今は単なる数字じゃない。一つ一つの声が、生々しく感じられる。


 欲望、羨望、好奇心——視聴者たちの感情が、融合した意識に流れ込んでくる。


 そして、榊原の声が響いた。


『皆さん、歴史的瞬間を目撃しています。人類初の、48時間完全融合実験』


 画面に、二人のバイタルデータが表示される。


 [融合率:67.8%]

 [意識統合度:深層レベル4]

 [記憶共有率:89.2%]

 [個体識別:困難]

『ご覧ください。もはや二人を区別することは困難です。新しい存在が誕生しつつある』


 視聴者数:25,000


 コメントが加速する。


『ヤバすぎ』

『これ犯罪じゃないの?』

『でも見ちゃう』

『100万出す! 俺もやりたい』

『カノンちゃんどこ?』

『A-137のデータ、いくらで買える?』


 最後のコメントを見た瞬間、融合した意識に寒気が走った。


 A-137のデータ。まるで商品のような扱い。


 そして、律の部分が気づいた。


 自分たちの記憶データが、配信されているだけではない。


 どこか別の場所にも、コピーされている。


 データの流れが見える。自分たちから分岐して、複数の方向に流れていく銀色の糸。一つは配信用。もう一つは——


『これは……記憶が盗まれてる?』


 でも、融合状態では声にならない。警告しようとしても、意識が混濁していて、明確な思考ができない。


 そして、さらに恐ろしいコメントが流れた。


『俺も R-404 の音楽記憶欲しい』

『A-137 は若い女の子だから高値つくだろうな』

『記憶の部分買いってできる?』


 彼らにとって、カノンと律はすでに「商品」だった。


「私は……私たちは……」


 声が出た。誰の声かは分からない。男性とも女性ともつかない、不思議な響き。


『おっと、被験者が反応しました』


 榊原が興奮したように言う。


『では、視聴者の皆さんからの質問を受け付けましょう。融合体に、直接聞いてみてください』


 狂っている。完全に狂っている。


 でも、コメントは容赦なく流れ込んでくる。


『名前は?』

『カノンちゃんいる?』

『律くんの意識は?』

『どんな感じ?』

『痛い? 気持ちいい?』


 融合した意識は、混乱しながらも答えようとした。


「名前……分からない……でも……二人で一つ……」


『素晴らしい!』榊原が手を叩く。『自我の境界が溶けている。これこそ、人類の新しい形だ』


 その時、複数の榊原の声が重なった。


『完璧なサンプルだ』『データの質が最高』『これは売れる』


 一瞬、違う場所から同時に聞こえてきた言葉。まるで、複数の榊原がそれぞれ違うことを考えているような——


 視聴者数:50,000


 配信は、SNSで急速に拡散されていく。


 #記憶融合実験

 #ボディパーティ

 #人類の進化


 さまざまなタグが付けられ、議論が巻き起こる。


 そして、カノンの元フォロワーたちも気づき始めた。


『これカノンちゃん!?』

『嘘でしょ?』

『心配……』

『でも、なんか神秘的』


 20万人いたフォロワーの一部が、この配信に流れ込んでくる。


 視聴者数:75,000


 融合した意識は、膨大な注目を感じていた。かつてカノンが求めていた「見られること」。でも、今はそれが重圧でしかない。


 そして、律の分析能力が働いた。


 データの流れを追っていくと、恐ろしい事実が見えてきた。


 記憶データは、単なるコピーではない。「切り取られて」いる。


 カノンの記憶の一部が、どこかのサーバーに送られて、永久保存されている。律の音楽的才能も、同じように抽出されている。


 彼らは実験に参加したつもりだった。でも、実際は——


 記憶を「収穫」されていた。


「やめて……見ないで……」


 弱々しい声が漏れる。


 でも、榊原は止めない。


『さあ、もっと深く行きましょう。限界に挑戦です』


 何かの装置が作動する音。そして——


 [警告: 融合率90%突破]

 [個体識別: 不可能]

 [記憶抽出率: 73.2%]

 最後の表示に、融合した意識は戦慄した。


 記憶抽出率。自分たちの記憶の7割以上が、すでに外部に持ち去られている。


 激痛が走った。


 2つの意識が、完全に1つに圧縮されようとしている。カノンと律の境界が、完全に消えようとしている。


「いやあああああ!」


 絶叫が響く。


 視聴者数:100,000


 コメントが爆発する。


『やばい』

『これ大丈夫?』

『警察呼べ』

『でも見たい』

『歴史的瞬間』

『データ保存した』

『A-137、永久保存版』


 その中に、1つの異質なコメントが混じった。


『配信場所を特定した。今から向かう —高柳』


 高柳警部だ。


 でも、榊原は気づいていない。完全に実験に夢中になっている。


『もう少し! もう少しで100%だ!』


 融合した意識は、消えゆく自我にしがみついていた。


 カノン——フォロワーを求めていた女の子。

 律——静かに音楽を愛していた男の子。


 その記憶が、最後の抵抗をしている。


 でも、7割以上の記憶はすでに奪われている。残っているのは、感情の核心部分だけ。


 それすらも、抽出されようとしている。


「私たちは……別々の……人間……」


『いいや!』榊原が叫ぶ。『君たちは1つになるべきだ。それが進化だ!』


 視聴者数:125,000


 もはや、日本中が注目している。


 ニュース速報のテロップが流れ始める。


『違法人体実験か? ネット配信で物議』


 でも、配信は止まらない。


 榊原は、さらに出力を上げた。


『さあ、新しい人類の誕生だ!』


 [CRITICAL: 融合率95%]

 [自我崩壊まで: 300秒]

 [記憶抽出: 最終段階]

 カウントダウンが始まった。


 300秒後、カノンと律は完全に消える。


 新しい何かに生まれ変わって。


 そして、彼らの記憶は、どこかで商品として売買されることになる。


 でも、その瞬間——


 建物に、激しい振動が走った。


『警察だ! 抵抗を止めろ!』


 高柳警部の声が、どこかから響いてくる。


 間に合うのか。


 それとも——


 融合した意識は、薄れゆく中で願った。


 助けて。


 誰か、私たちを——


 いや、私を——


 僕を——


 助けて——


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ