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18:好奇心旺盛な老将軍

「ワケわかんねえ曲ばっかり弾いてんじゃねえ」

 そう怒鳴る青年・ランディと対峙するカナデの元に「もうやめぬかランディ」

 柔道選手のように体格がいい五十代前後の男が大またで近づいてくる。


(この人も今日初めて見る顔の人だわ)


 カナデは固唾を飲んで、成り行きを見守る。

 大男はランディの前に立つと、優しい口調で彼をなだめる。


「お前がどれほど無念かは想像に難くない。

 じゃが、このお嬢さんはお前への当てこすりで演奏しているわけではない」


「うるせえ脳筋剣術バカがッ!」


「おいランディ、ガレイン将軍になんてことを」「この街の英雄だぞ」


「はぁ英雄? 戦場で敵殺しまくって大活躍の将軍に、戦のせいで未来を奪われたオレの気持ちなんかわかんねーだろうが!!」


 お客の制止を鼻で笑い飛ばし、ランディは五十代前後の大男・ガレインに罵声を浴びせる。

 店内の張りつめた空気がさらにこわばった。


(ちょっと、年上の将軍にその言いかたは……)


 カナデがランディからガレインに視線を移すと、彼の灰色の双眸に冷たい光が宿る。


「ランディよ。かなり酒がまわっているようだな……いい加減にしろや」


 声をグッと低くしながら、バキリボキリ。

 全身から殺気を発しながらガレインが拳を鳴らす。

 彼の堪忍袋の緒がたった今、静かに切れた。

 ランディもそれを悟ったのだろう。

 青ざめて、逃げ腰になりながらも「ほ、ほら!」と、さけぶ。


「す、すす、すぐにそれだ!

 そうやって力で相手をねじ伏せることしかできねえんだぁッ!」


 吐き捨てるなり、猛ダッシュ!

 ランディは全速力で希望亭を飛び出していく。

 出入り口近くに立つスタッフが「ランディ、メシ代!」と追いかけようとするが。


「待て。ランディはワシの元部下……今日の代金はワシが払う」


「本当ですか? ではお願いします」


 スタッフがうなずくと、店内を支配していた緊張がゆっくりとほどけていく。

 この騒動はこれで落着、お客たちは食事や雑談を再開する。


(ランディ……さんにはどんな事情があるのかしら)


 戦争によって、未来を奪われた——彼はどんな未来を思い描いていたのだろう。

 カナデがぼんやり考えていると「ランディが迷惑をかけた」

 ステージの前まで来たガレインが深く頭を下げる。


 ガッシリした体に軽装の鎧を身にまとい、腰には立派な剣をさしている。

 紫色のマントつきの鎧には太陽と太陽に向かって飛ぶ鳥の紋章——アストリア王国の紋章が入っている。


(さっき、将軍と呼ばれていたからアストーリア王国の軍人で、かなり偉い人みたいね)


 そう認識したら、一気に緊張してきた。

 ロマンスグレーの髪が薄く生える頭頂部を見つめつつ「こちらこそ」

 カナデはていねいに一礼する。


「わたしのほうこそ、ありがとうございます……とても助かりました。

 ランディさんはガレインさんの元部下の方なんですか?」


「ランディはパウル戦役の際、ワシの指揮下に入っていた志願兵じゃった。

 バイオリン好きの演奏家志望でな、戦争が終わったら学術都市に留学するのだと話していたのだが、戦いの最中に腕を負傷し、バイオリンを弾くのが難しくなってしまったのじゃ」


 自分が希望亭でピアノ——楽器を演奏することで、彼が惨めな思いになる理由は理解できた。

 本人に突っかかったりしたことはないけれど、そういう状況に陥った経験はカナデにもある。


 学生時代、母校と提携する海外の音楽大学に短期留学するための選抜テストがあった。

 クラシックの本場でレッスンを受けてみたくて、選抜テストを受けた結果、カナデは落選。

 身近な同級生では、ゼミが同じだった子が合格した。

 ものすごく悔しかったし、「遊んでばかりで、練習そんなにしなかったのに」と、その子が謙遜するとモヤッとした。


 学術都市でヴァイオリンの腕をさらに磨きたい——ランディが自分に抱いた感情も、きっとそれに通じる気持ち。

 過去を思い出し、表情を暗くするカナデに「気にすることはない」

 ガレインがステージに上がってくる。


「あいつは街角で笛を吹く旅芸人をはじめ、街角で歌っている子どもにさえ突っかかっている」


「そ、それはよくないですね……」


「うむ、すでに何件か役所に苦情が寄せられたともいう。

 己の感情と向き合い、整理をつけろと見かけるたびに言ってはおるが、聞く耳を持たんのじゃ」


(結構こじらせているけれど、もしまだ音楽が好きなら……)


 赤毛のランディの不機嫌な顔を思い出しつつ、カナデが顎に手をあてた時。


 ドーッ、ドォーーーッ!


 すぐ横からピアノの音。

 我に返って横を見れば、ガレインが人さし指でドの鍵盤を押していた。


「おぉ、こりゃ面白い!

 この四角い楽器はどうやって使うのかね?」


「この四角いピアノはスクエアピアノといって、こうやって指で鍵盤を押して、演奏するんです」


 右手を使って、ドレミファミレド。

 カナデが鍵盤を弾いてみせると「ふむ、なるほど、おもしろい!」


 ガレインは興味津々といった顔でド、ミ、ラ〜♪

 人さし指だけで、鍵盤を力強く押しつづける。

 初心者だと一目でわかる弾き方だが、音を出すたびにカタブツそうなガレインの目や口元が和らいでいく。

 彼の灰色の目はレッスンに来て、初めて鍵盤を弾く幼子のように輝いている。


(ガレインさん、ピアノを触るの初めてみたいね)


 見ているこっちまで楽しくなってくる。

 カナデが口角をあげると「うむ、これにしよう!」

 ガレインが勢いよくふり向く。


「ワシはガレイン。

 エストーリア王国軍の脳筋剣術バカのガレイン=キャバリットじゃ。

 そなた、名前はなんという?」


「わたしはカナデです……湯川叶奏、カナデと呼んでください」


「お主がエルマのいうカナデ殿か。

 ではカナデ殿、ワシにこのピアノの使い方を教えてくれぬか?」


「ピアノの使い方……ピアノを弾きたいということですか?」


 首をかしげるカナデに「うむ、そうじゃ!」と、ガレインは深くうなずく。


「ピアノを使えるようになって、妻をアッとおどろかせたいのだ!」


 自分の本職は音楽教室の講師——音楽をだれかに教えること。

 トラブルの果て、教え子第1号、誕生!

 予想外の申し出にカナデの胸が高鳴っていく。


「はい、よろこんで!

 こちらこそ、どうぞよろしくお願いします!」


 勢いよく頭をさげると、視界にすっとガレインの手がすべりこんでくる。

 石のようにゴツゴツした彼の手に、音楽を奏でる技術を伝える。


(教えがいがありそうね!)


 カナデは頭をあげると、ガレイン将軍の大きな手と握手をかわすのだった。


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