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09:合言葉は「旅の恥はかき捨て」

 投げ捨ててしまった忘れもの。

 それはピアノ教本など、カナデの仕事道具が入った重いトートバッグだった。

 この世界で役立つかはわからないけれど、自分にとっては大事なもの。


 バッグを回収した後、サーフェスの道案内でカナデとリュカは夜の森を出て、東部王国アストリアの首都・アストーリアに続く街道を歩いている。

 都会では決して見られない、花畑ならぬ星畑のような無数の星々。

 地球では絶対にありえない、空に浮かぶ三つの月。

 異世界エストーリアの夜空は幻想的で美しくて、ゆっくり眺めていたくなる。


 けれど、今は。


(やっぱり重い! 肩だって痛いっ!)


 トートバッグの取っ手が肩にグリグリ容赦なく食いこんでくるから、早く街についておろしたい。

 痛みと疲労感の中、カナデは前を歩くリュカとサーフェスの背中を見つめる。

 二人の間に流れる空気はピリついていて、当然会話もなく、一触即発だ。

 

(なにも聞かないほうがよさそう……ううん、それじゃあ、ダメ)


 それだったら今までと何も変わらない。

 もし旅に出たら、他者の顔色をうかがわず、心のままに行動しよう。

 そしてここはこれまでの湯川叶奏を知る人が誰もいない異世界。


 よーし……と、深呼吸をして「旅の恥はかき捨てよ」

 口の中で今決めた合言葉を転がす。


「あの、リュカちゃんとサーフェスさんというか、竜族と魔族の仲って悪いんですか?」


 思いきっての直球質問!

 リュカとサーフェスが同時に足を止め、ギョッとふり返る。


「当然よ!

 あたしたち竜族は世界の秩序と真理を求めるため、祈りで人から進化した種族。

 でも魔族は自分たちの興味や欲求のため、魔術で人から進化した種族よ」


「祈りで人が竜に進化するの……?」


 すごい、さすが異世界!

 カナデが足を止め、驚いていると。


「……お前は一体、どこから来たんだ? 人間、だよな?」


 気配が違うと告げ、サーフェスが近づいてくる。

 大また1歩ぶんの距離で足を止め、カナデの正体を探るように見下ろしてくる。

 鋭い眼光。焼け付くような視線に前髪や額をジリッと焼かれるような、奇妙な感覚に陥る。


(圧を感じて、ちょっと怖い……)


 こわごわと視線だけ上にあげ、カナデもサーフェスを見る。

 おかしなことを言うと怒っているのか、警戒しているのか。

 リュカのように自分の身の上を話しても平気だろうか。


(でもこの人は、わたしたちの命を助けてくれて、アストリアまで連れていってくれようとしている)


 彼がいなければ、自分は今ごろ魔獣に喰われ、死んでいた——話してみよう。

 話を信じてくれそうになかったら、途中でやめて「冗談です」と、笑って誤魔化せばいい。

 その前に、とカナデはサーフェスの数歩後ろにいるリュカを見る。

 彼にも話すわね——と目配せしてから、もう一度、サーフェスに視線を戻す。


 今度は上目づかいでなく、しっかりと顔をあげて。


「わたしは地球という世界にある国・日本から来た、別の世界の人間です」


「……そうか。それは大変だな」


 うなずきひとつ。すんなり受け入れられた。

 あまりのスムーズさに「そう、なんですけど」と、カナデのほうが驚いてしまう。


「世界を渡る魔術はまだ発見できていないが、俺たち魔族は魔術を極める中で、別の世界が存在していることを知ってはいる」


「りゅ、竜族だって世界の真理を極める中で別世界の存在には気づいているわよ!」


 リュカが駆け寄ってきて、サーフェスと張り合う——魔族と竜族は本当に仲が悪いらしい。

 サーフェスは無言でリュカを一瞥すると、またカナデに視線を戻す。


「だから教えてほしい。なにがきっかけで世界を渡ってきた?」


「世界を渡る……」


 カナデの手が自然と首から下げた、青いガラス玉に触れる。


「この青いガラス玉が関係していると思います。たまたま道で拾っただけなんですけど」


 話しながら、カナデは思う。

 青いガラス玉がきっかけで異世界エストーリアに来たのならば、帰る手がかりもまた青いガラス玉が関係してくるのかもしれない、と。


「……見せてくれ。特殊な魔力を宿す気配がする」


 青いガラス玉の重要性に気づくと同時にさし出される手。

 渡してはダメ! たった今、青いガラス玉を大切なものと認識したばかりの本能がさけぶ。

 でも。


(魔術に詳しい魔族のサーフェスさんなら、なにかわかるかも)


 この人はきっと悪い人じゃない。

 カナデは紐を首から外し、青いガラス玉をサーフェスの手にそっとのせる。

 手がかりがわかるように……と、祈る気持ちで彼を見あげていると。


「ツィティオ、ヴェラヴィドロ……」


 サーフェスがなぜか呪文を唱え始めた。

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