07:夜の森を駆ける
異世界エストーリアに転移したカナデは赤い瞳を爛々と輝かせる凶暴な魔獣たちに追われ、リュカと共に夜の森を必死に逃げまどう。
心臓が早鐘を打ち、嗚咽のような声が口からこぼれる。
(一体いつまで、走れば、いいの……!?)
森をぬけて、街につくまでだろうか——どれくらい距離があるの?
やっぱり魔獣に捕まり、喰われた時……?
恐ろしい未来を想像した直後、獣の荒い息が耳にかかった。
「いっやぁああああああああっ!」
肩にかけていたトートバッグを反射的にぶん投げると——ギャウンッ!
悲鳴のような鳴き声と共に獣の気配が少し遠ざかる。
(バッグを投げ捨てたから、かなり走りやすくなった……!)
大切な仕事道具たち、魔獣から生き延びたら必ず拾いに戻ろう。
しかし安堵は一瞬。魔獣たちはまだまだあきらめず、追いかけてくる。
カナデはリュカの背中を追うように走り続ける。
脇腹がズキズキと痛み出し、血の味に似た鈍い味が口に広がっていく。
その時、前を走るリュカが速度を落とし、カナデに近づいてきた。
全力疾走で息切れしまくるカナデに比べ、リュカは平然としている。
バレリーナのように華奢な体つきなのに意外。
驚くカナデの横にリュカが並び、真剣な顔でこっちを見る。
「ど、どど……ぅしたの、リュカちゃ……?」
「あたしにいい考えがあるから、カナデは走り続けて。
絶対に後ろをふり返ったらダメよ」
(リュカちゃん、自分を犠牲にする気!?)
理解と同時に全身からさっと血の気がひく。
「ダ、ダメよ、自分を犠牲にするなんて!」
必死の形相でカナデがリュカの手首をつかむと、彼女は「えっ?」と一瞬、青い瞳を見開く。
しかしすぐに「まさか!」と不敵に笑い、カナデの手を振り払う。
「そんなことしないわ! 生きたいもの、生きるためなの!
だからカナデ、絶対に後ろをふり向かないでね! ふり向きたくなっても、ふり向かないでね!」
(そんな『鶴の恩返し』に出てくる、鶴のような……)
鶴の恩返しの登場人物と以下同文——そこまで言われると見たくなる気持ちもあるけれど。
それより今は生きるため——カナデは「わかったわ、見ない」と、深くうなずく。
「ここはあたしに任せて……さあ、早く行って!」
半歩後ろにさがったリュカの手がカナデの背中を力強く叩いた。
細い腕なのに力の強さは大人並み! 叩かれた勢いでカナデはリュカよりも前に出る。
彼女のほうが自分より年下で若いのに——大人なんだから、守らないといけないのに。
心配と罪悪感でカナデは後ろをふり返りそうになる。その時。
「あたしを食べようとしたこと、秩序の涯てで後悔しなさい!」
「今から焼肉にしてやるわ!」という声と同時にキーン——!
耳鳴りがし、背後が急にまぶしくなる。
真昼の太陽の日ざしを背中にあびるような温かさとまぶしさ。
「え、なに……?」と、カナデが足を止めそうになった時。
「る、ぐるるるぅぅ……!」
視界のななめ前からうなり声。
慌ててそっちを見れば、魔獣の一頭がカナデの前に回りこんでいた——!
(リュカちゃんと話している隙を見て前に出たの!?)
魔族の魔術によって、強化された魔獣は知能も高いらしい。
殺意に満ちた赤い目で獲物を捉えた魔獣がカナデ目がけて飛びかかってくる。
「ひ……っ!」
魔獣の口が大きく開き、鋭い牙が見えた。これから自分は食い殺される。
激痛と死の恐怖に全身が凍りつき、足が止まる。動けない、避けられない——!
「〜〜〜〜〜〜————っ!!」
言葉にならない悲鳴をあげた直後、剣閃——!
カナデと魔獣の間に銀色の光が走った。