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夜に染まる森に、ささやかな人の気配があった。


時折雲が流れ、わずかに射す月光が形作る影は三つ。

三者三様の体格を隠すように、同じ意匠のローブを目深に被っている。


「さて、そろそろ時間だ」


女の声がする。細く長い指が顔を隠していた布を払った。ぱさりと音をたて布と共に、それこそ月光を紡いだような見事な銀髪が流れ落ちた。


「始めるか」


男のような物言いだが、間違いなく妙齢の娘である。彼女は押し黙ったままの同行者たちを、呆れ顔で見遣った。


「何だ?今更恨み言か?」

「っ!違う!」


噛みつくように答えた声は、青年のそれ。


「恨むなら、俺じゃない。お前の権利だろう!?」


青年の叫びが悲鳴のように響く。娘は小首を傾げ、困り顔で笑った。


「私が選んだことだ」

「ーーーー」


三つ目の声が娘の名を呼んだ。慚愧の念が滲む声に、彼女がため息をつく。


「お前まで、勘弁してくれ」


湿っぽいのは性に合わん。


「こいつを頼むぞ」


どこまでも、彼女は凛々しい。十三まで男子として育てられた過去がそうさせるのか。今はもうどうでもいい。青年は思った。


守りたいと願った。願っただけでは叶わないことを知った。身分の及ばぬ場所では自分は無力だった。


「 」


唇を噛む彼の頬に冷たい指先が触れた。


「忘れるな、私は選んだ」


冬の湖面を思わせる青の瞳。その中にひどく情けない顔をした男がいた。


彼女と対なすようだと言われた金髪碧眼が、ちゃちなものに思える。


「 」


うつむきかけた彼の顔を、彼女の手が阻む。


「私は、国なんてどうでもいいんだ。お前が生きていれば」


真摯な瞳が彼を射ぬく。


「だから」


ふ、と彼女が笑った。


「だからお前は、国を愛してくれ」


残酷な彼女は彼に願う。

呪いのように。


「私が柱となる国を、お前が愛してくれたらいい」



****



昔々、ひとりの娘が人柱となった。天の神は憐れんで、彼女の願いを聞き届けた。国は栄え、彼女を忘れぬように人々は『聖女』と彼女を呼んだ。すべての始まりは、そんな話。



****


「それ以降、神は初代様の意志にお応えくださり、我が国に天界より聖女様を遣わせてくださるのです」


にこにこと話す少女ーーシャロンの語る伝説に、香澄はため息をついた。


伝説というか、これはお伽噺だ。そう思うがいかんせん自分がここにいる事実が、簡単にこの話を切り捨てさせてくれない。


「御身に現れた聖痕は、初代様より代々の聖女様がお持ちになった、聖女様の証なのです」


掌に視線を落とす香澄に、シャロンの声が柔らかく続く。


「代々の聖女様には、それぞれ相応しい印が与えられると伺います」

「ふさわしい……」

「はい!ですからルクシアの君」

「ルクシアって、この花?」

「そうです!ルクシアは暁に咲く花。朝をもたらす花。ですから、御君は、我が国にきっと光をもたらしてくださる方です」


香澄は今度こそ頭を抱えた。期待に目を輝かせるシャロンは、香澄をからかっているわけでも馬鹿にしているわけでもない。本当に、心底そう信じている様子だった。


どこの誰とも知らないはずの、香澄の世話係だという少女の、根拠の怪しい信頼が突き刺さる。


俺が聖女?男なのに?


何かの間違いに決まっている。召喚の儀ーーというらしい、あの場所でも言われたじゃないか。叫びたいが、それはこのかいがいしく世話を焼いてくれる少女に対してではない。

いたたまれなさから目をそらすと、具合が悪いのかと勘違いしたシャロンがあたふたと医者を呼んでくると言い出す。


「ちょ、大丈夫!俺は大丈夫だから!」

「ですが、顔色が」

「本当に大丈夫。あ、あの、お茶のおかわりをもらってもいい?」

「はい、ただいま」


慌てて差し出したカップにシャロンはにっこり笑う。今度は気づかれないように、香澄はもう一度ため息をついたのだった。


「あの、シャロン?」

「なんでしょう、ルクシアの君」

「……その、ルクシアの君っていうの、何か慣れないからさ、名前で呼んでくれない?」


香澄の申し出に、シャロンは文字通り飛び上がった。


「とんでもございません!」


勢いよく首を振る。


「お名前をわたくしなどが口にするなど畏れ多いことです。それが許されるのは殿下と陛下だけですもの」

「そんな大袈裟な。それより殿下って」


聞き覚えのある呼称だ。くだんの召喚の儀、たしかその場でーー。


「あの、緑の目の人?」

「はい、間違いございません。緑柱石のお色は皇族の方の証ですから」


皇族。それがとんでもなく高貴な身分であることは、さすがに何となくわかる。


現在、香澄を保護し、こうして部屋や身の回りのものを与えてくれているのがその殿下なる人だというのも、シャロンから聞いた。

しかし聖女と呼ばれることと、それこそ同じくらい実感が薄いのは、召喚の儀から一度もその姿を見ていないからだ。


一度は香澄の様子を見に来たらしい。ただその時香澄は再び意識を失っており言葉を交わすには至らなかった。


七日。過ぎた日は少なくない。


「お礼を言いたいんだけどな」


聞きたいこともある。だけどひとまず保護してもらった礼を言うべきだろう。


「今は立太子の礼の為にお忙しいご様子です……」


何故か申し訳なさそうに眉を下げたシャロン

に、香澄は慌てて頭を振った。


「らしいね!邪魔になるのはもっと悪いし、俺はおとなしくしてるよ。大丈夫」

「不自由なきようお過ごしくださいませ。殿下より申しつかっています」

「あ、ありがとう……」


聖女だから。どこの誰とも知らない香澄を、聖女だからと保護してくれた人。彼は自分をどう思っているのだろうか。


美しいと思った。あの緑柱石の瞳。


その事実をふと思い出しながら、香澄は温くなった茶に口をつけた。

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