04:蒼玉と紅い瞳
仕事からの帰り道。
家の近くの十字路でカナデはまた首すじにちりっとする、あの視線を感じた。
(今日は楽譜を大量につめたバックがあるから、戦えるわよ!)
鈍器化したバックを振りまわして、戦う——!
そんなイメトレをしつつ、カナデは十字路の真ん中で足を止める。
「……だれ? どこにいるの?」
声をあげ、思いきって聞いてみる。
(正体不明の存在に心を乱されるのは、もう散々!
そもそも、この奇妙な視線がなければ、今日、秋崎先輩たちにイジられて、モヤモヤすることも教材を全部カバンに入れて重くて、肩痛くて、いつもより汗だくにならなかったし!)
今日、ここで奇妙な現象を終わらせる。
強い決意を胸にカナデはぐるりと視線をめぐらせる。
そして、誰も渡っていない横断歩道を見た直後、チカッ——!
横断歩道の真ん中でなにかが輝いた。
気になって、目をこらすと青いガラス玉が落ちていた。
まばゆい橙色の西日に照らされながらも、染まることなく輝く青。
その力強さに惹かれ、カナデは横断歩道へと向かう。
「だれかの落とし物かしら?」
ビー玉よりすこし大きめのガラス玉は首からさげるためか、紐がついていた。
横断歩道に落ちたままでは車に轢かれ、割れてしまう。
こんなにきれいなのに、粉々になったらもったいない。
道の端に避難させようと、カナデは青いガラス玉をつまみあげて、観察する。
雲ひとつない、夏の青空のようにまっすぐ澄んだ青。
心が洗われるようなさわやかな輝きをもっと見てみたい。
ガラス玉を夕日に透かすと、その美しさがさらに際立つ。
「すてき……」
親指と人さし指の間でガラス玉を転がし、うっとりしていると——ゆらり。
突如、青いガラス玉の中に青白い光が生まれ、キーンと耳鳴りが始まる。
「えっ、なに?」と、カナデが驚く間もガラス玉の中で青白い光は膨張をつづける。
やがて、ぱぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!
青いガラス玉が粉々に砕け散り、中から飛び出た青白い光がカナデの視界を白く塗りつぶす。
反射的に目を閉じながらも、なにが起きているのか。カナデは感覚で様子を探る。
指でつまんでいたガラス玉はもうない。
いつからか台風の訪れを予感させるような強風がごうごうと吹き荒れ、自分の髪や服のすそをさらうように、舞いあげる。
両足に力をこめ、強風に飛ばされないように踏ん張っていると「カナデ!!」
聞き慣れない男性の声が光と風の向こうから聞こえてきた。
自分の名前を呼ぶ声。正体が気になり、カナデは思わず目を開ける。
距離はあと数歩。
光の中をあわてた様子で近づいてくるのは、長身長髪の青年だった。
驚きとあせりににじませた真紅の瞳と視線を合わせた瞬間、ちりっ——!
ここ最近、視線を感じる時に抱いた感覚が全身をかけ巡る。
「あなたは……?」
それにどうして、わたしの名前を知っているの?
驚いていると「カナデ、手を!」と、彼が長い腕をのばしてくる。
自分を案ずる必死の表情。
奇妙な視線の主だとしても、この手は取ってもきっと平気。
カナデが手をのばしかけた時、あたりを包む青白い光が一層激しく輝いて。
ぶちっ。
カナデの意識はそこで途切れた。