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08:魔族の青年と小さき竜

「ここはあたしに任せて」と、宣言するリュカに気を取られたカナデに一頭の魔獣が迫った時、一閃——!

 赤茶色の血しぶきをあげ、魔獣の首が宙を舞った。


「へ……え……っ?」


 トサッと音をたて、魔獣の首が近くに落ちる。

 一体、なにが起きたのだろう?

 その場でぼう然としていると、すぐ隣に人の気配。


「的になりたくなければ、屈んでいろ」


 耳元で聞こえた男性の低く、鋭い声に「ひゃいっ!」

 考えるより先にカナデはその場でうずくまる。


(い、今の声は……だれ?)


 疑問はひざの間に顔を埋めてからわいてくる。


「下がっていろ、コリュー」


「はあっ? 魔族の指図を受ける筋合いなんてないわよっ!」


 頭上から突然現れた男性とリュカの声が降ってくる。

 言い合う二人。その間から響く、獣の悲鳴——おそらく魔獣の断末魔。


(男の人は魔族なの? 今、どうなっているの?)


 状況が気になって、カナデは顔をあげる。けれどここは夜の森の中。

 黒い人影と不規則に輝く銀色の一閃しか視えない。

 そして、その近くにはカンガルーくらいの大きさの動物の影。

(なにかしら、あれ……?)

 目をじっとこらし、正体を探っていると「これで最後の一頭だ」


 男性の声と同時にふたたび銀色の一閃。

 魔獣の最後の断末魔が響き、夜の闇に吸いこまれていく。

 夜の森に静寂がもどり、やがて「ろーんろろ〜ん」と虫の音が聞こえはじめる。


 カナデはゆっくり立ちあがると、ポケットに手を突っこみ、スマホを取り出す。

 夕食前に電波状況を確認したけれど、ここは異世界。当然圏外。

 それでも通信以外の機能で使えるものは色々ある。

 スマホのフラッシュライトをつけ、周囲を照らす。

 まず目に入ったのは、魔獣たちの骸でカナデは思わず「うっ」と、うめく。

 そして。


「きゃ、まぶしい!」

「……なんだ、その明かりは?」


 骸の中心に立つ男性と背中に翼が生えた黄色い怪獣がこっちを睨んでくる。

 一人と一匹を認識したカナデは大事なことに気づく。


「……あれ、リュカちゃんは?」


「ちょっとやだっ、ふり向かないって約束したのに!」


 黄色い怪獣の口が動くと同時にリュカの愛らしい声が聞こえてくる。


「……えっ、リュカ、ちゃん?」


(あの可憐な少女がカンガルーみたいな怪獣に変身したの……?)


 黄色い怪獣を指さして、カナデがとまどっていると。


「……そうよ」


 黄色い怪獣が不満げにうなずく。

 ホントに? 異世界すごい! 興奮しつつ、カナデはおそるおそるたずねる。


「え、えぇ〜……―っと、リュカちゃんは怪獣なの?」


「カイジュウってなに? あたしは誇り高き竜よ!」


 地団駄を踏みながら、リュカは怪獣——竜の姿でプンスカ怒る。

 カナデは異世界・エストーリアがどんな世界か、だんだんわかってきた。

 魔族や魔術が存在する、ファンタジー世界なら、竜が存在しても変じゃない。


「り、りゅう……あっ、だからコリュー」


 コリューは子竜。

 少し前に聞いた単語の意味を理解し、カナデはポンッと手を打つ。


「リュカちゃんは竜だったのね」


 慎重に近づきながら、カナデは竜のすがたのリュカを見つめる。

 子竜だというリュカは、全身を金色の鱗で包んだ大きめカンガルーのよう。

 あのバレリーナのように細いリュカが変身するなんて。

 さっき、後ろをふり向くなと言ったのは姿を変え、魔獣を倒すところを見せたくなかったから——そうカナデは納得し、感動する。


(竜なんて、本や動画の中だけの生き物だったのに……

 そうよね、ここは異世界!)


 撫でたい! かわいい子竜をギュッとしたい!

 リュカを見つめ、カナデがうずうずしていると、横から地面の草をくしゃっと踏む音がした。

 ふり向くと男性が怪訝な目で自分たちを見つめていた。


「それで? お前たちはなぜ夜の森にいるんだ?

 夜の森を女子供2人でうろつくとは……

 魔獣たちに食ってくれと言ってるようなものだ」


 男性の皮肉にリュカがキッと目をつりあげる。


「助けなんていらなかったわ。

 これくらいあたしの炎のブレスと魔法でルルルっとやっつけられるのに」


「……この辺りを魔獣がうろついているのは、俺たちの責任だ」


「そうね。あんたたち魔族が2年半年前に魔獣を作り出し、放逐し続けたせいね」


 2年半前になにがあったのだろう。

 気になるけど、このピリついた空気の中では聞けない。


(またわたし、相手の顔色をうかがっている……)


 自分に失望しつつ、カナデは男性を観察する。

 まず目をひいたのは、さっきの魔獣と色が似た、赤い双眸だった。

 すっと通った鼻筋の凛々しい顔立ち、顎下までのびた紺色の髪。

 それなりの立場にあるのだろうか、白手袋にマントと立派な身なりをしている。


(……あれ、この人、どこかで?)


 奇妙な既視感。

 カナデが首をかしげた直後、視線に気づいた男性とパチリと目が合う。

 まずは魔獣から助けてくれたお礼を言わなければ。

 カナデは急いで頭をさげる。


「あ、あの、命を助けてくださり、ありがとうございます……。

 私はカナデ、湯川叶奏です。あなたは……?」


 ユカワカナデ、という名前の響きが珍しいらしい。

 サーフェスはしばらくの間、おどろきの表情を浮かべてから、口を開く。


「サーフェスだ。魔族の親善大使として、アストーリアに駐在している」


 アストーリアはリュカが目指している街の名前のはず。

 街までの道を教えてもらえたら、夜の森から出られる!

 カナデが小さな期待を抱いた時「あんたがサーフェス!」

 リュカが声を鋭くする。


「しかも、この前までのパウル戦役で将軍だったわよね?

 なのに今は親善大使ですって?」


 リュカが顔をしかめ、長い首をサーフェスに近づけると、彼の顔が神経質そうに歪む。

 事情はわからないけど、彼を怒らせたら、また夜の迷子に逆戻り!

 カナデは「リュカちゃん!」と、リュカの長い首に手を添えて、首を横に振る。


「……もう、カナデはなにも知らないから」


 ぶつぶつ言うリュカの全身が突然金色に輝く——まぶしい!

 とっさに閉じて目をまた開くと少女の姿に戻ったリュカが不満げに頬をふくらませて、目の前に立っていた。


「……で、どういう事情か知らないが、お前たちは迷子だな」


「ちがうわよ! ちょっと夜の森をうろうろ……」


「はい、サーフェスさんの言うとおりです。二人いっしょに迷子です」


 迷子だと認めたくないリュカの声をさえぎり、カナデは潔くうなずく。


「……わかった。それなら、アストーリアの城壁門前まで案内してやる」


「た、助かります!!」


 期待どおりの言葉をもらい、カナデはポンッと両手をたたく。

 リュカから物言いたげな視線を感じたが、気づかないふりをする。

 サーフェスはマントを翻すと「ならついて来い」と、ぶっきらぼうに告げ、歩き出す。

 彼の後に続こうとしたカナデはそこで「あっ!」と、大切なことを思い出した。


「待ってください。

 わたし、魔獣から逃げる際、大切なものを投げ捨ててしまったんです」


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